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原因者負担制度 [総論]

「近年、開発事業者が発掘会社を伴って発掘届を提出するケースも増えているようである。この場合、両者の間に何らかの了解事項が存在していることは容易に推測することができる。癒着の中での不正の温床がここに存在する。」(埋蔵文化財保護対策委員会2008「埋蔵文化財保護をめぐる諸問題」『日本考古学』第26号:117.)

民間調査機関に対する地方公共団体の役割を述べる文脈での文章である。しかしそもそも発掘調査にかかる経費は原因者(開発事業者)が負担するという論理を構築した際には、開発事業者が自ら発掘を行なうべきところを、というものではなかっただろうか。

「開発に伴う事前発掘調査は、開発事業者が遺跡のある土地を諸々の目的のため利用するにあたり、地形・地貌の変更等を行うことによって破壊、滅失することとなる埋蔵文化財に対して、本来は自ら行うべきものであるが、それが専門的知識・技術等の関係からできないので自ら以外の者に委託して行われるのである。この観点から、当然その経費は事業者が負担するものとされている。原因者負担の原則である。」(東京都教育委員会1977『東京都埋蔵文化財白書』:66.)

「発掘調査に地方公共団体が関わることは不可避である」としつつ、発掘調査経費の原因者(事業者)全額負担システムを維持し続けるのは、矛盾がありやしないだろうか。

「埋蔵文化財の発掘調査費用の開発事業者負担がすべて不当だということではない。常識的にみても、これを包蔵する土地を開発しようとする事業者が、ある範囲でその保存と散逸防止のために調査等を行う責任がある。だからといって、どこまでも無限定に開発事業者に負担を求めてよいというわけではない。そこが、「原因者負担主義」の大きな問題点である。」(若槻勝則2003「埋蔵文化財の保護と発掘調査費用原因者負担主義」『現代社会文化研究』第26号:32.)

負担の在り方については、保険制度の導入が四半世紀も以前から主張されているにも関わらず、一向に日の目を見ない。
「(前略)こういう費用負担に関して、費用がどれくらいかかるかわからないものに関しての費用負担は、だいたい保険制度で処理をするのが、常道的な方法であるだろうと思います。保険に加入した者だけが、例えば、包蔵地について工事する資格を持つとか、そういうふうな方法です。事業者は既に費用を負担しているわけですから、保険制度になったからといって、費用負担が増えるわけではないので、むしろ保険制度にして、たまたまぶつかった時には、保険の方で全額を見てもらえるということになれば、もう少し安心して、届出もしてくるようになるだろうし、さっき申しあげました正直者がバカをみるという点も、多少は改まるんじゃないだろうかという気がしているわけです。」(華山 謙1982「シンポジウム 埋蔵文化財と法」『環境アセスメント・埋蔵文化財と法』日本土地学会、有斐閣:165.)

もちろんこちら(埋蔵文化財側)における費用負担の在り方についても、早急に改善すべきである。少なくとも組織を維持する上で最低限の費用(職員人件費ほか経常費用)は、埋文側で負担すべきであろう。
需用が供給に追いつかないという状況下で構築されたシステムは、構築時には想定できなかったとしても需用が供給を下回る状況に対して対応できるようなものに改変していかなければならない(「火事場泥棒」【070725】、「現状保存」【070730】、「協同フィールド学」【081009】、「山中2002」【081002】など参照)。

ある人は、それを「据え膳」といった。
「(前略)発掘はそれが県や市町村であれ他の団体、個人であれ、スポンサー付きでおこなわれることが非常に多い。つまりお座敷がかかってくるわけである。したがって自分のテーマに直接関係のないものでも据え膳として喰わされることになる。もっともはじめから「そこに資金があるから発掘する」式の人たちにとっては、据え膳という意識さえも起こらないかもしれない。誤解しないでいただきたいのは、ここで据え膳がよい悪いをいっているのではない。(中略)問題は据え膳の喰い方である。」(近藤義郎1962「失敗と成功」『考古学研究』第8巻 第4号)

私は、それを「安保」という言葉と対比させて以下のような文章を書いた。
「日本考古学における「原因者負担制度」というのは、日本国における「日米安全保障条約」と同じではないかと思わされた。自らの主体性を放棄して、当面の利益のみを追い求め、歪みは末端の弱者に押し付けて知らぬ顔をする。どうにかしなければならないのは、皆がうすうす感じているにも関わらず。」


タグ:埋文
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鬼の城

私は「開発側が調査をする」の言う法があり、「開発側に調査能力がない」ことで、直営であれ、再三セクターもどきであれ、民間であれそれは代行行為として理解しています。

原因者負担が「制度(法的執行力)」ではなく、請願であると思います。以前稲田さんとこの問題を話したとき、他の国でも「制度」を法的に縛り、それと「国家資格」がリンクしている。まあフランスぐらいだ。と聞いたことがあります。

それではなぜうまくいかないのか、と言えば土地の私有財産権を保障した憲法にその根拠があると言う意見がある。私有財産による土地権とは地下のどこまでをさすのか明示されていません。2次元かもしれないし、30センチかもしれない。それに「国民共有財産」を当て込むには土台無理がある。

それでは社会主義で、私有財産を否定すればどうなるか。レーニンもマルクスも土地の私的所有を全て国家が管理する、とは言っていない。
by 鬼の城 (2008-12-04 19:04) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

単に私が世間知らずだけなのかも知れませんが、例えば「現代の日本考古学の諸問題」といった文章に、なぜ原因者負担制度が取り上げられないのでしょうか。もちろん、<遺跡>問題や文化財返還問題も。私からすれば、こうした諸問題が諸問題とみなされていないということ自体が、「現代の日本考古学の諸問題」としか思えないのですが。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2008-12-04 23:00) 

鬼の城

「日本考古学の諸問題」において原因者負担「制度」は一つの問題にしかすぎません。しかし、90%以上の調査が埋文調査であり、このシステムの問題と考古学が埋文に依存している、皮相性の表れと思います。最新の「考古学研究」に埋文担当者は研究者、と言う意見がありましたが(研究者とは意識の問題で)、例えば日本考古学協会会員が研究者の団体である、としながらそれを実際に全ての人に適用できると、言い切れないことも含んでいると考えます。また考古学=埋文ではないのに、埋文調査を考古学的に行うことで同一地平に置く考えは、「諸問題」においては無理があると思います。むしろ「埋蔵文化財の諸問題」とすべきでしょう。

例えば手取り13万円で行政の窓口に座る非常勤職員の問題は、埋蔵文化財行政における労働条件の問題だと思います。また97条も埋蔵文化財行政の問題だと思います。ただしあえて線引きは出来ない、グレーゾーンもあり、考古学側も問題とする課題は否定できません。

私は遺跡問題=遺跡認識問題(周知の遺跡とする線引きの根拠・意味も含め)は時間を通して見れば、文化財略奪行為に対する無関心を装うことにも関連します(1973年の考古学協会は全国考闘委との場でそれを認めたが、活字化しない)。つまり事実は知りつつ、現状を容認していることは考古学自体が「純粋学問的存在」ではなく、政治性を有した存在であると言うことです。ですから「無関心」と言うことは知らないと言うことではなく、知っている上での政治的態度であると思います。

by 鬼の城 (2008-12-05 09:00) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

そもそもは、「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」を目的として掲げる法律を楯にとってなされてきた行為の殆ど全てが「建設費目」によって賄われている、ということに言い知れぬわだかまりを感じるのです。
そうしたわだかまりを解消するためにも、「原因者負担制度」と言われているシステム(正確には「原因者全額負担制度」、さらに正確には「原因者ほぼ全額負担制度」)を、少しでも「原因者一部負担制度」と言いうるものに変えていくことができるように衆知を集めなければと思うのです。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2008-12-05 22:25) 

鬼の城

原因者「制度」(埋文行政の場合法的な制度とはいえないので「」をつけます。府中裁判事例も、東京地方裁判所は「文化庁長官による指示(現93条2項)」によるもとしました。その指示とは強制力はないものですが、受益者負担と言う公害などで適用される解釈を拡大し、埋文に適用したものと理解できます。

民間開発であれば、デベロッパーが当面の受益者です。公共事業であれば国民が受益者です。五十嵐さんが「建設費目に賄われることにわだかまりを感じる」のは、建設=開発=受益者と言うことなのか、それともこう言う構造を作る要因に問題があるのか、分かりませんが、受益者の原則論を埋文の原因者にあてはめきれないものと私は感じます。

もしも国民の財産であれば、調査費用を国が補償すべきだと思います。また、開発の許認可権も地方自治体で統一性がないなら、国が(文化庁と国交省で)開発の認可権を明確に指定することでしょう。

あるいは五十嵐さんが開発のヒモ化(建設費目)ではなく、文化財の調査財源を文化行政に要求するのは、地方自治では温度差があります。その前に医療の無料化とか、教育の無料化とかがあるし、今の財政現状では無理と思います。

20年ぐらい前に、三井不動産の江戸会長が「保険システム」を不動産協会で議論されたときは「交通事故」にあてて検討されました。このブログでも「保険」が言われていますが、しかしそれがダメになったのが、他国に事例がない、そもそも国が行うべきで(不動産協会が受益者ではない)、あるいは個別消費者に負担させる(購買者が最終受益者)などの意見が出てしまったのです。


by 鬼の城 (2008-12-05 23:55) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

発掘調査という行為をどのように考えるかということではないでしょうか。そしてそこには、行政(パブリック・サーヴィス)というのをどのように考えるかということが関係してきます。私は、発掘調査は、医療や教育あるいは住宅の供給と同様に、公的な役割が大きい分野であるべきと考えます。もちろん、医療や教育や住宅の供給と同様に、民間の果たす役割を排除するものではありません。それぞれにそれぞれの役割があることでしょう。しかしそのためには、公的な役割を担う機関の自立的な財政基盤を整えることが必要です。仮に短期的に発掘調査がなくても組織が維持しうるだけの経済的保証が最低限の獲得目標とされるべきと考えます。もちろん、これは私の個人的な立場からの意見です。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2008-12-06 09:41) 

鬼の城

行政の2面性(住民=コミニュティーを主体にしたパブリック・サービスと、立法の執行機関、いい言い換えれば「末端権力」)であると思います。行政における「公」とは国民と言いつつ、国家であるのです。それは、三権分立と言う建前が、実は法的秩序と言う大枠の中での約束事でなされる二重性、と言うことを踏まえると行政は、法の執行機関であるということの面がたつのでしょうか。

現在行革がより進行させるのは、住民サービスとは裏腹の財政難に名を借りた合理化であり、中央権力の強化であると思います。例えば「日の君」は国会では「強制しない」と言いつつ、地方行政はその先端に立ちむちゃくちゃな強制を強いています。こういう現実が行政の本質でしょう。その背景には「自立した財政基盤がない」のは言うまでもありません。

その結果本来行うべきことから縮小しているのです。医療・教育・福祉・教育の現場はすさまじく荒れています。杉並区では中学校の校長を民間から採用しています。戸塚ヨット事件の戸塚見たいなものを校長に採用しているのです。

「自立した財政基盤」は一度この国を解体し、再生させることが必要だと思います。でも、解体も現実的ではありません。そこで私のブログで言っていますが、防衛省の解体か国家災害対策庁等にして膨大な予算を確保する。これも「北の脅威」を煽る現状を見ると、現実的ではないかもしれませんね。また宇宙航空産業もいりません。しかし、これも現在のITなどは、宇宙航空産業からの恩恵であり難しいですね。

どうしようもないのが現状です。五十嵐さんの思いとは逆に、財政難を根拠に発掘調査を自前で出来ないし(原因者に頼る)、調査組織の維持も出来なくなるでしょう。10月に私のある行政の友人が失踪しました。私に手紙がきて「行政の限界と失落に対し責任が取れない」ことが原因の一つです。
by 鬼の城 (2008-12-06 14:08) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

現在の「日本考古学」が直面している難局を打開する道筋は、どのようなものなのでしょうか。
ある人は、このように言いました。
「現在行なわれている発掘調査は各種の開発工事に伴う、いわゆる緊急調査がほとんどで、90%を越えている。そこで、学術研究目的の発掘調査を増大させるためにも、科学研究費の獲得に努めねばならない。」(西谷 正2008「現代の日本考古学の諸問題」『日本考古学』第26号:103.)
私は、こうした提案がこうした脈絡で堂々となされるということ自体が到底信じられません。ひとりひとりが、しっかりとした批判の声を挙げていく事が必要だと思います。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2008-12-06 19:28) 

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