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五十嵐2023c「戦利品から略奪財産へ」 [拙文自評]

五十嵐2023c「戦利品から略奪財産へ -文化財返還という問題-」『歴史評論』第879号:60-71.

「「人の<もの>を奪ってはいけない」そして「奪った<もの>は返さなければならない」。これは、誰もが納得できる当たり前の道理である。しかし、こうした道理が通らない場合がある。それは、「人の<もの>を奪ってもよい」場合があるからである。それが「戦利品」である。道理を通すためには、道理が通らない場合とはどのようなことなのかを理解しなければならない。」(62.)

文化財返還とは結局はどれだけ「道理」を通すことができるかという問題、あるいはどこまでも「道理」を通すことに尽きる。
「戦利品」という考え方については、かつて簡単に述べたことがあったが、道理が通らない「戦利品」概念について一度はしっかりとまとめなくてはと考えていたところ、機会を与えて頂いた。

「<もの>の価値については、経済的な価値すなわち商品としての「使用価値」と「交換価値」が述べられるが、特別な<もの>、すなわち外国由来の文化財については別種の価値評価が必要ではないか。博物館に展示されている文化財についても、単にきらびやかな外見だけに注目して賞賛するのではなく、その<もの>が現在ある<場>にもたらされた由来の正当性を考慮したエシカルな評価が求められている。」(68.)

力を背景にして本来あった<場>から持ち出されて今ある<場>に持ち込まれて、今に至るまで囚われたままの<もの>たちは、必ずや解放されなければならない!
収奪文化財の返還は、囚われた<もの>たちの解放運動である。

2015年に岩波現代全書065『歴史問題ハンドブック』(東郷 和彦・波多野 澄雄 編)という書籍が刊行されている。編者2名を含めて計28名の研究者によって、日本の歴史問題、戦争・植民地支配と責任、加害・被害と補償に関わる様々な主題が記されている。
以下は、採り上げられた項目である。

東京裁判、日本政府の歴史認識問題、日韓・日中歴史共同研究、植民地支配、韓国併合無効論、靖国神社公式参拝、靖国懇、千鳥ヶ淵戦没者墓苑、従軍慰安婦、アジア女性基金、南京虐殺事件、教育・歴史教科書問題、近隣条項、平和友好交流計画とアジア歴史資料センター、終戦五〇年国会決議、領土問題と歴史問題、戦争賠償、台湾確定債務問題、インドネシア兵補補償、平和条約体制と戦後補償、戦後補償裁判、在日コリアン問題、原爆と終戦、日米終戦、昭和天皇の戦争責任、米国の占領政策、強制連行・強制労働、花岡和解、細菌・化学兵器の被害・大量遺棄・処理、重慶爆撃、華僑粛清、ロームシャ動員、英軍俘虜・抑留者、BC級戦犯裁判、サハリン残留韓国・朝鮮人問題、在外被爆者問題、被爆者援護法、ハバロフスク裁判、朝鮮人・台湾人元日本兵の補償、日朝歴史問題、在外財産補償問題、復員・引揚げ、戦災被害補償問題と受忍論、戦没者追悼・慰霊、シベリア抑留補償

およそ思いつく関連項目が網羅されている。
しかし「文化財返還という問題」については、かすりもしていない。
なぜなのか?
2015年という時点では、「文化財返還問題」は一般的な「歴史問題」とは見做されていなかったことが確認できる。

「植民地支配や戦争犯罪という歴史的な不正義については、もはや取り返しがつかない。「従軍慰安婦」や強制連行あるいは七三一部隊など過去になされた不当な行為に対しては、加害者が被害者に対して謝罪と補償を行ない、繰り返さない決意を表明するしかない。しかし不当に持ち去った<もの>については、その<もの>をあるべき<場>に戻すことによって、<もの>に加えられた目に見えない傷をいやして<もの>本来の価値を取り戻すことができる。不当に持ち去られた収奪文化財については、具体的な形で「取り返しがつく」のである。」(68.)

一方で2007年12月に「…例えば近年、世界的に問題となっている略奪文化財の返還問題などにも積極的に関わっていく必要があるのではないでしょうか」(宮瀧 交二2007「現代と向きあう博物館」『歴史評論』第692号:13.)という提言がなされていた。
16年の年月を経て、ようやく実現した。

問われているのは、「汚れた手を洗って研究しよう」(さねとう1960)、「素通りすることは許されない」(旗田1965)という先達の言葉を胸に、これから、私たち、そしてあなたたちは、どうするか、である。


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