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木村2024「戦利品は黙って吠える」 [雑]

木村 聡 2024「不謹慎な旅-67 戦利品は黙って吠える -石獅子と御府-」『週刊 金曜日』第32巻 第2号 1456号*(2024. 1. 19):34-37.

「価値ある貴重な文化財が盗まれて国外に流出した。金儲けを狙う盗賊ではない。国家が戦争などに乗じて行なう略奪だ。博物館や美術館に展示された「戦利品」の適切な居場所とはどこか。中国から持ち去られた、ある略奪文化財の風景を訪ねた。」(リード文:34.)

山縣有朋記念館と靖国神社にある遼寧省 海城市 三学寺の石獅子と皇居にある旅順の鴻矑井碑が4ページにわたって紹介されている。

*表紙の「1456号」という数字は『週刊 金曜日』となってからのいわば「発行号数」で、裏表紙の前身媒体を含む「通巻 1478号」とは意味が違うとのこと。ややこしい。

「「宮内庁公文書館に『戦利品明細録』というのがあって、この石獅子はちゃんと書いてあります」
そう話すのは「中国文化財返還運動を進める会」の共同代表・東海林次男さんだ。同会は中国国内の学者らで作る民間団体と連携し、不当に持ち去られた中国由来の文化財を元の場所に戻す運動に取り組んでいる。東海林さんたちによれば、この石獅子については靖国神社や宮内庁の資料で戦時強奪を意味する「鹵獲」の表現が用いられ、日清戦争の「戦利品」と明記されているという。」(36.)

「文化財返還に詳しい慶応大学の五十嵐彰非常勤講師は、「従軍慰安婦」など他の戦後補償と比較し、「文化財返還に関しては、具体的な目に見える形で取り返しがつくということです。それは私たちがやらなければならない、日本が世界に示す行動だと思います」と語る。中国大陸以外に、日本は朝鮮半島からも大量に文化財を持ち去っている。国威を背負った戦利品の返還は、戦争責任を孕み多分に政治案件化してしまっているのも現実。しかし、黙して語らぬ石獅子たちは厄介な”懸案”ではなく、未来を照らす”可能性”になりうるということだろう。」(37.)

最後の一文に全く同意する。
前回記事にも記したようにパンドラの箱に最後に残ったものが重要である。

最近、政権与党の重職にある政治家が、女性政治家の容姿に言及して「今までの暴言の中でも最悪」と批判を浴びている。「またか」という思いと共に、つくづく手の打ちようがないと思う。
オリンピック組織委員会会長の性差別発言や現首相の「女性ならでは」発言と同根の差別意識が露呈している。
特に今回の発言は、「女性だけ美醜の評価がなされる」という「外見に基づく差別」である。
「特集 ルッキズムを考える」『現代思想』第49巻 第13号(2021年11月)などを精読する必要があろう。

同じようなことが、文化財についても言えるのではないか。
『朝日新聞』の「美の履歴書」というコーナーで「舶来品 日本人に響いたのは」という見出しで出光美術館所蔵の「青磁鎬文壺」が紹介されていた(朝日新聞 夕刊 2024年 1月 16日:2.)。

「本作は、つややかな質感と、鎬文と呼ばれる深い彫りが特徴的な優品で、中国南東部の龍泉窯の作」。

「舶来品」すなわち海外由来の文化財を紹介・評価する際に、その<もの>としての外観の評価だけでいいのだろうか?
本件の搬入経緯について質問したところ、不明だという。海外では、こうした出所不明の文化財については、展示すること自体が困難となりつつある。ところがこの記事では、紹介された文化財が、いつ・どのようにして日本にもたらされたのか、どこにも書かれていない。「見どころ」として記されているのは、外観的な特徴のみである。由来が不明であることを、紹介記事として紹介することが必要ではないか。

こうした文化財の外観だけを評価する姿勢は、ある意味で「文化財ルッキズム」である。
海外由来の文化財の「見どころ」は、表面的な事柄だけでなく、その内実、すなわち目に見えない由来といった当該文化財をめぐる倫理的な評価、正当な手段をもって入手したことが示しうるということに基づく価値判断でなくてはならない。私たちは、目に見えない事柄を見るように努めなければならない。それが、海外由来文化財(舶来品)の本当の「見どころ」であり、本当の「履歴書」である。
由来の正当性を示すことができない場合は、明らかでないことを明らかにする、グレーであることを明示することが、「未来を照らす可能性」への第一歩となるだろう。


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