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ジョンソン2017『入門 考古学の理論』 [全方位書評]

マシュー・ジョンソン(中島 庄一訳)2017『入門 考古学の理論』第一企画(Matthew Johnson 2010 ARCHAEOLOGICAL THEORY: An Introduction. 2nd Edition, John Wiley & Sons Ltd.)


序 理論の抱える矛盾
第1章 常識だけでは通用しない
第2章 ニューアーケオロジー
第3章 科学としての考古学
第4章 ミドルレンジ・セオリー、民族考古学と物質研究
第5章 文化とプロセス
第6章 思想とイデオロギー
第7章 ポストプロセス考古学と解釈学的考古学
第8章 考古学、ジェンダー、アイデンティティ
第9章 考古学と文化進化論
第10章 ダーウィンの進化論と考古学
第11章 考古学と歴史学
第12章 考古学、政治及び文化
第13章 結論 理論の未来
用語解説
より深く学びたい人のために


隣接諸科学、例えば文化人類学、地理学、地質学などでは、こうした欧米における一般的な教科書がいくつも翻訳されており、それらを読むことで学部生や初学者が欧米における基礎的な知識を身に付けることができるように配慮されているのだが、「日本考古学」でもようやくそうした環境が整いだしたことを感じさせる一書である。

「こうした学問領域を超えた方法や関心事の研究が交差する(現代を考古学的に研究する:引用者挿入)ことで、現在の物質文化研究は考古学を単に過去の物質文化を研究するものではなく、物と人との関係を研究する学問であると定義することができるだろう。そして、物と人との関係がどのようなものなのかという問題が今日の考古学理論においてもっとも重要なものであり、もっとも、活発に議論されている領域なのである。」(86.)


<場>と<もの>を巡る議論を中心的な課題とする第2考古学が勇気づけられる記述である。しかし「日本考古学」ではこうした問題が「活発に議論されている」とはとても思えないところに、「世界考古学」とのギャップを見る。


このように、本書が「世界考古学」の現状を伺う上で好適な書籍であることは間違いない。
ただし。
惜しむらくは、多くの「引っ掛かり」が散見されて、内容に没入できないことを遺憾とする。


一番は、英単語のカタカナ表記である。
例えば「社会構成主義の登場は「サイエンス・ワー」と呼ばれる科学者と非科学者の間の激しい論争を解き放つことになった。」(63.)という文章である。
最初「サイエンス・ワー」が何を意味するのか、すぐには理解できなかった。もしかして「科学の時間」を意味する「ア」の脱字かとすら思った。
少なくとも日本では戦争を意味する英語表記"War"は、「ウォー」と表記することが一般化しているのではないだろうか。特に当該の"Science Wars"については、金森 修氏のそのもの『サイエンス・ウォーズ』なる著作すら存在しているのだから。"Star Wars"が「スター・ウォーズ」ではなく「スター・ワー」では何のことやら訳が分からないではないか!(ところが301・302頁では「サイエンスウォー」と表記している。)


その他、類した事例が多岐にわたる。
"Stonehenge"を「ストーンヘッジ」(44. 113.320.)と表記する例に初めて出会った。
ビンフォードの民族考古学調査で有名な"Nunamiut"をどのように読めば「ヌミネイト」(73.)となるのだろうか? 「ヌナミウト」という表記で確定したものとばっかり思っていたが、あえて変更を加える意図とは何だろうか? 他の事例、例えば"Inuit"や"Kung San"など(80.)は原語表記を用いている(原文では"!Kung San")。その使い分けの意図もよく分からない。あまつさえ74頁では「ヌミネイト」と"Nunamiut"が共存している。
"taphonomy"は、「タフォノミー」で確定しているのではないだろうか。それを「タフノミー」(77.84.303.)に、「サントリーニ火山」(Santorini)を「サントリオ火山」(97. 98.)とする意図は?


"optimal foraging theory"という用語に対して、ある個所では「オプショナルフォレージング理論」(204.)とし、別の個所では「最適遊動採集理論」(212.)あるいは「最適食料獲得理論」(316.)とする。単なる「オプション」(随意)なのか? まさに「常識だけでは通用しない」。


「Cahokia(カホキア)遺跡は北アメリカ北西部に位置し、200基以上の土盛り状遺構とその他の遺構群からなる複合遺跡である。アメリカ中央西部、ミズーリ州セントルイスから流れるミシシッピー川が横断するボトム氾濫原のイリノイ州コリンズビルの近くに位置する。営まれた年代は650~1400年の間である。周囲の地域を支配して際立って大きな遺跡である。その最盛期にはメキシコ最大のセツルメントとなる。」(189.)


世界遺産「カホキア」に関する予備知識(例えばアメリカ合州国の遺跡なのかメキシコの遺跡なのか)がない読者には、どっちなのか困惑するばかりである。遺構数を80上積みする計算式は、どのようにして導かれたのか?
以下、原文。


Cahokia is a complex of around 120 earthen mounds and other features in the midwestern United States, near Collinsville, Illinois in the American Bottom floodplain, across the Mississippi River from St Louis, Missouri; the site was occupied between ad 650 and 1400. Cahokia dominates the surrounding landscape, being the largest site of its kind by far; at its peak, the site was the largest settlement north of Mexico.


その他、細かい「引っ掛かり」を挙げればキリがない。
極め付けは、本文の最後に記されている「用語解説」(281-292.)である。
アナール学派:Annale School → Annales School
サイバネティクス:Sybernetics → Cybernetics
弁証法:Dalectic → Dialectic
物質戦争:Materalschlach → Materialschlacht
近代主義:Mdernisim → Modernism
特殊化:Particlarize → Particularize
ポストモダニズム:Postomodernism → Postmodernism
共時:Sychronic → Synchronic
システム:System → Systems


ちょっと考えればアルファベット順に並んでいるはずなのに並んでいないといったすぐ気が付くミスも散見され、どうしてこのようなことになってしまうのか、理解しがたい。原書にある用語をそのまま引き写せばいいだけではないか。
これでは読んでいても安心して読むことすらできない。材料が良質なだけに残念である。


ここまでくれば、「製造者責任」といった用語もちらつく。
ブログでの記述であればまだしも、商品として対価を支払っているのである。
詳細な正誤表の作成を求めたい。


タグ:翻訳 理論
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伊皿木蟻化(五十嵐彰)

タイミングよく「カホキア遺跡」について、最新の『考古学研究』63-4(2017-4)にカラー写真と紹介文が掲載されていますね。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2017-04-25 12:36) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

本日「翻訳の正確さについて責任を負う」と明記されている出版社に電話して担当の方と少しお話しをいたしました。現在正誤表を作成中とのことでしたが、その後の検分によってとても正誤表では対応しきれないのではないかとお伝えしました。
例えば、「オーストリア」(247.260.320.323.など)における先住民とはケルト民族のことなのでしょうか?(原文はもちろんAustralia、駐日オーストリア大使館ではオーストラリアとの混同を避けるため、表記を「オーストリー」に改めるように要請しているとのこと[ウィキペディアより])
「民族」と「民俗」が訳し分けられていますが、その根拠は?(原文はもちろんethnologyやethnography)
The Linguistic Turnを「言語論的展開」(223.)と表記すれば、現代思想の常識に欠けるとみなされます。(もちろん言語論的転回)
Culture Historyを「文化史考古学」(29.)、Indigenous Archaeologiesを「先住民の先住民のための考古学」(246.)と訳すのは、いくら何でも意訳が過ぎるのではないでしょうか?
まだまだありますがキリがないので、このへんでやめます。
そもそも原書では37枚あった挿図が、わずか6枚(16%)に切り詰められていることが理解を著しく低減させています。267頁に唐突に出てくる「Mazaokeyiwinの失われた錐の柄」は、第8章のFig.8.3に出てくるハイド・スクレイプをしているおばあさんの写真を見ていないと何のことやら訳が分からないでしょう。「考古学理論の状況」と題するまとめ的な挿図も1988年(第13-1図:264.)と1998年(第13-2図:265.)に加えて2008年(Fig. 13.3)の最新版を掲載しないと原著者の考えを読者に伝えることはできないでしょう。

by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2017-05-02 17:41) 

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