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加藤2022「杉並区向ノ原遺跡の近代遺構と遺物」 [論文時評]

加藤 秀之 2022「杉並区向ノ原遺跡の近代遺構と遺物 -久我山高射砲陣地と関連して-」『東京都埋蔵文化財センター 研究論集』第36号:31-46.

「久我山陣地は、戦争末期に高度1万m上空を飛行するB29を撃墜するために開発された「15糎高射砲」が唯一設置された高射砲陣地として、ミリタリー系雑誌などに取り上げられることも多いが、その構造は明らかにされていないのが現状である。
本稿では、向ノ原遺跡で検出された近代の遺構・遺物を再確認し、現状での久我山陣地の構造を把握することを目的とする。」(32.)

B-29による「帝都空襲」を防ぐために急遽開発された新型高射砲2基が唯一配備されたのが、久我山高射砲陣地であった。15糎高射砲とは、今でいうアメリカがウクライナに供与しているM777榴弾砲や防空ミサイル・スティンガーのようなものである。
言い伝えには聞いていたが子どものころ遊んでいた、そして小学校の運動会の会場にもなっていた馴染みの場所の地下に「こんなもの」が埋まっていたとは! 心底、驚いた。

2020年に刊行された当該考古誌の主体を占める旧石器資料の報告のあり方については昨年検討したが、本稿はそこでは触れえなかった(漏れ落ちた)向ノ原の「近代軍事関連遺構」について論究したものである。

原報告(東京都埋蔵文化財センター調査報告 第358集)では、巻頭の「調査概要」において「近現代」として述べられているが、本文では「Ⅵ章 古墳時代以降」の「3節 近世以降」という項目に含まれており「近現代」という用語は見出しには現れない。
8基の「地下坑」なるものが、「近現代遺構」あるいは「近代軍事関連遺構」として報告されている(東京都埋蔵文化財センター2020『向ノ原遺跡第3次調査』419・429-435.)。
出土遺物については「…図示してはいないが、上記の近代軍事関連遺構から、焼却処分された軍事関連文書の一部と思われるものが出土している。遺存状況が極めて悪く、記載内容等の詳細については不明である」(同:419.)とされていた。

本稿ではその実態が、金属製品、軸付き滑車、釘、パイプ、ボルト、接続金具、碍子、ガラス瓶、陶器製植木鉢、鉱物塊、焼却文書残滓(手帳残滓・銃器取扱い文書・戦闘時行動問題集・火砲取扱い文書)、電気器具部品、2ピン・プラグ、コルク栓、「クレオソート」薬瓶、防衛食容器蓋、統制磁器皿とカラー写真と共に丁寧な報告がなされている(36-38.)

またこれらの遺物を残したのは、「第12方面軍 高射砲第1師団 第112連隊 第1大隊 第4中隊」であることも明らかにされている(38.)。

15糎高射砲は、1943年末には第1陸軍技術研究所から大阪陸軍造兵廠に発注されて、1945年4月に試射実験、6月までに久我山陣地に配備された(39-40.)。久我山高射砲陣地で実際に使用されたのは、僅か2か月ほどということになる。

検出された8基の遺構は、「15糎高射砲」とは別に6門構築されたという「7センチ高射砲」あるいはそれに関連する観測機器類の痕跡と推測された(40-41.)。

「本稿では、向ノ原遺跡のB区で検出された近代の遺構・遺物を再確認し、戦史関連の資料、関係者の記述、証言記録、空中写真などの検討により陣地内に設置された7センチ高射砲に関連する施設であったと推定した。
戦後75年が過ぎ、戦争中を生き様々な経験をしてきた証言者は減少の一途を辿っており、近い将来にはゼロになっていくことは自明である。こうした危機感から文字や映像、あるいは伝承者育成など様々な手法で戦争の記録を残し継承していくことが全国各地で進められてきている。こうした継承とは別の手法として、大地に残された痕跡、すなわち発掘調査によって検出される遺構・遺物を記録することは、近代史研究において重要性を持ってくることだろう。」(42.)

本報告では付け足しのような感が否めなかった「近現代」が、実はこれほど豊かな語りに満ちていることを如実に示した論稿である。
調査担当者の予期しない「現れ」が、近現代の特徴である。
調査計画の積算から実際の発掘調査・調査報告のあり方に至るまで、埋蔵文化財の調査・報告はどうあるべきか、現場に立つ者の「心構え」として大変示唆に富む。

「脱稿後、向ノ原遺跡の遺跡名、調査次、地点などについては再検討が必要なことを知った。本稿の「第3次調査」は、報告書名(東京都埋蔵文化財センター2020)をそのまま使用したことを付記しておく。」(45.)

向ノ原については、<遺跡>問題に関連して周到な検証が必要である。

重住・中津 編1985『向ノ原遺跡』(杉並区No.76)⇒ 第1次調査
重住・林・中津 編1990『向ノ原遺跡 B地点』(杉並区No.119)⇒ 第2次調査?
江坂・重住・林・栗田 編1998『前山遺跡』(杉並区No.76)⇒ 第2次調査??
堀 編2020『向ノ原遺跡 第3次調査』(杉並区No.76・No.107)⇒ 第?次調査

時間的な識別名称(第〇次)と空間的な識別名称(〇地点)の錯綜からもたらされた混乱である。


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