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東村2020「アイヌ民族をめぐる「多文化共生」とバイオ植民地主義」 [論文時評]

東村 岳史 2020「アイヌ民族をめぐる「多文化共生」とバイオ植民地主義 -組織的人体試料研究の「起源」と「学問の暴力」-」『多文化共生研究年報』第17号:27-36.

極めて重要な事柄が述べられている。

「本稿は近年のアイヌ政策に関する諸問題を包括的に扱うのではなく、その一部である学術的な問題について焦点を絞りたい。それはアイヌ民族の身体を試料として用いる研究の展開である。
アイヌ民族の人体試料に関わる重大な問題として、近年最も関心を集めているのが、研究用に蒐集され大学や博物館等に保管されている人骨である(植木2017;北大開示文書研究会編2016)。「アイヌ政策推進法」は、これらの遺骨のうち引き取り手がいないとされるものを北海道白老町に建設されている文化拠点施設「民族共生象徴空間」(通称「ウポポイ」)に集約し(2019年12月に約8割が移送済み、『北海道新聞』2019.12.20「アイヌ民族遺骨、9大学1287体移送、不特定分もウポポイ慰霊施設に集約」)、研究利用に供することを目しているため、アイヌや心ある和人(日本人)支援者、研究者等から多くの批判を浴びている。何人かのアイヌは返還訴訟を起こして元の場所への帰還を達成するためにたたかっているが、帰還が実現したのはごく一部にすぎず、問題解決には程遠い。
これ自体が重大な人権侵害であり、「学問の暴力」(植木2017)であるが、本稿が検討したいのは、遺骨と比べてもほとんど関心が集まらず、したがって議論もされていない、遺骨以外の人体試料である。研究者の人体試料として利用されてきたものは全身ほぼすべての部分になるため、遺骨は実はそのごく一部にすぎないともいえる。その意味で、遺骨を含めた人体試料全体を扱うことは、アイヌ民族に対する人権侵害問題の射程をさらに広げることにもなるだろう。」(27.)

人権を侵害しなければ成立しない学問って、いったい何なんだろう?

「問題は、人間集団の異質性や多様性をどのように検証し、担保するか、その発想と研究手法である。端的にいえば、DNAによる起源研究を重視する研究者は、DNAを鑑定することによってアイヌ民族の起源や異質性を証明し、「アイヌ民族の貴重さ」をもって「共生の原理の発信」に資すると考えているらしい(崎谷2008)。これが本心なのか、それとも研究利用のための方便なのかは私には不明であるが、どちらにせよ、そのような「論理」によって彼ら・彼女らは研究の意義を正当化している。
その代表格が、政府のアイヌ政策推進会議にも委員として参画し、遺骨の研究利用継続を主張している篠田謙一である。『DNAで語る日本人起源論』(篠田2015)という本の表題が示すとおり、篠田の議論は日本人の起源をDNAによって遡及しようとするもので、有史以前の日本列島に移動してきた人間集団の多様性をDNAを用いて論じ、それが有史後も引き継がれているという。有史以前に「アイヌ」や「日本人」というアイデンティティは存在しないのだから、このような論理は前提自体が成り立たない。(中略)
…DNA鑑定によってアイヌ民族の起源を特定することがアイヌの存在証明になるのだという主張は、DNAによってアイヌ民族とは何かを決定するという発想に基づいている点で、研究者による支配(本稿の用語ではバイオ植民地主義)が継続している証左とみなせるだろう。」(28.)

以下は、2022年12月13日の全国紙 朝刊の2面下に掲載されていた縦17cm・横19cmの大型広告である。
「人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」 篠田謙一 国立科学博物館館長
太古のゲノムは何を語るか ネアンデルタール人、デニソワ人とは何者か 絶滅した人類と現世人類を分けた遺伝子的特徴とは DNA解析で明らかになった日本人のルーツ 全人類のゲノムは99.9%共通
進化人類学の最前線 累計6万部 Amazonランキング第1位(<本「歴史・地理」カテゴリ>(11/2) 朝日新聞(10/29)「売れてる本」で紹介されました 
爆発的に進展する古代DNA解析。その知見から、文明発展以前の人類拡散の軌跡や、「人間とは何か?」という普遍的な謎の解読に挑む意欲作―山極壽一(総合地球環境学研究所所長)
ごく最近の研究も含め、人類史にかかわる新発見を一望できる。「我々はどこから来たのか」を知りたいひとは必読ー橘玲(作家)
2022年ノーベル賞(生理学・医学賞。スバンテ・ベーポ氏)で話題! 中公新書2683 1056円」

「もう一つ重要なのは、尾本が人権に配慮がある研究者としてアピールし、受容されたことである。国際日本文化研究センターに勤務した後、尾本は人権教育・研究に力を入れていた桃山学院大学に雇用された。桃山学院大学の紀要には「先住民族と人権(1)アイヌと先住アメリカ人」と題した論考が掲載されている(尾本2004)。また、現代の人権問題に取り組む季刊誌『現代の理論』には、被差別民研究者で桃山学院大学に勤務していた沖浦和光との対談「ヒトは、いかなる星のもとに生きるのかー人類史の岐路に立って」が創刊記念として巻頭を飾った(尾本・沖浦2004)。尾本があるシンポジウムの席で「アイヌを名乗る人が世界中からドンドンやって来るのを防ぐためにも、DNAの共通性で科学的に証明することが必要」(東村2002:235)と主張したことを読んだ私は、彼が「人権派」として遇されているのを知って噴飯ものだと思ったが、多くの人が彼の「新しい衣装」にごまかされているらしいことを徐々に理解するようになった。
その弊害については、詳細は他日を期すこととし、ここで指摘しておきたいのは、自然人類学者という集団の中での研究スタイルの異同である。埴原らの古いタイプの研究手法は、その後DNAを解析する技術を身につけた後年の研究者から批判されることがある。一見すると世代間対立、あるいは古い研究が新しい研究によって乗り越えられていくという、研究の進歩のようにもみえる。しかしながら、私の視点では、人骨にせよ体格にせよ、血液にせよDNAにせよ、人体試料を用いて人間集団のあり方を規定しようとする発想は同じであり、それを司る研究者たちは「同じ穴のムジナ」である。換言すると、根本的な発想は同じことがくりかえされているのに(=「古い酒」)、データの解析方法(=「新しい革袋」)が異なっている(かのように見える)ため、人権にも配慮した新しい知見がもたらされたかのごとくに勘違いされるのである。これを「起源論における知の錬金術」と呼んでおこう。」(33.)

言及されている研究領域については、かねてよりもやもやした思いを抱きながら眺めていたのだが、漠然と考えていたことが明確に指摘されており「胸のつかえが下りた」状態である。

【集会予告】
日時:2022年12月18日(日)13:30~15:00
場所:千代田区立 九段生涯学習館 2階 九段ギャラリー(九段南1-5-10 地下鉄「九段下」駅6番出口すぐ)
主催:NPO法人 都市無差別爆撃の原型・重慶大爆撃を語り継ぐ会・NPO法人 731部隊・細菌戦資料センター・中国文化財返還運動を進める会
写真展 日中国交正常化50周年と日本の中国侵略を考える -南京大虐殺・731部隊細菌戦・毒ガス戦・重慶大爆撃・文化財侵略-
ミニ講演:五十嵐 彰「文化財返還運動の思想的核心と提起された諸問題」

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