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藤森1965-68「考古学への想い」 [論文時評]

藤森 栄一 1965-68「考古学への想い」『信濃考古』(詳細な原典情報不明『藤森栄一全集 第15巻 考古学・考古学者』所収:17-30.)

晩年に記した10箇条の遺言である。
その10箇条とは、1.書いてみたいこと、2.掘ってみること、3.感じてみること、4.観察してみること、5.歩いてみること、6.遊んでみること、7.ケンカをしてみること、8.地味をみること、9.覗いてみること、10. 一度つけた灯を消さないこと、である。
いづれも「身に染みる」。

「とても、慎重に、いつまでも資料を眺め、あっためている人がいる。もちろん、それはそれでまことに学問的で結構である。しかし、資料は単独でおかれた場合、なんの役にも立たぬものである。いくつも、小さなつまらないような資料が、共通の場に提出され、組立てられるのでなければ価値を生じないのである。」(書いてみたいこと:17.)

私の身近にも、こうした人が居る。アイデアも感性も素晴らしい、材料も揃っている。しかし「あっためている」のである。

「私は、発掘をしなくても、考古学はありうると思うのである。世に掘り出された資料の中には、掘り出されたきり、正当に考えるという評価のあたえられていない、たくさんな遺物と遺跡がある。その不遇な資料に、正しい考察を与えるべきである。論考の勇気のない発掘者には、別にそれについて遠慮するには当らない。
われわれがそういう研究をすると、たいてい思いつきだということでさげすまれる。むろん、さげすまれないような物の見方をして、大いに再吟味の仕事が、考古学界で重視されるべきである。遺跡は、地に眠らせておいても、一向に差支えないのである。すでに掘った資料に正しい価値づけもすまぬのに、次を次をと掘りまくる必要はないのである。
なんのために遺跡を掘るのか。そこに遺物があるから、ではない。そこに、どんな人間のいのちがあったかということを知りたいためではないだろうか。」(掘ってみること:19.)

「正当に考える」とか「正しい考察を与える」とか以前の、すなわち掘っただけで本報告が未刊の発掘調査はどれほどあるのだろうか?
しかしそうした全国調査がなされた、という話しは、トンと聞いたことがない。
文化庁ないしは日本考古学協会がすべき仕事ではないか。

「考古学はあくまで、編年学ではなくて、はるかかつての世にいなくなった人々の、生活や感情を知るための学問であるはずである。(中略)
編年しか念頭にないと、土器をみても石器をみても、人間は見えない。したがって、学問的に人間追求はまた時期尚早だと思うが、本当は、その人の意識的盲点にすぎないのである。じつはその観念さえとりのぞけば、古代人の生活は、いくらでも見えてくると思うのである。」(観察してみること:21-22.)

「いつまで編年をやるか」と題した有名な文章で当時(現在も?)旺盛を極めた「第1考古学」を「勇気の喪失」と評した筆者の苛立ちである。

「日本考古学協会にばかり喰いつくようであるが、1962年の奈良県奈良大会のときの『邪馬台国シンポジューム』で、はっきりした自己の信念を披瀝できない考古学代表が、材料を考古学に求めた古代史学者に、こてんぱんにやられて、新聞記者に笑われ、1967年の岩手県北上大会では『縄文晩期の農耕』ということで、さぞかし、縄文農耕論がその存否両説にわかれはげしく討論するのだろうと、胸をとどろかして遥けくもいってみると、どこからこんな打石斧が出たとか、籾がでたとかいう説明ばかりで、列席の誰が賛成か、反対かそれすらわからない。唖然としているうちに、時間切れで、どうということもなく終ってしまった。つまり、それぞれの研究者のレポートにあることを、わざわざ聞きに北上まで行ったわけである。
こんなシンポジュームは、前から九州論×畿内論、縄文農耕存在論×否定論と、論者をわけて対立の上、論ずべきで、むろん、否定論者が肯定にまわっても、その反対でもいいのである。たとえ仮定であっても、とにかく論戦が噛み合わなくては、何にもならないのである。シンポジュームというのは、自分の学説を守ったり、学績を大切にするものではなくて、学問の正しい方向を予察するための手段である。ケンカのない学界には、進歩が少ない。」(ケンカをしてみること:25-26.)

筆者が「進歩が少ない」と評してから半世紀が経過した「日本考古学」の現状は、どうであろうか。
「相変わらずだね」と天の上から苦笑いしているのではないだろうか。

「考古学という、三上次男さんの言葉をかりるならば、「この怪しい魅力を秘めた学問」にいくらかでも興味を覚えたアナタに私はいいたい。この人生はきっと楽しいと、むろん、どうにもならない時もくる。その時は、休めばいい。なにも前線にたたなくともいい。5年でも10年でも。それは簡単なことだ。灯が消えてしまわないように、ときどき忘れたころ油をさしていさえすれば良い。雑誌を眺めるでも、学会へ顔を出すでも。発掘を覗くでも、コンコンと頭をたたいて考える。ただそれだけでも、むろんいい。たいたいの学界の動向をつかむだけでいいのである。
考古学に興味をもったアナタよ、せっかくともした灯だ。消さないでおこう。
私はいまベッドで、考古学を学んだために楽しく幸福だった過去を思い、明るい将来を待っている。さようなら。」(一度つけた灯を消さないこと:29-30.)

ある人は、今の考古学とはまるで違うと言う。しかし私は、ある意味で、例えば前回記事で取り上げた溝口2022ともピタリと重なるのではないかとも思う。パッと見は、全然違えども。
「コンコンと頭をたたいて考える」という意味で。


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五十嵐彰

本論については長らく「詳細な原典情報不明」であったが、本論が再録された最近刊行された書籍2023『掘るだけなら掘らんでもいい話』新泉社の「初出一覧」:292.によって初めてその詳細が明らかになった。
すなわち1・2は1964『長野県考古学会 連絡紙』11~13、3・4は1965『信濃考古』14・15、5・6は1966同16・17=18、7・8は1967同19・20、9・10は1968同23・25ということで、5年にわたって書き継がれた文章を一つに纏めたものであった。
by 五十嵐彰 (2023-12-11 20:16) 

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