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五十嵐2023g「日本多摩地域における隔離病舎の調査を通じて近現代考古学の在り方を考える」 [拙文自評]

五十嵐 2023g「日本多摩地域における隔離病舎の調査を通じて近現代考古学の在り方を考える」『臺灣出土的日本製近現代陶瓷器與亞洲近現代史國際學術検討會』會議文集、郭 素秋 主編:15-1~13.

【要旨】
日本における近現代考古学の認識も次第に広がりつつある。まず1986年に参加した近現代考古学の調査・報告の事例から2008年の認識論的な枠組みの提示に至るまでの個人的な経験を紹介する。次に最近調査に携わった東京・多摩地域の発掘調査を通じて地中から現れた100年前の隔離病舎の痕跡から、どのようなことが明らかになったのか、その成果について紹介する。最後に私たちの歴史認識における近現代考古学が占める位相について、特に日本における埋蔵文化財行政における取り扱いを中心に、発掘調査の在り方を含めて、私たちはいったい何を選び、何を除外しているのか、その様相から考古学の意義と本質について考える。
キーワード:近現代考古学、隔離病舎、八王子事件、文化庁調査指針、選択と排除

2023年10月23日から25日にかけて、台湾の中央研究院 歴史語言研究所で開催される国際学術研究集会の予稿集である。しかし「会議文集」という名の予稿集といいつつA4版12ページ2万字相当の原稿が求められているのだから、ほぼ論文集と言ってもいいだろう。そもそも「予稿集」に「要旨」があるというのも日本ではあまり例がないのではないか。

1.はじめに
「私が「近現代考古学」を意識し始めてから40年近くが経過した。当初は、こうした新しい時代を対象とした考古学研究があり得ること、近現代が発掘調査の対象となることなど多くの人は考えもせず、今まで廃棄していた近現代遺物を取扱う人たちを変わったことをするものだと好奇の眼差しで見ていた。現在に至っても大枠における「好奇の眼差し」は変わらないものの、調査事例の増加と共に、私自身の内面における問題意識も当初から変化してきた。」(15-2.)

2.私的近現代考古学略史
① 1986年「近・現代の遺物」『郵政省飯倉分館構内遺跡』港区麻布台一丁目遺跡調査会:233-240.
「…これら近現代の遺物は通常等閑視されてしまうものであるが、やがてこれらも考古学の領域として扱わなければならなくなるだろう。」(1986:236.分担執筆者)
② 1994年「戸山人骨と文化財概念」『究明する会ニュース』第31号、軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会:5-6.
「ある地域に存在する博物館が、近代という特定の時代について展示する際に、在住の文学者の足跡のみを示し他の社会的事象について全く触れないという偏った認識から、その時代にその地域で生じた光と影を共に捉えて、歪みのない歴史的な関心を呼び起こすような展示となるように、私たちもそれぞれの場において積極的な取り組みが求められている。」(1994:6.)
③ 1996年「近現代考古学の現状と課題 -「新しい時代」の考古学をめぐって-」『考古学研究』第43巻 第2号、考古学研究会:89-108.(共著)
「近現代考古学は、物質史学としての考古学の有効性を試すことになる一方で、考古学を自己参照的な記述行為となしうる可能性をも内包している。すなわち何を報告して、何を報告しないのか、考古学者と考古資料の関係それ自体にどのような意味を見出していくのかが、問われることになるのである。ここに、「新しい時代」の考古学が抱える根本的な困難さと同時に意義がある。」(1996:101-102.)
④ 1999年「幻の津村薬用植物園 -島屋敷遺跡から検出された近現代遺構を端緒として-」『研究論集』第17号、東京都埋蔵文化財センター:41-57.
「…薬用植物園の閉鎖後わずか40年余りで忘れ去られてしまった本事例は、極めて近年に関する事柄といえども地域の歴史を復元する際に埋蔵文化財が重要な契機となりうること、言い換えれば近現代を対象とする考古学研究の有効性を如実に示すものと言える。」(1999:52-53.)
⑤ 2000年「近現代考古学」『用語解説 現代考古学の方法と理論 Ⅱ』同成社:51-62.
「近現代考古学の認識とは、3文字で構成されている「考古学」という学問名称における2文字目の意味を問い直す作業であり、その批判の対象は、従来の「先史」に過度の重点を置いた研究スタイルである。」(2000:53.)
⑥ 2004年「近現代考古学認識論 -遺跡概念と他者表象-」『時空をこえた対話 -三田の考古学-』慶應義塾大学民族学考古学専攻設立25周年記念論集:339-347.
「近現代考古学を認識する営みは、日々の考古学的実践から日本独特の政治・法体系としての埋蔵文化財行政の在り方、先史中心主義という考古学の暗黙の前提を問う試みであり、同時に現代社会の世界的潮流と複合的に関係している現在の日本社会の構造を捉え返すことを意味している。人類が歩んできた足跡を自らの足跡に至るまで認識した時に、初めて自らの立つ場所が明らかになり、これから歩む道筋もより明瞭に照らし出される。」(2004:344.)
⑦ 2007年「<遺跡>問題 -近現代考古学が浮かび上がらせたもの-」『近世・近現代考古学入門 -「新しい時代の考古学」の方法と実践-』慶應義塾大学出版会:243-259.
「考古学の研究対象は、いまや先史あるいは古代という時代枠に限定されることなく研究者が位置する近現代に至るまで拡張されている。このことは必然的に従来の枠組みで構築・運用されてきた考古学的諸概念すなわち先史考古学的諸概念の根本的な再検討および再構築を要請する。しかし依然として従来の先史考古学的諸概念が、新たな研究対象である近世あるいは近現代に対しても適用されている。そこでは当然ながら様々な不都合や軋みが生じざるを得ない。それにも関わらず、日本考古学はその原因を明らかにすることがなかった。それは<遺跡>問題に関する検討が、現在の日本考古学を支えている埋文制度の矛盾を明るみに出すことになるからである。」(2007:254.)
2008年「「日本考古学」の意味機構」『考古学という可能性 -足場としての近現代-』雄山閣:13-32.
「新しい時代をも対象とする新しい考古学は、時間的隔たりに応じて、その時代における<もの>の在り方を勘案し、<もの>と自らの距離間隔を調節しつつ、<もの>を通じて<もの>を残した人々の発した声を考える。そのとき常に対象である<もの>、時間的に隔てられた他者と自らの相互関係である「離接度」が意識される。」(2008:28.)

3.東京・八王子(旧 由井村)における隔離病舎
3-1. 八王子市No.987<遺跡>
図1 「隔離病舎敷地」記載の公図
図2 方形廃棄土坑調査状況
図3 シキワと呼称される厨房具
図4 350ml両口アンプルと1ml~3ml片口アンプル
図5 日本計器工業株式会社製「フヱバー体温計」
3-2. 由井村隔離病舎
3-3. 八王子事件
図6 「八王子事件」関連資料

4.私たちは、近現代考古学をどのように考えているのか?
4-1. 考古学の定義と意義
「近現代が調査対象から除外されていることを象徴的に示しているのが、「表土」という差別である。私たちが調査対象地の地層を記述する際に、その最上層は「表土層(Humus)」として扱われている。「表土層」より下層が「遺物包含層」であり、「1層・2層・3層…」と数字が与えられることで調査対象であることが示される。調査対象である「遺構」に「遺構番号」が与えられることと同じである。」(15-9.)
4-2. 年表図式と遡及歴史
「ある場所を発掘するということは、一番新しい時代に残された痕跡から徐々に古い時代の痕跡へと時代を遡りながら、それぞれの時代の痕跡を確かめる作業である。歴史の見方も、発掘者の足元から地面を深く掘り下げていくように、その地のたどった歴史を現在から過去へと遡る。ある場所を調査する担当者の責務は、足元の近現代について特に重要な場合にだけ調査対象とするという選択的な調査を行なう訳にはいかない。このことは、発掘調査を担う者の「研究者」と「調査者」の立場性の違いに基づく。与えられた調査区を調査する調査者は、特定の時代痕跡のみを選び取るような調査ではなく、調査区に残存する時代痕跡を選別することなく明らかにしなければならない。」(15-10.)
4-3. 発掘調査の実態
「調査区の選定ないしは調査実施の可否(発掘調査をするかしないかの決定)に調査担当者が直接には関与できないとしても、自らが担当する調査において、どのような選択と排除がなされているかについては、意識しているに違いない。なぜならば調査を担当する調査員は、作業員が持ってきた近現代遺物を前にして「要る」とか「要らない」といった仕分けを日々行っているはずだからである。しかしそうしたことが考古誌に記述されることはほとんどない。排除された事柄は、記録として残されないので、第三者はそれらが存在したのか存在しなかったのかを判断できない。存在していたのに存在しない「不可視の存在」である。」(15-11.)
表1 掘削・記録・報告の相互関係

5.おわりに
「近現代という「新しい時代の考古学」は、単に新しい時代を対象とするだけでなく、新しい時代を対象とする考古学を通じて、古い時代を対象とする考古学によって形作られてきた(古い)考古学を新しい時代にふさわしい(新しい)考古学に作り変えていくことになるだろう。」(15-12.)

「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。」(ルカによる福音書5章38節)



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