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ホッダー2023『絡まり合うモノと人間』 [全方位書評]

イアン・ホッダー(三木 健裕 訳)2023『絡まり合うモノと人間 -関係性の考古学にむけて-』同成社
IAN HODDER 2012 ENTANGLED: An Archaeology of the Relationships between Humans and Things. WILEY-BLACKWELL.

B5版より少し小さいサイズで252ページの原書が、訳本ではA5版で413ページとなっている。
考古学という学問世界の広がりを知るには、最適の一書である。
言い換えれば、自分が今まで考古学だと思い信じ込んできた領域が、いかに狭い世界であったかと思い知ることになる。

「エンタングルメントは人間とモノの間で生じる、正と負の依存の弁証法である。
人間とモノのエンタングルメントにおいて中心となるのは、モノが有する時間性であり、そうした時間性を調整し、順序立てることである。物事は、ある一定の順序で行う必要がある。
エンタングルメントとは、抽象的観念と身体を介した共鳴が混ざり合った存在、すなわち人間の精神と肉体、そしてモノの世界の間で起こった反響である。
エンタングルメントは人間とあらゆるモノの間に生じる。しかし物質としてのモノがたどる物理的プロセスが、罠に陥った状態、粘着性、現実に起こっている無秩序な状態を生み出すことになる。
社会的生活が営まれる物質的条件ではなく、異種混淆なエンタングルメント内の緊張した関係性(罠に陥った状態)こそが、変化の方向性を決定づける。
人間とモノの依存関係は不安定かつ不規則である(人間とモノには生命力があるため)。それによってほどけるというプロセス(触媒作用)が起こり、そのプロセス中では創発現象が生じるとともに、解決法を定めようと探索がなされる。
モノは特定のエンタングルメント内で適合している。それゆえにモノは進化し、変化していく。
緊張した関係性がエンタングルメント内ではたらく結果、人間は自分で掘った穴にはまっていく(墓穴を掘る)。そこからエンタングルメント全体に不可逆性が生じる。
エンタングルメントという概念のおかげで、モノを研究するうえで人文科学、社会科学、生物学、材料科学をより十分に統合できるようになる。エンタングルメントは異種混淆である。」(333-4.)

筆者が要約する結論の文章であるが、これだけ読んでも訳が分からないだろう。
あるいは「シンプルな公式」として「E+問題+解決=En」(349.)が示されても、さらに訳が分からないだろう。
16ページにわたる「訳者解題」(393-408.)を読んで、ようやく全貌が少し見えてくるといったところか。

それでも無理やり我田引水すれば、さらに見えてくる光景がある。

「…エンタングルメントは全体論的ではなく、境界線で区切られてもいない。エンタングルメントは開かれていて、部分を寄せ集めたものであり、固定されていないのである。」(261.)

これは、今まで散々<遺跡>問題として述べてきたことではないのか。
そう、<遺跡>こそがエンタングルメントなのである。

「…考古学的「遺跡」概念は、リゾーム状の広がりを有する複数の平面群が幾重にも重複した構成体として認識されるものである。」(五十嵐2004「近現代考古学認識論」『時空をこえた対話』:341.)
「…<遺跡>概念は構成単位である遺構・遺物を要素とする「点の集合体」という本来は境界(バウンダリー)のないオープン・システムである…」(五十嵐2005「遺跡地図論」『史紋』第3号:100.)

しかしホッダーは、<遺跡>問題にも近現代考古学にもあえて踏み込まない。
「チャタルホユック遺跡周辺」(図9.1:294.)として示される図も東西南北2kmほどの範囲が漠然と示されるだけで、「チャタルホユック遺跡の年代」(図3.6:97.)はBC6000で終わっている。
果たして「チャタルホユック」の近現代は、どのような展開を示しているのだろうか?

「…エンタングルメントの歴史は単に線形であるだけではない。出来事と人間が登場するだけの物語でもない。この歴史はモノとモノが残す痕跡が紡ぐ物語でもあるのだ。物質的なモノは存続し、さらにモノ同士が絡まり合い、モノと人間も絡まり合っていく。」(277.)

「「もの」と「こと」、物質と行為の相互関係を考究すること。双方を結び付ける手掛かりは、「痕跡」である。「もの」が生成する場で生じる「痕跡」を手掛かりに「もの」の生成を考えるには、「もの」自体がたどる「横糸」と「もの」相互が関連する「縦糸」を峻別しながら読み解かなければならない。(中略)
物事(「もの」と「こと」)の「経緯」は、こうした縦糸と横糸の織り成す網の目を、痕跡を媒体として読み解くことで明らかにされる。」(五十嵐2003「「使用」の位相」『古代』第113号:13.)

本書をしっかりと理解しようと思えば、29ページにわたる「参考文献」(363-391.)で挙げられた諸々の少なくとも概要ぐらいは理解しておかなければならない。英文を読むのが億劫な人でも、参考文献として示された日本語訳本(アガンベンやアレントからタウシグやウォーラーステインに至るまで)60冊ほどには、目を通しておかなければならない。
いまさらだが、幾ら時間があっても足りない。

コロナ渦中に「一日一段落ずつ訳すというルール」(412.)を自らに課してなされた訳文はこなれていて、安心して読むことができる。
初学者から老大家まで、自分の現在地を知ることができる。

訳者が「最も翻訳に困った単語」(397.)とするのが「エンタングルメント」(entannglement)で、結局はカタカナ表記が採用された訳だが、私はやはり候補として挙げられていた「絡まり合い」が一番相応しいような気がする(訳本の書名にも採用されているのだし)。「エンタングル考古学」では何のことか良く分からないが、「絡まり合う考古学」なら何となく分かるような気がする。
それよりも原書の表紙に採用されたグラス・ファイバーのようなテープが錯綜しているインスタレーションが、一番「ENTANGLED」を適切に表現しているように思われる(訳本未掲載)。



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