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五十嵐2023b「近現代考古学と文化財返還運動」 [拙文自評]

五十嵐 2023b「近現代考古学と文化財返還運動 -<もの>と<場>そして自分との関係性-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報』第12号:2-3.

最近続けて近現代考古学に関わる展示文化財返還に関わる研究集会に関係したので、両者の相互関係について考えた。

「第2考古学という枠組みの中でも、近現代考古学と文化財返還運動は、大きな領域を占めています。ここでは、一見すると接点がありそうでなさそうな二つの領域について考えます。」(2.)

日本の考古学者の中でも近現代考古学に関わる人は、数少ない。
そうした日本の考古学者の中でも文化財返還に関わる人は、さらに少ない。
だから両者に関わる人は、稀有な存在である(文化財級?)。
だから世にもまれな存在として、両者の関係性については考えておかなければならなかった。

まず歴史(過ぎ去った事柄)についての二つの考え方・捉え方についてである。

「古い時代から新しい時代へと年表が記されるように考古学の本来の領域である先史から時代が新しくなるにつれて考古学の果たす役割も徐々に低下するという考え方を「年表図式観」(過去から現在へ)と称しましょう。(中略)
現在に生きる私たちを原点として今の時代を形作った一つ前の時代へ、さらにそこからより古い時代へと歴史を捉える見方が求められています。(中略)こうした考え方による歴史復元を「遡及歴史観」(現在から過去へ)と称したいと思います。」(2.)

こうしたことは何も私の創案などではなく、すでに過去の歴史家たちが述べていることと思われるのだが、残念ながらいまだにはっきりと確認できていない。ご存じの方がおられれば、ぜひご教示をお願いしたい。

「その地の歴史は、どの地の歴史であろうと現在に連なる歴史を出発点として、言い換えるならばその地の歴史を語る人が語る対象と結びつくことで、初めて実感をもって語ることができます。ある場所の歴史を語る時に100年前の歴史が欠落した1000年前の歴史は、その地における現在との結びつきを欠いた物語のように思われます。」(3.)

特に重要な場合にだけ調査できるという役所から許認可が与えられるような価値判断に応じた選択主義ではなく、あらゆる場合に踏まえなくてはならない全時代主義を。しかしその全時代調査においても決して全ての場合に先史と同じような調査精度を求める硬直した先史延長主義ではない、近現代の資料特性に応じた柔軟な調査がなされるべきである。

「それぞれの<場>にはそれぞれの<場>がたどってきた歴史があるように、それぞれの<もの>についてもそれぞれの<もの>がたどってきた歴史があります。それならば私たちが暮らす現在から過去へとさかのぼるような語り方が、それぞれの<場>とそれぞれの<もの>に対してなされていいはずです。特別な<もの>である文化財については、特に現在から過去へと遡及するような見方が求められているのです。」(3.)

<もの>が作られ使われ捨てられた遥かな過去にばかり関心を寄せるのではなく、その<もの>が今ある<場>にもたらされた経緯を現在から過去にさかのぼるようにしてたどる<もの>の歴史。
その時、植民地帝国日本にある外国由来の文化財の多くについては、けっして明確ではない、何かもやもやとした、そしてある時には思いもしなかった「野蛮」(ベンヤミン)な歴史が立ち現れてくる。

「私たち一人ひとりは、様々な先人の営みの積み重なりの末に生まれ、そうした社会の中で育ち、暮らしています。時代の積み重なりである「歴史」という物語は、自分が立つ大地の積み重なり、その中に刻まれた痕跡群、身の回りの様々な<もの>たちの由来と自分との関わりを知った時に、初めて実感(リアリティ)をもって感じ取ることができます。こうした点に近現代考古学と文化財返還運動に共通する観点が見いだせます。」(3.)

地図だけで見ていた未踏の地、写真だけで知っていた見知らぬ地。
しかし一たび、歩いてか自転車でか車でか飛行機でか、とにかく訪ね実際に行った場所は、ある実感(リアリティ)をもって、ありありと自分とその地との隔たり、距離感を思い起こすことができる。
「体感」する、体で感じるということか。

ティム・インゴルドは、こうしたことを「内側から知る」と表現していた。
内側から知る土地痕跡(近現代考古学)。
内側から知る外国由来の文化財(文化財返還)

【本号掲載の他の論考】
・2022-23概観:欧州の動きに学びながら進展を(有光 健)⇒ アイヌ遺骨の返還やNHK衛星放送で放映されたヨーロッパでの動向を紹介する。
・観月堂の研究・調査(2)(佐藤 孝雄)⇒ 2023年3月28日に開催された国際研究集会の報告。近い将来になされる解体修理そして返還に向けて着実な進歩が伺える。
・報告:朝鮮文化財・対馬国際ワークショップ2022(大澤 文護)⇒ 2022年11月に開催されたワークショップの報告。日本と韓国の大学生16人がそれぞれ現地踏査を行ないながら交流した様子が伺える。
・対馬盗難仏像返還訴訟・大田高等法院判決/コメント ⇒ 2月1日に示された逆転判決の抄訳。被告は大韓民国であり、対馬の観音寺はあくまでも被告補助参加人であることに注意。
・台湾における原住民人骨の返還問題について(俵 寛司)⇒ 台湾における先住民族の遺骨返還について触れて、日本統治期において「討伐という殺害と収集という略奪がセット」としてなされたことを指摘する。
・台湾における日本植民地統治期の近代産業遺産(長澤 裕子)⇒ 台湾の鉱業遺跡群についての報告。台湾はユネスコの加盟国ではない(なれない)ために「潜在的な世界遺産」制度が機能している。
・大韓帝国期の国璽の返還と流出について(金 成鎬)⇒ 1911年に総督府経由で天皇に献上された国璽について、1946年GHQを通じて返還された事例が初めてまとまって紹介された。
・追悼・仲尾宏先生(小笠原 正仁)⇒ 2017年のワークショップにも参加していただき、2023年1月1日に86歳で亡くなられた先生の追悼文。
・文化財返還問題との出会い(小佐野 百合香)⇒ 現在韓国の大学に留学している新会員のエッセイ。若い世代の参加に励まされる。
・文化と歴史との出会いの旅へ(徳橋 明)⇒ 陶磁器の鑑賞と作陶を趣味とされてきた方が、展示品キャプションの「伝京畿道」の「伝」についての疑問から歩みだした思いを綴る。


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五十嵐彰

論旨に即して考えれば「日本の考古学者のなかでも近現代考古学に関わる人は、数少ない」という捉え方自体が間違っているのではないだろうか。
すなわち「考古学という学問において近現代考古学に関わることなく、考古学を遂行することはできないのではないか。表土を掘削することなく、包含層に到達することができないのだから。だから本人がどのように考えていようとも、否定しようと肯定しようと、考古学者すべては、否応なく近現代考古学に関わらざるを得ないのだ」と。
by 五十嵐彰 (2023-06-03 23:13) 

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