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デパント2020「何が問題なのかわからない白人の友人たちへ」 [総論]

ヴィルジニー・デパント(谷口 亜沙子 訳)2020「何が問題なのかわからない白人の友人たちへ」『世界』第935号:52-55.

筆者は、フランスの女性作家である。

「私たちフランス人は人種差別主義者ではないが、私はこれまでに黒人の男の大臣を見た覚えがない。私は50歳で、いくつもの内閣を見てきたのだが。
 私たちフランス人は人種差別主義者ではないが、刑務所に入れられている人の多くは、黒人とアラブ人である。
 私たちフランス人は人種差別主義者ではないが、私が本を出すようになってから25年間、黒人のジャーナリストに質問をされたのは、ただの一度だけだった。アルジェリア出身の女性に写真を撮られたこともただの一度しかない。
 私たちフランス人は人種差別主義者ではないが、私が一番最近カフェのテラス席につくことを断られたのは、アラブ人と一緒のときだった。一番最近身分証の提示を求められたのは、アラブ人と一緒にいるときだった。一番最近私が待ち合わせをしていた人が電車に乗り遅れそうになったのは、駅で職務質問を受けたためだったが、その人は黒人だった。
 フランス人は人種差別主義者ではないが、外出禁止令が出ていた間、外出する権利を証明する紙切れを持っていないという理由でテイザー銃(スタンガン:引用者)で撃たれていた一家の母たちは、郊外の貧困地に住む白人ではない女たちだった。その間、私たち白人の女は、ジョギングをしたり、7区の市場で買い物をしたりしていた。
 フランス人は人種差別主義者ではないが、コロナウイルスによる死亡率がセーヌ=サン=ドニ県は全国平均の60倍であると報じられたとき、人々はその話を適当に流したばかりでなく、「ちゃんと家にこもっていないからだ」とすら言いあった。セーヌ=サン=ドニ県はフランスの全国土のうち、住民あたりの医師の数が最も少ない県なのだが。」(52-3.)

「私にはもう、ツイッターの書き手たちが、待ち構えていたかのように言い立ててくるのが聞こえてくる。政府のプロパガンダに沿わないことを言う人がいるたびに、決まってそうするように、大げさに気を悪くしてみせながら「おー、こわ。どうして、こう暴力的な言い方をするのかね」と。」(53.)

「私たちフランス人は人種差別主義者ではない」という文言は、フランス政府の公式見解である。

「差別の認識は、特権の自覚と離れてはありえない。本来特権ではありえないようなことが一定集団の特権となり、その状態が維持されてゆくとき、制度は暴力となって人々を傷つけ、窒息させる。どれほど反人種差別の理念を唱えようと、現実が変わる必要があるのだ。」(谷口 亜沙子「解説」:55.)

白人である筆者は、身分証を持たずに外出できる。忘れ物をして家に戻るのは、クレジット・カードを忘れた時ぐらいである。
これらはすべて「日本人の友人たちへ」と言い換えることができるだろう。
私たち日本人は差別主義者ではないが、日本人である私は在留許可証を持たずに外出できる。しかし在日の友人たちは、常時携帯を意識せざるを得ない。町を歩いていても、警官がどこにいるかについて意識せざるを得ない。免許証を忘れて車を運転している時と同じように。
私たち日本人は差別主義者ではないが、未成年の子どもがいる日本人の家族は、当然の権利として幼稚園や高等学校の無償化の恩恵に与ることができる。しかし在日の友人たちは、自らの生活費を削って教育費を捻出しなければならない。7月から始まった「学生支援緊急給付金」も、朝鮮大学校は対象外である。
私たち日本人は差別主義者ではないが、就職や転職するときに日本国籍を有しているかいないかといった「欠格条項」の存在をまったく気にすることがない。

「特権とは、そのことを考えるか、考えないかの選択肢を持っていることだからだ。私は、自分が女であるということを忘れることができない。けれども私は、自分が白人であるということを忘れることができる。それが白人であるということだ。そのことを考えてみることもできるし、考えずにいることもできる。気分次第だ。
フランス人は人種差別主義者ではないが、私はそのような選択肢を持った黒人やアラブ人をひとりとして知らない。」(54.)

植民地主義という暴力を背景とした自国民中心主義すなわち「国民主義」である。

「白人以外の人々にも同様の正義を。そして白人である私たちは同じスローガンを叫んでいるが、2020年になっても、まだそんなスローガンを叫ばなければならないことを、もしも恥ずかしいと感じられないのだとしたら、それこそが限りなく恥ずかしいことだ。恥ずかしいと感じること、それが最低限だ。」(53-4.)

2020年アメリカ・ニューヨークのアメリカ自然史博物館のセオドア・ルーズベルトの騎馬像が撤去されることになった。馬に乗った大統領の両脇に立つアフリカ系と先住民の形象が、人種差別的と批判されていた。

1972年北海道・旭川の風雪の群像と題する銅像が爆破された。4人の日本人の若者が立ち、その傍らにアイヌの老人が腰かけるモチーフが差別的と抗議を受けた結果であった。その後、修復されて現存する。

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総務クッキー

https://inumimi.papy.co.jp/inmm/sc/kiji/1-1044847-84/
本郷新作品の爆破ありき、では? 
by 総務クッキー (2020-08-21 21:46) 

五十嵐彰

公的空間において、何をどのように表象するのか。その修正のされ方をも含めて。
by 五十嵐彰 (2020-08-21 22:18) 

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What should we do with the empty plinth in the middle of Bristol? (banksy)
by 五十嵐彰 (2020-08-21 22:25) 

総務クッキー

爆破はつづくよどこまでも
https://mainichi.jp/articles/20200805/k00/00m/030/032000c
by 総務クッキー (2020-08-24 18:25) 

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