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写真展 日中国交正常化50周年と日本の中国侵略を考える [研究集会]

写真展 日中国交正常化50周年と日本の中国侵略を考える
 -南京大虐殺・731部隊細菌戦・毒ガス戦・重慶大爆撃・文化財略奪-

日時:2022年 12月 12日(月)~12月 18日(日)午前10時~午後8時
場所:九段生涯学習館 2階 九段ギャラリー(東京都 千代田区 九段南1-5-10)
主催:NPO法人 都市無差別爆撃の原型・重慶大爆撃を語り継ぐ会、NPO法人 731部隊・細菌戦資料センター、中国文化財返還運動を進める会

*ミニ講演
日時:2022年 12月 18日(日)13:30~15:00
五十嵐 彰「文化財返還運動の思想的核心と提起された諸問題」

南京や731部隊は、市民運動の先輩であり、写真パネルにも風格が漂う。立派なアルミフレームの写真パネルがずらりと並び、A3やA2の光沢紙にプリントしたものをピンで留めただけのこちら(文化財返還)とは見た目が画然と違う。
そんな折も折、長野県飯田市の平和祈念館での731部隊展における元隊員の証言記録の展示が「見送られた」との報道があった。名古屋での不自由展と同じような経過をたどりつつある。

「取りやめた理由について、市教委生涯学習・スポーツ課は取材に「部隊の事実関係を巡ってはさまざまな議論がある。証言などを伝えたいという思いは理解しているが、公の施設としての展示は難しい」としている。」(『信濃毎日新聞』2022年8月17日)

「市教委の担当者は、展示見送りについて「(計画した展示内容が)国の見解と異なる。資料の裏付けがなく、公の施設での展示は難しい」と述べた。」(『中日新聞』2022年8月18日)

「国の見解」と異なれば「公の施設」で展示できないのか?
そもそも「国の見解」とは何なのか?
内閣総理大臣がコメントすれば、それは「国の見解」なのか?

「いくらかつての帝国主義軍隊とはいえ、兵員だけでなく民間人も殺し、掠奪し、ほしいままに強姦(くわえて放火もあったが)をよくする人間集団とみなされ、「日本鬼子(リーベン・グイズ)」(日本の鬼)とまで通称されたとは、そして、いまでもそのような記憶の影絵がうごめいているとは、なんと不幸なことであろうか。しかしながら、われわれはこれほど善良で平和をたっとぶ人間なのだといま自己主張し、自己申告しても、<あなたがたの過去は、殺・掠・姦だらけだった>とはねかえされてしまえば、自己主張も自己申告もそのまますんなりとおりはしない。げんざいの身ぶりと過去からひきずる影、さらには、それら身ぶりと影の合体は、よほど注意しなければ、じぶんではなかなか気がつかず、かえって他者からはみえたりするものだ。自己像とは、自己認識と自己申告が主観的にきめるものではなく、他者によって自己がどうみられるかによってより確定的に輪郭づけられるのである。どうみられるか、どうみられたかは、いたしかたのないことでもある。が、なにがなし間尺にあわない気もしないではない。殺・掠・姦は、わたしが犯したことではないのだ。わたしが犯してはいないことを、それゆえ、かつてはあまり気にもせず、いまは気になってしかたがない。」(辺見 庸2015『1★9★3★7』金曜日:86-87.)

赤玉マークを身につけたフットボーラーたちの振る舞い、例えば代表チームがロッカールームを立ち去る時に見事な清掃がなされて、机の上には折り鶴と感謝の言葉が残されていたことが伝えられている。
85年前は同じ赤玉マークを掲げた集団が、「殺(シャー)・掠(リュエ)・姦(チェン)」を体現していた。
「記憶の影絵」が執拗に付きまとう。なんと不幸なことであろうか。

ミニ講演の終わりに、同時開催されていた南京大虐殺・731部隊 細菌戦・毒ガス戦・重慶大爆撃と文化財返還との異質性と同質性について考えたことを少し述べた。

一方はその行為による結果(殺害現場、大量埋葬地、軍施設跡地など)は現地(戦地)に残されている。関連する痕跡として本国日本に残されている場合もあるが(例えば軍医学校跡地や毒ガス製造工場など)、直接的ではなく間接的であることは否めないであろう。
それに対して収奪文化財(瑕疵文化財)は、現地(戦地)から本国日本にもたらされている。「もたらされる」、現地から引き離されるという問題性。
行為による結果(被害)が直接的で現地性を強く帯びる前者に対して、後者はその結果(被害)が現地から離隔的でかつ継続的である。収奪された<もの>を元の場所に戻さない限り、目に見えない瑕疵は残り続けるし、その結果(被害)も維持される。
問題性は、時の経過と共に風化するどころか、現状を維持することによってかえって増加していくという点が厄介である。「記憶の影絵」は、「影絵」としてではなく、まさにリアルな<もの>として私たちの周りにあるのだから。

南京や731など重大な戦時犯罪は、多かれ少なかれ「殺・掠・姦」という要素を複合的に有するものだが、その中でも文化財返還運動はその2文字目に特化した特異な市民運動と言えるだろう。

こうした加害と被害の関係性あるいは「害」を加えた側と加えられた側の<もの>や<場>に対する立ち位置の違いを踏まえた上で、害を加えた私たちは、何をすべきであろうか。

最近「世代間倫理」といったことが述べられる。現在に生きる私たちは、未来の世代、私たちの子どもや孫たちに対してより良い世界を引き渡す責任があるということである。
最大の課題は、環境問題である。地球温暖化、温室効果ガス排出削減、カーボンニュートラル(脱炭素)、PM2.5、土壌汚染、マイクロ・プラスチック、核燃料廃棄物、高濃度汚染貯蔵施設などなど。
文化財返還問題もこうした諸問題と同一の視座で捉えなければならないだろう。

「提起された諸問題」として、以下の事柄について述べた。
1.「類(たぐい)まれ」であれば、盗品であろうと国宝に指定してしまうような現行基準に新たな倫理的視点を加味しなくてはならない。
2.国有財産は、主権者たる国民の誰もが自由に見られるようにすべきである。セキュリティが維持できないので公開できないなどという言い訳(宮内庁)は通用しない。
3.瑕疵文化財の所蔵者に対しては、どのような経緯を経てもたらされたのかについて、誰もが確認できるような告知義務を課すべきである。
4.瑕疵文化財を所蔵する組織が、告知義務を十分に果たさなければ、エシカル・マイナス・ポイントを付与して、社会的な圧力をかけなければならない。

ケンブリッジ大学考古学・人類学博物館は、2022年1月になされたナイジェリアの返還要請を受けてイギリス政府の「慈善委員会」に返還を要請、慈善委員会はベニン・ブロンズについて「返還の道徳的な義務がある」と指摘、法的な所有権はナイジェリア国立美術館・遺跡評議会(NCMM)に移管することを承認した(『赤旗』2022年12月20日)。
ケンブリッジ大学考古学・人類学博物館ニコラス・トマス館長
「違法に入手した文化財は、元の国に返すべきだとの認識が世界の博物館で広まっている。」


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