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2023b「近現代考古学と文化財返還運動」 [拙文自評]

2023b「近現代考古学と文化財返還運動 -<もの>と<場>そして自分との関係性-」『韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報』第12号:2-3.

最近続けて近現代考古学に関わる展示文化財返還に関わる研究集会に関係したので、両者の相互関係について考えた。

「第2考古学という枠組みの中でも、近現代考古学と文化財返還運動は、大きな領域を占めています。ここでは、一見すると接点がありそうでなさそうな二つの領域について考えます。」(2.)

日本の考古学者の中でも近現代考古学に関わる人は、数少ない。
そうした日本の考古学者の中でも文化財返還に関わる人は、さらに少ない。
だから両者に関わる人は、稀有な存在である(文化財級?)。
だから世にもまれな存在として、両者の関係性については考えておかなければならなかった。

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『北海道・アイヌモシㇼ -セトラー・コロニアリズムの150年-』 [全方位書評]

北海道・アイヌモシㇼ -セトラー・コロニアリズムの150年-『思想』第1184号(2022年12月号)岩波書店

まず「アイヌモシㇼ」の「ㇼ」(小さな「リ」)に戸惑う。
macOSやiOS15では、「アイヌ語キーボード」が実装されている。

「北海道新聞にはアイヌ関連の報道には必ず「民族」と表記する決まりがある。アイヌと呼び捨ては失礼ということらしい。例えば私が記事になるとすると「アイヌ民族のトンコリ奏者」となる。こんな大げさな文字が新聞に載るのは田舎で普通に暮らしている自分にはいささか居心地が悪い。「大和民族の歌手〇〇〇〇」とは普通書かないだろう。」(OKI「民族と呼ばれて」:5.)
 ⇒ ここにも力の不均衡が表れている。数の大小に基づく力の大小。不可視の「大」と「不可視の大」を成立させるために可視化される「小」。わざわざ「女性パイロット」とか「男性客室乗務員」とする意識と同じか。

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ハージ2022『オルター・ポリティクス』 [全方位書評]

ガッサン・ハージ(塩原 良和・川端 浩平 監訳、前川 真裕子・稲津 秀樹・高橋 進之介 訳)2022『オルター・ポリティクス -批判的人類学とラディカルな想像力-』明石書店(Ghassan Hage 2015 "ALTER-POLITICS" Melbourne University Publishing.)

「「批判的思考」を定義する方法はたくさんあるものの、最初に明確にしなければならないのは、批判的(ラディカル)思考と「急進派(ラディカル)」思考は違うということだ。「批判的」であることは、たとえばラディカルな政治とのあいだに明らかな親和性があったとしても、思考の知的資産であり、政治的な資産ではない。社会学者や人類学者は、自分たちを政治的な意味において明確に位置づけるかもしれないし、そうしないかもしれない。同様に、自分たちの政治的志向に基づいて研究を方向づけるかもしれないし、そうしないかもしれない。しかし批判的思考に関与するときには、既存の社会秩序におけるルーティン化されたしがらみを打破する政治に関わらざるをえない。それにもかかわらず、批判的であること本来の知的性質を強調することは、依然として重要である。」(90.)

「ラディカル」という英単語には、二つの意味がある。
前稿で触れた『土偶を読むを読む』(望月編2023)も、その批判対象である『土偶を読む』(竹倉2022)も、ある意味で同じように「批判的」である。前者は後者の内容・姿勢を批判し、後者は自らの説を受け入れない旧態依然たる「日本考古学」を批判する。
しかし、その「批判」には大きな違いがある。
過ちを放置することは許されないというやむにやまれぬ思いからなされる「批判」か、それとも自らを売り出さんがための「批判」かという違いである。
こうした私の想定が合っているかそれとも的外れなのかについては、批判を受けた後に示される対応の様態を見れば明らかになる。「読むを読む」側から「読む」側に対して要請された公開討論会の開催について、現時点で何の反応もないようである。

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望月編2023『土偶を読むを読む』 [全方位書評]

望月 昭秀(縄文ZINE)編 2023『土偶を読むを読む』文学通信

同じような構図の「「石棒から読む」を読む」という文章を記した者として無関心ではいられない。

「『土偶を読む』で目から鱗を落としてしまった人は、もう一度その落とした鱗を探してもらうことになる。実は肯定的なことはこの先とても少ない。それでもかすんだ目をこすり、本書を読み進めてほしい。(中略)
『土偶を読む』の検証は、たとえれば雪かきに近い作業だ。本書を読み終える頃には少しだけその道が歩きやすくなっていることを願う。
雪かきは重労働だ。しかし誰かがやらねばならない。」(望月「はじめに」4-5.)

「鱗を落としてしまった人」として名前が挙げられているのは、「養老孟司氏、鹿島茂氏、いとうせいこう氏、中島岳志氏、松岡正剛氏などなど」(3.)そしてサントリー学芸賞2021年度社会・風俗部門の選考委員各氏である。
つくづく専門外の論評には、慎重になるべきと教えられる。
落とした鱗を探す誠実さを持った論者は、どれだけ居るだろうか。

他者に対する批判作業は重労働である、という言葉も頷ける。
集中部区分、母岩(個体)別資料、砂川三類型、富山、緑川東、<遺跡>問題、考古時間、部材、考古誌批評…
考えてみれば、第2考古学は日々「雪かき」しているようなものだ。
何の報酬もないが、道を歩く人が少しでも歩きやすくなるようにという思いだけを支えにして。

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あるべき<もの>をあるべき<場>へ [研究集会]

    <関西学院大学 韓国学研究センター 国際学術セミナー>
あるべき<もの>をあるべき<場>へ -文化財返還運動を通じて文化財の本当の価値を考える-(五十嵐)

日時:2023年 4月 25日(火)15:10~16:50
場所:関西学院大学 西宮上ヶ原キャンパス B号館302号教室

1.最近の海外動向
2.小倉コレクション
3.戦利品の区分
4.戦利品A:鎮遠、八紘之基柱…
5.戦利品B:三学寺石獅子、鴻臚井碑…
6.<もの>の価値
7.<ひと>・<もの>・<場>
8.眼差しの変容
9.現在の植民地主義
10. 負の遺産としての瑕疵文化財
11. そして総体的な文化財理解へ

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タグ:文化財返還
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中国からの略奪文化財返還を求める! 4・22大集会 [研究集会]

中国からの略奪文化財返還を求める! 4・22大集会
日時:2023年 4月 22日(土)14:00~16:45
場所:港区立産業振興センター大会議室(札の辻スクエア11階)
主催:中国文化財返還運動を進める会

中国文化財返還運動を進める会の2023年度総会に引き続いて、およそ50名の参加者をもって集会が開催された。

講演1:世界の返還運動の現状(森本 和男)
ヨーロッパで進むアフリカ文化財の返還について、過去の植民地支配に向き合う歴史認識、歴史的不正義を是正する倫理観が基盤にある。ドイツ・オランダでは多額の国家予算を計上して、現状の分析を行い収奪文化財のデータベースを構築している。収奪した国から収奪された国への単なるモノの移動ではない。不幸な関係にあった両国が、収奪文化財の返還を通じて新たな倫理関係に基づいた新しい国交が構築される。
しかし日本では、未だに戦時期の文化財収奪について正面から語られることはない。将来的展望に乏しい日本政府の対応とは別に、文化財返還運動を通じて市民レベルでの友好関係を構築することが重要である。

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タグ:文化財返還
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考古学と現代美術をめぐるミニトーク [研究集会]

トークイベント「考古学と現代美術をめぐるミニトーク」
安藤広道(慶應義塾大学文学部教授)×山田健二(美術家)
日時:2023年4月14日(金)19:00-20:30
場所:慶應義塾大学 三田キャンパス G-Lab(東館6階)

「発掘は実のところ痕跡を選択する行為であり、「遺跡」とそこで語られる「歴史」はその選択により構築されるものでもある。
この展覧会では、選択によって得た成果とともに、選択しなかったものにも目を向ける。構築された枠組みをいったん外してみることで、「遺跡」と「歴史」のあり方を問い直す機会としたい。」(展覧会案内チラシより)

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松島2022『学知の帝国主義』 [全方位書評]

松島 泰勝2022『学知の帝国主義 -琉球人骨問題から考える近代日本のアジア認識-』明石書店

「本書は、学知の帝国主義によって植民地支配され、差別され、死においやられ、今でも軍事基地の犠牲となり、先祖の遺骨供養を拒否された琉球人からの、「告発の書」である。また京都大学、日本人類学会、沖縄県教育委員会との「対話と和解」をもとめた「論争の書」でもある。問題提起、批判にたいして沈黙をまもり、時間の経過による「問題の忘却」をまつのではなく、たがいに議論(対話)をすることで、問題の本質にせまり、その解決(和解)にいたる道を探求する過程そのものが「学問の王道」であるとかんがえる。ギリシャのソクラテスの「対話」から学問がはじまったことを想起するなら、現代社会における学術の社会的意味をといなおす作業はけっして無駄ではないとかんがえる。」(5.)

考古学という学問の社会的な意味、すなわちどのような役割があり、どのような人びとのためになされているのかという極めて根源的でかつ現実的な意味が問われている。

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鎌倉大仏殿高徳院所管「観月堂」の調査・研究 [研究集会]

韓日国際会議 鎌倉大仏殿高徳院所管「観月堂」の調査・研究 -来歴・現状・これから-

日時:2023年3月28日(火)10:00~17:30
会場:慶應義塾大学三田キャンパス東館6階 G-Lab

1.観月堂の三次元計測と高精細画像撮影(小宮 広嗣)
2.観月堂の色彩計測(寺師 太郎)
3.観月堂の顔料分析(犬塚 将英)
4.観月堂の彩色の様式と時期に関する考察(孫 賢淑)
5.朝鮮王室関連祠堂としての「観月堂」の検討(李 奎喆)
6.観月堂の沿革と淵源の追跡(洪 順敏)
7.観月堂の現状及び構造安全性の調査・分析(金 成都)

コメント1.(郭 閶鏞)
コメント2.(五十嵐 彰)
コメント3.(外村 大)

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2023a 比丘尼橋遺跡C地点T区 [考古誌批評]

2023a『比丘尼橋遺跡 C地点 T区 -外郭環状線の2街路整備事業に伴う埋蔵文化財発掘調査-』東京都埋蔵文化財センター 第376集

比丘尼橋C地点の第4分冊、本日刊行!
C地点の10年にわたる調査はおろか、比丘尼橋A地点以来半世紀の成果もあわせて総括!

「比丘尼橋遺跡」は、練馬区井頭公園あるいは西東京市東大演習林を水源とし和光市と板橋区の都県境をなし荒川水系新河岸川に注ぐ白子川中流域右岸に位置する。
関越自動車道の建設に伴って1970年(A地点)、大泉以北の外環道建設によって1988~1992年、地下調節池の1991年(B地点)そして2014年から2018年にかけて外環道大泉ジャンクション(C地点)本体工事部分の調査がなされた。
本報告は2014年から2022年まで本体工事部分の調査と同時期に同一組織によってなされた附帯工事部分(T区)の調査報告である。

足掛け10年にわたる調査も、この報告によってようやくひと段落である。
一方あれほど急かされた工事の方は、当初東京オリンピックまでに完成させるとしたお題目はもとより今では某陥没事故のため誰も完成時期は明言できないという霧の中である。

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土井1989「第三世界の考古学は、世界の考古学変革のための新しい推進力たりうるか」 [論文時評]

土井 正興1989「第三世界の考古学は、世界の考古学変革のための新しい推進力たりうるか -ペドロ・パウロ・アブレウ・フナーリの論稿から-」『歴史評論』第474号:86-92.

「フナーリの論稿の目的は、ブラジルの考古学研究の具体的な個々の成果を要約することにあるのではなく、その考古学研究の水準の低さを自覚しつつ、研究の現実の主要な特徴、学問的訓練としての意味、そのイデオロギーとしての社会的役割を考察し、それが知的な革命的な道具として、第三世界の前途に、潜在的な新しい推進力として作用しうるか、その両者の関係を模索しようとするところにある。」(87.)

ある事情から手元にある所蔵誌を見直していて、見出した論考である。
1980年代後半にブラジル考古学に関する論考が『歴史評論』という雑誌に紹介されていた!
私を含めて殆どの人が気にも留めずに「スルー」していた。
しかしその提起する問題は、「日本考古学」において決して看過できるものではなかったはずである。

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文化財は誰のもの? [総論]

アンドリュー・カリー(藤井 留美 訳)2023「特集 文化財は誰のもの?」『ナショナル ジオグラフィック 日本版』2023年3月号(第29巻 第3号 通巻336号):24-61.
Are museums celebrating cultural heritage - or clinging to stolen treasure?

「植民地主義の時代、収集活動は熱狂の域に達した。欧州の強国が探検家に地図を製作させたのは、純粋な知識欲のためではなかった。それと同じで、文化財も自然に集まったわけではなく、人類学者をはじめ、宣教師や貿易商、将校までもが、博物館と結託して世界の驚異と富を欧州に持ち帰ったのだ。博物館の学芸員が、武装した探検隊に希望の品々の収集を託すことさえあった。」(29.)

本稿の筆者Andrew Curryはドイツ・ベルリン在住、写真家Richard Barnesは博物館の所蔵品などを長年撮影しているとのこと(59.)

2023年1月3日にNHK・BS1で放送された「パンドラの箱が開くとき -文化財返還 ヨーロッパの最前線-」と同じような内容にアメリカ先住民の現状を含めたよく吟味された記事である。

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タグ:文化財返還
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構築される「遺跡」 [総論]

構築される「遺跡」-KeMCo建設で発掘したもの・しなかったもの-

期間:2023年3月6日~4月27日(土・日・祝休館、但し3月18日(土)・4月22日(土)は特別開館)
開館時間:11:00~18:00
場所:慶應義塾ミュージアム・コモンズ(三田キャンパス東別館)
主催:慶應義塾ミュージアム・コモンズ、慶應義塾大学民族学考古学研究室
協力:トキオ文化財株式会社

「遺跡」とは何だろうか。一般には、歴史として語られる過去に属する、人々の活動の痕跡が存在する場所をいう。多くの場合、そうした痕跡は地中に埋もれているため、「遺跡」の内容を知るには発掘調査が必要になる。
4年ほど前、慶應義塾(私たち民族学考古学研究室)は、今KeMCoが建っている場所で発掘を行った。(中略)
…私たちはこの発掘で、この地に残る過去の痕跡のすべてを発掘したわけではなかった。例えば、地質や化石などの自然現象の痕跡や、明治期以降の近代・現代の痕跡についてはほとんど発掘していない。実は発掘は、痕跡を選択する行為なのであり、どんな痕跡をどのように発掘するかによって、「遺跡」の範囲や内容は異なるものとなる。つまり「遺跡」と「遺跡」を通して語られる「歴史」は、発掘を行う側の選択によって構築されるものなのである。(会場配布カタログ『構築される「遺跡」:KeMCoで発掘したもの・しなかったもの』:3. 文責 安藤 広道)

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植民地支配 奪われた文化財の返還を考える [研究集会]

   <三・一朝鮮独立運動記念集会>
「植民地支配 奪われた文化財の返還を考える」(五十嵐)

日時:2023年 3月 1日(水)18:30~20:00
場所:札幌市男女共同参画センター 4階大研修室(エルプラザ)
主催:日本の戦後責任を清算するため行動する北海道の会
後援:北海道平和運動フォーラム

【チラシ案内文】
ヨーロッパの旧植民地本国からかつて植民地であったアフリカへ文化財を返還するニュースが伝えられています。近代における植民地支配という誤った行いに対する反省に基づいた帰結です。こうした動きは、性差別に対するフェミニズム運動、人種差別に対するブラック・ライヴズ・マター運動など過去の不正義を正す(リドレス)運動と軌を一にしています。それでは遅れて植民地争奪に加わった日本は、どうでしょうか? いずれも世界をリードする状況とは程遠い何周も遅れた状況であることは否定できないようです。
ポスト・コロニアルな時代と言われています。しかし様々な原因によって負の遺産が解決されないまま残されています。その要因は、私たちの心の中に根深く残る植民地主義的な考えではないでしょうか。人権や倫理よりもナショナリズムを優先させ、文化財に対しても表面的な評価をしがちな私たちの視線について考えます。

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タグ:文化財返還
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西川1984『ラッパ手の最後』 [全方位書評]

西川 宏1984『ラッパ手の最後 -戦争のなかの民衆-』青木書店

やはり「タダモノ」ではなかった!

私の手元にある著者の論文リスト。
1965「朝鮮文化財は誰のものか」『考古学研究』第12巻 第2号:2-7.
1966「在日朝鮮文化財と日本人の責務」『歴史地理教育』第116号:1-10.【2018-12-01】
1968「帝国主義下の朝鮮考古学 -はたして政策に密着しなかったか-」『朝鮮研究』第75号:37-43.
1970「日本帝国主義下における朝鮮考古学の形成」『朝鮮史研究会論文集』第7号:94-116.【2010-02-28】
1970「日本考古学のなかの帝国主義的思想 -キム・ソクヒョン『初期朝日関係研究』の提起するもの-」『考古学研究』第16巻 第3号:2-6.
1970「年表 日本帝国主義下の朝鮮考古学(第1版)」『考古学研究』第16巻 第4号:13-21.
1988「鬼神の業と国体明徴 -永山卯三郎の考古学-」『考古学と関連科学 -鎌木義昌先生古稀記念論集-』:325-331.
1995「戦跡考古学の発展のために」『展望 考古学』考古学研究会40周年記念論集:332-338.
1996「わが国の軍隊は空襲から市民を守ったか -いわゆる高射砲陣地の考古学的検討から-」『考古学研究』第43巻 第3号:4-12.
2000「戦跡考古学の軌跡と現状」『大塚初重先生頌寿記念考古学論集』東京堂出版:978-991.

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勅令第263号(補) [学史]

教職員適格審査施行規則に関する件
(昭和二十一年八月七日発適第一七号適格審査室長ヨリ官公私立大学長学校集団長地方長官宛)
右の件につき左記の通り別表第一第六項の解釈が決定しましたから御承知下さい。
                記
昭和三年一月一日以降に於て日本軍によつて占領された聯合國の領土内で日本軍の庇護の下に学術上の探検或は発掘事業を指揮し又はこれに参加した者」の解釈は大体次の通りである。
一、旧満州國、中華民國、南方諸地域等で軍の庇護の下に純粋に軍事上の目的のため学術上の探検或は発掘事業を指揮し又はこれに参加した場合一應該当するのであるが世界文化の進展に寄与するが如き純粋に学術上の研究が主である場合は該当しない。
ニ、資源或は貴重なる物件を奪取する目的で考古学等に関する学術上の探検又は発掘事業を指揮し又はこれに参加した場合は該当するがそれらの物件を発掘したとしても科学的に分類整理して世界の学術に研究に役立て公共の利用に供し得るように取扱つたものであつて之を私の利益のための私蔵したものでなければ右に該当しないのである。
(文部大臣官房文書課 1949年3月 『終戰教育事務処理提要』第三集:369-370.)

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遺跡問題2023 [遺跡問題]

「港区では、近世(江戸時代)の遺跡については、遺跡の特徴を最も良く示す名称(例えば、遺構等の最も残存状態が良好な時期の遺跡該当地居住者あるいは占有者名、遺跡該当地の土地利用を最も端的に示している名称等)を冠し、遺跡名称としている。また中世以前の遺跡については、遺跡所在地を示す最も適当な地名等を冠し、遺跡名称としている。本遺跡周辺は江戸時代に愛宕下大名小路等と呼ばれ、大名・幕臣屋敷が集中していたことから「愛宕下武家屋敷群」として括り、個々の調査地点に既述の方針に従って遺跡名称を付すこととした。本遺跡は、検出遺構・出土遺物の主体が、陸奥一関藩田村家の屋敷に関連するものであることから、「愛宕下武家屋敷群ー陸奥一関藩田村家屋敷跡遺跡」とした。遺跡番号は「TM181-4」である。」(『愛宕下武家屋敷群 -陸奥一関藩田村家屋敷跡遺跡- 発掘調査報告書』2017「凡例 1.遺跡名称」)

2005年に地中から「X字」状に組んだ地中梁の端部に斜めに樹立する櫓基礎が出現して度肝を抜かれた思い出の地である。

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藤森1965-68「考古学への想い」 [論文時評]

藤森 栄一 1965-68「考古学への想い」『信濃考古』(詳細な原典情報不明『藤森栄一全集 第15巻 考古学・考古学者』所収:17-30.)

晩年に記した10箇条の遺言である。
その10箇条とは、1.書いてみたいこと、2.掘ってみること、3.感じてみること、4.観察してみること、5.歩いてみること、6.遊んでみること、7.ケンカをしてみること、8.地味をみること、9.覗いてみること、10. 一度つけた灯を消さないこと、である。
いづれも「身に染みる」。

「とても、慎重に、いつまでも資料を眺め、あっためている人がいる。もちろん、それはそれでまことに学問的で結構である。しかし、資料は単独でおかれた場合、なんの役にも立たぬものである。いくつも、小さなつまらないような資料が、共通の場に提出され、組立てられるのでなければ価値を生じないのである。」(書いてみたいこと:17.)

私の身近にも、こうした人が居る。アイデアも感性も素晴らしい、材料も揃っている。しかし「あっためている」のである。

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タグ:研究姿勢
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溝口2022『社会考古学講義』 [全方位書評]

溝口 孝司 2022『社会考古学講義 -コミュニケーションを分析最小基本単位とする考古学の再編-』同成社

「考古学的研究の対象としての人間の思考と行動の「痕跡」がなぜそのようになったのか? そこに見出される「パターン」はなぜ産み出され、維持され、変化したのか? 私たちは、なぜそれらに私たちがやっているようなやり方で意味づけをし、説明し、理解するのか? そうすることは、私たちが生きてゆくことに対してどのような意味を持つのか?」(i.)

こうした問いに対して、筆者は「社会考古学」という名前を与えているが、正に私の「第2考古学」と見事に重なり合っている。
違うのは、力点の置き方が研究対象である彼ら/彼女らという「過去」にあるのか、それとも研究者である私たちという「現在」にあるのかというぐらいである。

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東村2021『近現代北海道とアイヌ民族ー和人関係の諸相』 [全方位書評]

東村 岳史2021『近現代北海道とアイヌ民族ー和人関係の諸相』三元社

「アイヌ民族の存在を否定する論者は、ほぼ全員といっていいほど「民族」の客観的定義は存在しない、アイヌを勝手に自称する人間がいるだけだと主張する。そこには自分の民族帰属の問題がきれいさっぱりと欠落し、民族呼称の問題が名付ける側と名乗る側の関係によることが顧みられていない。民族の存在を否定することは、当然権利の否定でもある。」(231.)

「アイヌ民族の存在を否定する論者」は、必然的に「日本民族の存在も否定」しなければならなくなる。
「混血によって純粋なアイヌ民族が減少している」とする論者は、必然的に「混血によって純粋な日本民族が減少している」としなければならなくなる。
当たり前である。
「アイヌ問題」は、必然的に「日本人(和人)問題」である。
筆者に一貫しているのは、こうした自省的な「和人の当事者性」意識である。

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