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赤松と和島 [学史]

「考協が反動の支柱になることは、当初の会員資格でわかっているので、和島氏とかなり論争したが、彼は内部変革ができると考え、私はとうていダメだ、というわけで、わかれた。戦前も、和島氏の東大入学、専門研究者化に反対したが、そこで意見がわかれたが、結局、和島氏には和島氏の道、私には私の道ということで、彼に迷惑が及ばないよう、唯物論全書「考古学」も彼との共著を単独に切替えた。その結果は周知の通りである。」(赤松 啓介1974「戦う若い諸君へ!」『プロレタリア考古』第9号:2.)

なぜ考闘委(全国考古学闘争委員会)と文全協(文化財保存全国協議会)が、あそこまで反目・対立しなければならなかったのか、当時を知らない世代には、ピンとこないのだが、つまるところ、ここで述べられていることに帰着するのではないかというのが最近の結論である。

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「団結-批判-団結」1973-74 [論文時評]

「「団結-批判-団結」の作風を確立し、『プロ考』を基軸に全戦線を鍛え築きあげよう!」1973-74『プロレタリア考古(全国考古学闘争委員会連合機関紙)』第3号(その1)、第4号(その2)、第5号(その3)、第10号(その4)『プロレタリア考古』編集局発行(本文章についても、筆者(文責)が記されていないのを遺憾とする)

「現代考古学の根底的矛盾は一体何であり、それがどのように具体的に現れてくるのか? 敵が何であり、どんな政策を打ちだしてくるのか? 味方がどのように存在しているのか? 現在、全国各地の考古学の創造と歴史遺産の継承発展の大衆的な運動が、どのような性格をもち、このような問題をどのように考え、そして、その運動の究極的目標が、当面の具体的目標が何んであるのか?」(その2)

こうした「問い」は、自分の専門が土器であろうが石器であろうが、あるいは古墳であろうが江戸であろうが、少なくとも「考古学」という営みに何らかのかたちで関わっている限り、問い続けなければならないだろう。
「そんな面倒なことは、忙しくて考えているヒマはないよ」などと「我関せず」と開き直っている人のやっていることは、実は「考古学」ではなく、「古物学」なのではないか。

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考古学者の公職追放 [学史]

公職追放令(1946年1月4日)
公務員罷免指令覚書
日本政府に対し好ましからざる人員の公務よりの解任罷免を命じたる指令覚書全文左の通り
第一項 ポツダム宣言に左の宣言条項があり、われらは無責任なる軍国主義が世界より駆逐されるまでは平和保障は正義の新秩序を齎すことは不可能なりと主張し、よつて日本人を欺瞞誤導して世界戦争へ駆り立てたものの権力と勢力とを永久に根絶せざるべからず
第ニ項 ポツダム宣言の本条項を実行するため、ここに日本政府に対して以下に列挙せる一切の人間を公務および官吏の職より罷免すべきことを命令する

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タグ:学史
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「前・中期旧石器捏造から20年」 [捏造問題]

「前・中期旧石器捏造から20年」と題する特集(『考古学ジャーナル』第730号、2019年9月号)が刊行された。正確には「捏造発覚から20年」ということだろう。それにしても、あちこち、分からないことだらけである。

「まずは、座散乱木グループによる論争決着宣言を撤回する必要がある。」(安蒜 政雄「日本旧石器時代の論争と捏造」:1.)
誰が、どこで、どのように撤回するのだろうか? なんのために? 
そのようなことは、すでに周知の事柄ではないだろうか?

「その意味で、論争の争点は、中期の存否だ。」(同)
ほんとうにそうなのだろうか?

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端尾・南田(考闘委)1974-75「日本考古学協会の発足」 [論文時評]

端尾 渡・南田 宗嘉(全国考古学闘争委員会連合)1974-75「日本考古学協会の発足 -協会解体のススメ-」『プロレタリア考古』第11号(第1回:上 1974-4/1):2・3、第12号(第2回:中 1974-5/1):4、第13号(第3回:中 その2 1974-6/1):2・3、第14号(第4回:中 その3 1974-7/1):4、第17号(第5回:下 1975-3/1):4
*第1回記事(第11号)の末尾には「今回担当・端尾 渡・南田 宗嘉」とあるが、他の記事は無記名である。表題と副題の関係についても、類推に基づく。北郷 泰道2007「1970年代の考古学 -そして「全ての発掘を中止せよ」-」『考古学という現代史』の『プロレタリア考古』記事目録:225.では、「協会解体のススメ」が表題とされている。

「…彼らは共通して(梅原、藤田、駒井など)「東亜考古学」研究と「資料保存(?)」こそが「我国文化再建の礎となることを固く信じて疑わない」としていることである。すなわち”戦争と科学” ”科学者の戦争責任”など、全く考えることもなく、戦前、戦中への”侵略略奪発掘”の成果を自画自賛しているのである。結局のところ、新しい日本の文化の建設とは、”天皇制”には全く触れない考古学の市民的地位の向上と侵略略奪発掘の賛美、正当化のことであった。」(第13号:3.)

45年前の『プロレタリア考古』に、前回取り上げた「勅令第263号」について言及した箇所があるかどうかを確認するために、改めて通読したのだが見出せなかった。恐らくその存在を知らなかったのだろう。当事者たちが口を噤んでいたのならば、戦後生まれの彼ら/彼女たちが知らなかったのも無理はない。しかし物事の本質を捉えた本論の記述に、全く影響はない。むしろ現時点で「勅令第263号」を加味することによって、当時の指摘が更に強化されるだけであった。

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考古学者の教職追放(勅令第263号 別表第一 第六項) [学史]

「公職追放」とは、公共的な職務に特定の人物が従事することを禁止することをいう。特に教員や教育関係者として不適当な者を教職から排除した措置については「教職追放」と呼ぶ。財閥解体や農地改革と共に、戦後の民主化政策としてなされた。「公職追放」は、1945年10月に出されたGHQの指令に基づき、議員・公務員その他政界・財界・言論界の指導的地位から軍国主義者・国家主義者などを追放することで、軍国主義的・超国家的傾向を排除して民主主義的傾向を強化することを目的とした。「精神的な武装解除」ともされる。1952年4月の対日講和条約発効とともに自然消滅した。

考古学に関連する「教職追放」は、1946年5月6日に「勅令第263号」として公布され、翌7日『官報』第5790号に告示された。詳細は「閣令・文部省令・農林省令・運輸省令第1号」として「教職不適格者として指定を受けるべきものの範囲」が示された。「別表第一」には、適格審査委員会の判定に従う者として「一-1.侵略主義あるひは好戦的国家主義を鼓吹し、又はその宣伝に積極的に協力した者及び学説を以て大亜細亜政策、東亜新秩序その他これに類似した政策や、満洲事変、支那事変又は今次の大戦に理念的基礎を与へた者 一-2. 独裁主義又はナチ的あるひはファシスト的全体主義を鼓吹した者 一-3. 人種的理由によつて、他人は迫害し、又は排斥した者 一-4. 民族的優越感を鼓吹する目的で、神道思想を宣伝した者」などが示されている。
「日本考古学」として重要なのは、最後の第六項である。

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岡田2019「鳥居龍蔵の1923年度朝鮮石器時代調査」 [論文時評]

岡田 憲一 2019 「鳥居龍蔵の1923年度朝鮮石器時代調査」『考古学研究』第66巻 第1号:42-58.

2016年に公開されたガラス乾板資料および朝鮮総督府博物館の公文書によって、96年前の朝鮮半島調査を丹念に跡付けたものである。
その結論が、以下の文章である。

「日本列島に止まらず、周辺諸地域を踏破し、広大なスケールの議論を展開した鳥居龍蔵について、そのフィールドワーカーとしての学問的探究心やその成果を称賛したり、一方において、その調査が帝国主義に便乗したものであるとして糾弾したりすることは、一面では確かに正しいが、実のところ案外容易い。しかし、それをどのような側面から切り取り評価するにせよ、分断し得ない一個人としての彼の生き様そのものと、折々残された学問的成果を無視することがあってはならないと思う。幸いにも、韓国国内において鳥居の記録したガラス乾板資料の公開が進みつつある現在、われわれは、その資料を批判的かつ正確に受け継ぐことを始点として、現在ある資料、そして今後現われるであろう資料へと繋げ、新たな学問的希求をおこなっていくべきであると考える。」(52.)

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長井編2019『ジョウモン・アート』 [全方位書評]

長井 謙治 編 2019 『ジョウモン・アート -芸術の力で縄文を伝える-』ジョウモン・アートプロジェクト実行委員会

「わが国では、これまで縄文の美を求める試みがあったが、組織的なものではなかった。ジョウモンなる響きにはなにか日本文化の源流を匂わすアイデンティティの源を感じるからだろうか。原宿で縄文祭り等、縄文・縄文…とこのフレーズには魅力を感じる日本人が多いようだ。この数年はブームをなしており、ファジーな縄文観が流布しているのも事実である。
ところがそうした高まりは、考古学研究の本流にはなく、今なお漂っている。その行く先は、きわめて茫漠としており、はっきりとしない。長く歴史学の補助分野とされた日本の考古学は、その間口をいったん広げ、開放すべきであろう。考古学の射程を考え直すチャンスが到来しているのである。」(長井:2.)

「縄文時代の遺跡・遺物が発するメッセージには無限の解釈としての可能性があり、あまねく現代の人々の心を揺さぶる力がある。それにもかかわらず、このリアルに対して偏見じみた色眼鏡で見つめ、心情的な縄文的イメージに合う部分だけを取り上げ、賛美する態度に私は恐れを抱くようになった。
私は、上記のごとく巷に溢れるファジーな”縄文観”をいったんぶち壊してみたいと思うようになった。ゆがんだ心象から生まれた”縄文”から自由になり、”縄文”を見つめ直したいと考えた。」(長井:9.)

大変に意欲的な「作品」である。
私などは、この一点で肯定的になってしまう。

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田中2019『開発と考古学』 [全方位書評]

田中 義昭 2019 『開発と考古学 -市ヶ尾横穴群・三殿台遺跡・稲荷前古墳群の時代-』新泉社

「私は1935年10月30日にこの世に生を受けた。いまは80歳の大台を超え、後期高齢者晩期の真最中にある。「おいくつですか」と聞かれるのがはなはだ鬱陶しいが、ここまで生きてこられた幸運への感謝の気持ちも日増しに強くなっている。この人生が跡形もなく消え失せるのは何とも残念無念に思われて仕方がない。
私の愚にも付かないような足取り、傍から見ればそこらに転がっている一市井人の人生に過ぎないだろう。だが、わが身にとっては掛け替えのない命の歴史である。兼ねてから、印象深い過ぎし日の生き様をきちんと書き残しておきたいと念願していた。ようやく喜寿を過ぎてから発奮し、筆を起こした。」(35.)

私の父親は1930年生まれなので、ほぼ親世代である。
筆者が1953年の大学入学から1981年に転職で離京するまでのほぼ30年、20代から40代の神奈川での疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドランク)の時代である。

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森村2009『笹の墓標』 [全方位書評]

森村 誠一 2009 『笹の墓標』小学館文庫(初出は『小説宝石』光文社、2000年1~5月号)

「深夜、山の方角の中腹に火が見えた。通常、火を焚く場所ではない。
火が見える夜は、工事現場や飯場に死者が出たときである。労働者たちは、あそこで死体が焼かれているのだと噂し合った。だが、噂の真偽を確かめた者はいない。労働者たちは、自分がいつ、あの火の燃料にされるのかとおののいた。
宿舎の格子窓が白むころ、労働者は叩き起こされる。「起きろ。働け」棒頭や取締人と呼ばれる班長が、六角棒を手に容赦なく労働者を叩き起こす。中にはせんべい蒲団をまくられ、六角棒で叩かれても動かない者がいる。ほとんど虫の息になっていて、動きたくとも動けないのである。時には、夜のうちに死んでいる者もいた。
土工夫(労働者)たちからタコ部屋と呼ばれている宿舎は粗末な仮小屋で、逃亡を防ぐために窓には鉄格子がはめられ、夜間出入口には閂がかかる。板張りの床には筵が敷かれただけで、冬は容赦なく吹き込む隙間風が筵を吹き上げた。タコ(強制)労働者と強制連行された朝鮮人労働者の宿舎は分けられているが、実態はほとんど同じである。

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白川2019「セリエーション」 [論文時評]

白川 綾 2019 「セリエーション -時間・空間・系統-」『物質文化』第99号:1-27.

「まず、セリエーションの研究史に触れながら、その概要を説明する。次に、セリエーションの原理原則について、時間・空間・系統の側面から検討する。最後に、考古学的手続きがセリエーションの原理・原則に則る限り課せられる制約と、コンテクストに依存する点を指摘する。」(1.)

セリエーションという考古学的な手法について、初めて正面から本格的に取り組んだ労作である。
セリエーションについては、以前にも思うところを少し記したことがあった【2017-09-23】。
今回の論考を目にして、少しはそうしたモヤモヤ感が晴れるかと期待しながら読んだのだが…
結論は、相変わらずモヤモヤのままである。

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市川2019『アイヌの法的地位と国の不正義』 [全方位書評]

市川 守弘 2019 『アイヌの法的地位と国の不正義 -遺骨返還問題と<アメリカインディアン法>から考える<アイヌ先住権>-』寿郎社

「このような経過を経て私は、アイヌの歴史に沿って、<アメリカインディアン法>の視点から、その権利や権限をまとめてみたいと思うようになった。そしてその後さらに”まとめなければならない”と思うようになった。きっかけはアイヌ遺骨の返還問題であった。序章で述べるように、アイヌ遺骨問題では、誰に遺骨の返還を求める権利・権限があるのかが一番の争点となり、遺骨を保管する大学側は祭祀承継者が唯一の遺骨の権利者であると主張した。大学側のその主張は民法や最高裁の考え方そのものであった。その民法や最高裁の考え方をおそらく法学者や弁護士のほとんどが支持するはずである。
しかし私は、アイヌ遺骨返還問題では、そのような日本の法のあり方を超え、誰でもが納得できるアイヌの法理論・法体系を明らかにしたうえで、<アイヌコタン>という集団の”遺骨管理権”を理論化しなければアイヌ遺骨はアイヌの元に帰ってこないと考えた。そしてこの裁判を契機に、アイヌコタンという集団の権限を中心とした<アイヌの法的地位>をまとめる決意をした。それはアイヌについての法理論と法体系をまとめることを意味するが、本書はいわばその端緒であり、問題提起となるものである。」(3.)

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7・27講演学習会「返還考古学という視座から」 [研究集会]

7・27講演学習会「返還考古学という視座から」(五十嵐 彰)

日時:2019年 7月 27日(土)13時半~17時
場所:豊島区南大塚地域文化創造館 2階 第2会議室(豊島区南大塚2-36-1)
共催:ピリカ全国実関東グループ・東大のアイヌ民族遺骨を返還させる会

「安倍政権は、2020年4月24日の白老「民族共生象徴空間」・「慰霊・研究施設」開設をもって遺骨返還運動を封じ込め、「アイヌ政策」を完了しようとしています。アイヌ民族の権利が何ひとつ明記されていない「アイヌ新法」(4月19日成立)も、様々な条件をつけた文科省発表の「遺骨の地域返還ガイドライン」(4月26日発表)も、アイヌ民族の要求に真に答えたものではありません。
私たちはこの間、東大が略奪したアイヌ民族遺骨のコタン(郷里)への返還を要求して、東大に対する申し入れ、集会・デモ、学習会に取り組んできました。今回は、日本の考古学研究の実態・問題点、特に遺骨返還についての問題点を学習して、今後の遺骨返還運動に活かしていきたいと思います。」(案内チラシより)

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竹岡2019『考古学基礎論』 [全方位書評]

竹岡 俊樹 2019 『考古学基礎論 -資料の見方・捉え方-』雄山閣

冒頭「認知の誤謬」(7-16.)として、「考古学ではない「石器研究」」の事例が挙げられている。
A 人面石器、B 芹沢 長介の珪岩製石器、C 理論考古学(安斎 正人の「素刃石器」、佐藤 宏之の「台形様石器」)、加生沢遺跡、多摩蘭坂遺跡第8地点第1文化層の「台形様石器」、小鹿坂。

「たとえば、茂呂系文化は、南関東地方では、第Ⅸ層、第Ⅶ層、第Ⅳ中~上層に見られる。このことは同じ文化が南関東地方で何度も生まれたのでなければ、他地域で存続していた文化が何度か南関東地方を訪れたということを示している。そして、茂呂系文化は東北地方から九州地方まで広く、かつ長期間にわたって分布しているから(第14図)、茂呂系文化が他地域から何度か南関東地方を訪れたということになる。」(42.)

現在、こうした見解を受け入れている旧石器研究者はどれほどいるだろうか?
そもそも「他地域で存続していた文化」とは、どの地域の、どのような文化なのだろうか?

あるいは以下のような文章について。

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戸塚2019「歴史認識と日韓の「和解」への道(その7)」 [論文時評]

戸塚 悦朗 2019 「歴史認識と日韓の「和解」への道(その7) -迷路を抜け出す鍵-」『龍谷法学』第51巻 第4号:409-448.

「1905年条約が無効であれば、それを前提として締結されたことになっている1910年の韓国併合条約は砂上の楼閣と評価せざるを得なくなる。そうすると、「韓国併合」が「不法だった」との結論を導くことになる。日本による植民地支配を正当化したいと考える人々にとっては、是が非でも封印しておきたい法律問題だったのである。」(421.)

衝撃的な内容である。
1965年の日韓条約締結の際に「もはや無効である」との文言をどのように解釈するかで日韓の間で解釈が分かれて問題となったが、1905年条約の「最初から無効である」という韓国側の主張に国際法的な裏付けが得られたわけである。

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五十嵐2019c「旧石器研究における接合の方法論的意義 -「砂川モデル」の教訓-」 [拙文自評]

五十嵐 2019c 「旧石器研究における接合の方法論的意義 -「砂川モデル」の教訓-」『日本旧石器学会 第17回研究発表 シンポジウム予稿集 旧石器研究の理論と方法論の新展開』:62-65.

シンポジウム当日、会場に着席して渡された予稿集を開いてまず驚いたのは、事前に校正指示を出しておいた箇所が全く反映されておらず、初校状態のままであったことである。
故に、この場にて以下の訂正をお願いすることとなる。
 62頁・左段・下から12行目:…として提示いるのならば… → …として提示されているのならば…
 63頁・左段・上から7行目:(剥片・加工石器」 → (剥片・加工石器
そのほかにも何箇所か指示していたのだが、レトリカルな部分なので、省略する。
しかし、こちらとしては編集担当者の指示に従って校正を提出した時点で、当然修正されているものと信じ込んでいるのだから、そして再校がないのならば、なおさら編集担当者は修正箇所について最低限確認する責務があるのではないか? 閑話休題

「日本で旧石器を研究する場合、方法論に関心がある人にとって「砂川」という言葉には特別な意味がある。だから「砂川」と直接関わる「個体別資料分析法」あるいは「砂川3類型区分」に根本的な欠陥があるとしたら、事は重大である。」(62.)

 1.はじめに
 2.石器製作工程は、常に前半と後半に区分されるのか?
 3.一つの原石から産み出される石核は、常に一つなのか?
 4.「砂川モデル」では、石器製作の実態を説明できないのではないか?
 5.石核を残滓として、石核があれば製作行為の痕跡と言えるのか?
 6.石器製作の工程連鎖は、製作廃棄の連鎖だけなのか?
 7.石器資料の製作と搬入を区別するには、どうしたらいいのか?

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日本旧石器学会 第17回大会 シンポジウム「旧石器研究の理論と方法論の新展開」 [研究集会]

日本旧石器学会 第17回大会 シンポジウム「旧石器研究の理論と方法論の新展開」

日時:2019年6月30日(日)9:00~15:30
場所:大正大学 巣鴨キャンパス 5号館 5階 551号室(豊島区西巣鴨)
主催:日本旧石器学会

「30日(日)に開催するシンポジウムのテーマは、「旧石器研究の理論と方法論の新展開」です。当学会がこのテーマをとりあげたシンポジウムを行うのは初めてです。講演者の皆様からは、考古学研究において理論と方法論がどのような役割をもち、どのような枠組みや視点を提供することができるのかを、理論的研究の動向や旧石器時代を中心とする実践的研究を通じて提示していただきます。続くパネルディスカッションでは、活発な議論が期待されます。」(主催者趣旨説明より)

1.考古資料から歴史構築へ(安斎 正人)
2.刃部磨製石斧の起源 -伝播か収斂進化か?-(鈴木 美保)
3.旧石器研究における接合の方法論的意義 -「砂川モデル」の教訓-(五十嵐 彰)
4.旧石器研究をめぐる理論動向の比較 -韓国と日本-(洪 恵媛)
5.ヨーロッパ旧石器時代洞窟壁画の解釈(五十嵐 ジャンヌ)
6.Practice without theory is blind (and theory without practice is empty)(中尾 央)
7.ポストプロセスからみた旧石器時代研究への提言(溝口 孝司)

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五十嵐2019b「考古学における解釈のあり方について」 [拙文自評]

五十嵐 2019b 「考古学における解釈のあり方について -緑川東を読み解くために-」『考古学ジャーナル』第728号、特集 縄文人の心性と世界観:5-8.

初『ジャーナル』である。編集部にお願いして、何とか恥かしい写真の掲載だけは回避させてもらった。
名前のローマ字表記については、文科省の通達を添えて編集部に変更を依頼したのだが、受け入れてもらえなかった。早急な検討を望む。

「今回は緑川東の大形石棒を事例として、その解釈のあり方について時間論・部材論・ジェンダー論という3つの観点から確認する。」(5.)

2016年から引きずっている「緑川東問題」に関する2019年時点での総括である。
以前より緑川東問題について構想していた時間論・部材論・ジェンダー論を示したベン図を提示することができただけで満足である。

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世界史の中の文化財返還問題を考える [研究集会]

公開シンポジウム 世界史の中の文化財返還問題を考える -2018フランス政府報告書と対馬仏像返還問題を中心に-

日時:2019年6月15日(土)13:00-17:20
場所:大阪経済法科大学 東京麻布台セミナーハウス 2F 大研修室
主催:韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議

「昨年11月にフランス政府が発表したアフリカ旧植民地への文化財返還を打ち出した報告書は、内外に衝撃を与えました。ドイツやオランダでも連動した動きが見られます。他方、東アジアとりわけ日本では、文化財返還問題への理解が乏しく、日韓では深刻な葛藤が続いています。打開の道を識者とともに考えます。」(主催者案内チラシより)

第1部 13:40-14:40 フランス政府報告書について
 2018フランス政府報告書についての考察 -フランスのアフリカ文化財返還政策の意義と課題-(森本 和男)
第2部 14:50-17:00 対馬盗難仏像返還問題について
 ① 対馬から見た仏像盗難問題の歴史的背景(俵 寛司)
 ② 釜山から見た対馬仏像盗難問題(廣瀬 雄一)
 ③ 国際法から見た仏像盗難問題(戸塚 悦郎)
第3部 17:00-17:15 訪朝報告(五十嵐 彰)

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尾田2019「武蔵野台地における後期旧石器時代初頭の編年と行動論」 [論文時評]

尾田 識好 2019 「武蔵野台地における後期旧石器時代初頭の編年と行動論 -武蔵台遺跡の分析を中心に-」『旧石器研究』第15号:107-122.

「本稿では、武蔵台遺跡療育センター地点から出土した資料を分析対象に取り上げ、遺跡形成過程を分析し、その結果を踏まえて立川ロームⅩ層の石器群が層位的・編年的に区分しうることをあらためて確認した。そして、それらの石器技術と居住形態が、武蔵野台地と周辺の資源環境や集団間関係に応じて変化した可能性を指摘した。」(119.)

「区分しうること」の根拠は2点、ファブリック解析とサイズ・ソーティングの検討である。
前者のファブリック解析では「ブロック1・2と周辺」出土の35点の分析試料を出土標高の中央値で「下位試料群」(16点)と「上位試料群」(19点)に区分して、シュミットダイアグラムなどの分析結果が示され「ファブリック解析の結果のみでは、上位と下位の試料群を分離できるかどうか、評価は難しい」(115.)とされた。

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