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世界の中の「日本考古学」(続:WAC-8 全体分析) [研究集会]

まず全体を俯瞰してみよう。
15のテーマが設定されたが、当然のことながら研究発表も均等に配置されているわけではない。
一番多いのはテーマ10「科学」(270; 18%)で、以下テーマ6「地域」(195; 13%)、テーマ8「遺産・博物館」(181; 12%)と続く。
日本人研究者の発表も、テーマ10「科学」(101; 29%)、テーマ6「地域」(66; 19%)、テーマ5「比較」(59; 17%)となる。日本考古学の場合、科学に対する集中が顕著である。本テーマに関するポスター発表も28/48で58%と過半を占めている。
それぞれテーマごとの研究発表における日本人研究者の占める割合も、テーマ13「災害」(32/66; 48%)、テーマ10「科学」(101/270; 37%)、テーマ5「比較」(59/167; 35%)、テーマ6「地域」(66/195; 34%)、テーマ12「交流」(17/65; 26%)がトップ5である。他のテーマは概ね10%台なのだが、逆に目立つのがテーマ3「植民地・先住民」(4/90; 4%)、テーマ9「理論」(7/102; 7%)の極端な低率である。この2つのテーマに対する日本考古学の関心の低さ、無関心さが示されている。

以下、テーマごとにセッションにおける発表状況などを概観しよう。

テーマ1「考古学と開発」[8/63]
T01-E「先住地における開発」と聞けば、すぐさま北海道・二風谷ダム訴訟などが思い起こされるが、日本からの発表はない。バングラディシュ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでの事例が発表された。

テーマ2「政治」[0/7]
本テーマは、設定されたセッション自体が2つと最小催行数であり、世界考古学においても未成熟な領域であることが伺える。それでもあえてテーマとして採用されているのだから、WACとしての姿勢が示されていよう。T02-B「考古遺産のセンセーショナル化」などは、日本のマスメディアの考古学報道などについても大きく関わる主題のように思われるのだが。

テーマ3「ポスト植民地経験、考古学の実践、そして先住民考古学」[4/90]
T03-C:「ポストコロニアルな世界での考古学の実践、調査地、産業、学界からの経験」というセッションのオーガナイザーの一端に加えて頂き、T03C09:「ポストコロニアルな時代の日本考古学と文化財返還問題」という題で発表した。私自身殆ど議論に参加することができず、用意していた事柄も述べる機会を逸し、やや消化不良気味であった。他の返還問題関連セッションについても、殆ど参加することができず、わずかに垣間見る程度に過ぎなかったが、全体の方向性を確認し、自らの方向性が間違っていなかったことを確認した。もちろんWACには「返還問題」(Repatriation)の常置委員会が設置されている(要旨集53頁)。

テーマ4「考古学における倫理」[4/40]
自分の発表で考古倫理3か条を発表したので、聞きたい発表も多かったのだが… 特にT04J07:「日本考古学協会の倫理綱領」についての発表は聞きたかった筆頭だったが、自分の発表と被っていて叶わなかった。

テーマ5「グローバル社会における比較考古学」[59/167]
T05-C:島嶼考古学やT05-D:都市考古学、T05-L:民族考古学、T05-O:古墳などは、日本人研究者も比較的高率で参加している主題である。

テーマ6「グローバル世界における地域考古学」[67/195]
「地域考古学」と銘打っているが、単に限られた地域の調査成果を発表するだけではなく、テーマ設定趣旨にも記されているように「いかにしてグローバル考古学の課題に貢献できるか?」が問われている。T06-L:ビーズ(玉)、T06-M:日本の国家形成、T06-Q:採集狩猟民、T06-U:窯焼成土器などのセッションでは、日本人研究者の集中度が高い。T06-Z:「北海道と琉球」が全員日本人というのは当然ながら、この二つの地域に関する研究発表がそれぞれ独立したセッションとして成立せずに、北と南の抱き合わせというのも、どんなものなのだろうか。そのほかT06-K:貝塚のセッションにおける日本からの発表がT06K05:東京湾沿岸貝塚群のみというのも寂しいし、T06-O:太平洋を舞台とした第二次世界大戦というセッションで日本からの発表が1本もないというのも、日本考古学における近現代考古学の乏しさを如実に表している。

テーマ7「教育」[6/53]
T07-B:考古人事に関連する研究など日本考古学ではまずお目にかかったことがない主題である。T07-G:学生委員会が開催するフォーラムでは、世界遺産などの国際的専門職で仕事をするアドバイスなどもなされているようなので、こうした方面を志す学生にとっては得るものが多かっただろう。

テーマ8「市民、文化遺産、博物館」[28/181]
テーマ・オーガナイザーの精力的な執筆活動によって日本でも人口に膾炙されている「パブリック・アーケオロジー」に関わるテーマであるが、思いの外に日本人研究者による発表は少ない。T08E07:「パフォーマンス考古学」は、SNSでの画像から推測するにWAC-8で最も盛り上がった発表だったようである。

テーマ9「未来への理論」[7/102]
T09-C:感覚の考古学、T09-H:聞く考古学、T09-K:暴力の考古学、T09-L:感情の考古学などが日本考古学で議論されるようになるまでは今しばらくの時間が必要である。T09-J:「現象学的考古学」はなおさらであろう。T09A05:「日本の考古財政、その特殊性の研究」という発表も聴きたかった一本だったが叶わなかった。

テーマ10「科学と考古学」[101/270]
セッションにして13/20(65%)、発表数でも101/270(37%)と最も高い日本人率を示しているテーマである。T10-A:動物考古学、T10-B:陶磁器、T10-E,F:デジタル考古学、T10-G:使用痕跡、T10-I:冶金考古学、T10-J:年輪年代学、T10-L:低湿地考古学、T10-M,P:植物考古学、T10-O:古病理学など、さすが技術立国日本である。考古学に関係する理系研究者の方が、国際学会における発表に対して敷居が低いという要因も作用しているだろう。

テーマ11「宗教と霊性」[5/43]
こうしたテーマでは、「神道考古学」や「ランドスケープ」、「宇宙考古学」?などの領野において日本でもそれなりの蓄積があったはずなのだが…

テーマ12「相互交流」[17/65]
T12-H:貿易陶磁などが取り上げられている。本来ならば日本における「黒曜岩考古学」などもこうしたテーマで論じられるべき主題だろう。

テーマ13「災害の考古学」[32/66]
災害考古学は、WAC-8を京都に招致する際のアピール・ポイントとなった主題である。原発被災地域における調査は、日本考古学喫緊の課題である(T13-C)。

テーマ14「アートと考古学」[12/114]
T14-BとT14-Gは、別会場(両足院および京都文化博物館)での発表である。「芸術考古学」の日本でのこれからの活動に注目したい。料理もある種の芸術だとすれば、クッキー考古学(ドッキー)もここに含まれるわけである。

テーマ15「戦争・紛争」[3/21]
パレスチナ問題(T15-D)について、WACとしての姿勢が示された(要旨集57頁)。ダーイッシュ(IS)についても論じられた(T15-E)。シリア問題(T15-G)では、日本人研究者が大きな働きをしている。考古学は国家間のレベルの問題には関与しない、などと寝惚けたことは言ってられないのである。

考古学が一つではなく、幾つもあるということ、すなわちArchaeologyではなくArchaeologiesであるということ、なのに日本考古学では、まず編年研究をしろとか物に密着しろとか類似資料をとにかく集めろといった同調圧力が強く作用している。
もっと自由に、もっと多方面に、もっと広く、そしてもっと豊かに、さらに深く。
特に若い人たちには、自らの立ち位置を知るためにも世界とリンクして常に自己を拡張することで、新鮮で創造的な考古学を作り出すように期待したい。


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溝口孝司

WAC-8とWACに関わるさまざまな分析、ありがとうございます。私は、世界考古学会議会長に再選されました。一期目の経験をいかし、2021年の任期終了まで、世界考古学会議の機能を今日の世界の中でさらに高め、考古学を通じて今日の世界に存在する不平等と不正義の解消のために、考古学的実践を通じて貢献してゆけるよう、全力を尽くします。ご助力・ご支援のほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます。下記ビデオも是非ご覧ください。
http://worldarch.org/blog/presidents-address-at-wac-8/
by 溝口孝司 (2016-09-14 22:50) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

日本考古学という地域考古学が「いかにしてグローバル考古学の課題に貢献できるか」が問われています。自分の研究テーマからネットで流れてくる研究集会のそれに至るまで、こうした視点で検討して一人ひとりの意識を変革することが、溝口さんの言われた「日本考古学に生じるであろう化学変化」なのだと思います。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2016-09-15 07:32) 

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