SSブログ

稲田2014『日本とフランスの遺跡保護』 [全方位書評]

稲田 孝司 2014 『日本とフランスの遺跡保護 -考古学と法・行政・市民運動-』岩波書店

「…文化財行政にたずさわる考古学研究者のなかには、いかにも法律用語・行政用語といった感じの埋蔵文化財なる言葉のせいで、事前発掘調査を学問的に進めるのが困難になっていると感じている人が少なくないようだ。
考古学用語であっても、世間で広く使われている言葉ならそのまま法律・行政用語に用いればよいではないか、という主張にはもっともな点がある。個々の法律用語にどの言葉がよいかはさておき、ただ、文化財保護法の立法時においては、むしろ意図的に法律用語と考古学用語を区別することにより、行政と学問のあいだに一線を画そうとしたところに苦心があったのだとわたしには思える。
埋蔵文化財か考古学用語かという問題は、たんに法作成の技術上の観点あるいは行政にかかわる研究者の学術的な願望からだけでなく、考古学という学問と社会・国家との関係のあり方を見据えたうえで議論していく必要がありそうだ。」(297.)

ということで、日本の「埋蔵文化財行政(モノの保護)」とフランスの「考古行政(考古学の保護・統制)」が対比されながら検討されていく。
しかしこれもかねてより主張しているように、ほんらい区切れない<遺跡>を区切らざるを得ない行政(埋文)と区切れないほんらいの在り方を追求する学問(考古学)は相容れないというより別次元の営みである点において、日本でもフランスでも違いはないのではないか。

「まずは、考古学的「遺跡」(学問としての「遺跡」概念)と埋文行政的「遺跡」(行政システムとしての「遺跡」概念)を区別していく必要性があろう。すなわち前者については考古学の研究対象としての「遺跡」という用語を、そして後者については埋蔵文化財行政の保護対象としての「埋蔵文化財包蔵地」という用語を当て、両者を明確に使い分けていくことである。」(五十嵐2004「近現代考古学認識論」『時空をこえた対話』:341.)

原因者負担制度」と呼びならわされている発掘経費の負担についても、踏み込んだ記述がなされている。

「事前発掘調査で得られる成果は100%公益なのだから、本来文化財行政側の公費100%で発掘調査をしてもよいのである。しかし、国と地方公共団体における強大な開発予算と貧弱な文化予算のなかで、それは現実には不可能だ。文化予算の少なさはどこの国も共通で、文化財保護側の国費・公費による事前発掘調査だけにこだわった諸国では、事実上、調査なしで遺跡を破壊されるにまかせる結果を招いた。文化財行政側が100%の公費負担をおこなうことは、遺跡地での開発事業に歯止めがかからなくなり、行政としては保護のための有効な抑制手段を失うことになる。」(116-117.)

そして全額公費負担のA型、直接経費のみで調査員の給与は除く市町村直営のB型、直接経費と人件費も負担する埋文センターのC型、直接経費・人件費に加えて利潤も負担する民間発掘会社のD型に区分する記述となる(122-123.)。
しかしいずれにせよ発掘に要する経費の多くを原因者(事業者)に負わせる「原因者負担制度」は、改善の余地があることは間違いないだろう。それが「保護のための有効な手段を失う」といったことで正当化されるのは、如何なものであろうか。原因者(事業者)が発掘経費の多くを負うことによって、本当に「開発事業に歯止めがかか」っているのだろうか。
まるで核兵器を保有することで、核戦争が抑止されているとする「核抑止論」のようである。

現状分析としてのA型~D型はともかく、少なくとも「おんぶにだっこ」あるいは近藤義郎氏いわく「据え膳」状態は何とかしなくてはならないだろう。せめて負担割合を1:1(フィフティ・フィフティ)にするだけでも、現場の状況はすこぶる改善するだろう。公共事業の際に費やされる元々の原資は、国交省経費であろうと文化庁経費であろうと同じ私たちの税金なのだから。
そのことによって「破壊されるにまかせる」といった状況にはならないのではないか。

もっと多くの議論が必要である。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:学問

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。