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五十嵐2022f「文化財を返すとは、どういうことか?」 [拙文自評]

五十嵐2022f「文化財を返すとは、どういうことか?」『中国文化財の返還 -私たちの責務-』中国文化財返還運動を進める会 編:5-13.

2022年4月20日集会における発表エッセンスである。

「文化財返還とは、<もの>に生じた「傷」を修復することです。その「傷」は、表面的には目に見えません。しかしその<もの>が、その<場>にもたらされた経緯を知ることによって明らかにされます。
こうした「傷」は、現在「先進国」と呼ばれている国々が、植民地帝国として植民地を支配する過程で生じました。植民地を収奪することによって自らの近代化を果たし、自らが近代化することによって植民地支配を強化していったのです。その中で様々な<もの>が収奪されて植民地や占領地から帝国本国に運ばれました。<もの>だけではありません。<人>も<土地>も収奪されました。
現在は、脱・植民地(ディ・コロナイズ)の時代です。過去の不正義を一つずつ正していく過程にあります。こうした事柄に対する反応は、その人の「歴史認識」によって大きく異なります。すなわち過去になされた植民地支配を不正義と考えるか、それともそうは考えないかで大きく立場が異なるのです。過去の栄光をただ賛美する人たちにとって、収奪した文化財を返還することは、自虐的な行為としか考えられないでしょう。」(6.)

建前上は、日本国政府も過去の植民地支配を不正義としている。しかし本音では自らの国家としての過ちを認めたくないので、建前と本音にズレが生じて絶えることなく不協和音が醸し出されている。
かつて関係のあった政治家は入閣することすら問題ありと表明せざるを得ないにも関わらず、かつて関係のあった政治家の葬儀は国費で執り行うといったことに通じるものがある。
論理的整合性のない人たちは、常に苦しい言い訳をせざるを得ない。

「元の<場>である占領地や植民地から植民地宗主国・帝国本国に運ばれた収奪文化財は、元の<場>に戻されない限り、その瑕疵である傷が消失することはありません。元の<場>に戻されることによって、初めてその<もの>本来の価値が取り戻されます。しかし元の<場>に戻されるにあたって、その<もの>がもたらされた時と同様に、暴力的あるいは不法・不当に戻されるのならば、それは決してその<もの>本来の価値が取り戻されることにはならないでしょう。むしろ収奪されることによって瑕疵文化財となった<もの>が、再び収奪されることによって二重の瑕疵が上書きされています、言わば「重瑕疵文化財」となってしまうのです。獲った人・収奪した人は、獲られた人・収奪された人の気持ちを理解することが、大変困難です。文化財を奪った人は、奪われた人の気持ちを理解することが容易ではありません。「対馬仏像問題」は、そうした難しさを示しています。かつて獲られた人たちですら、いま獲られた人たちの気持ちを理解することが難しいのです。」(11-12.)

「瑕疵文化財」という概念を経ることによって、対馬仏像問題の構図がくっきりと浮かび上がってきた。そこに国家主義(ナショナリズム)や宗教的信仰心(レリジョン・ワーシップ)といった要素が加わると問題解決は更に厄介なものとなる。

「神社や美術館の庭園に置かれている石造物から、博物館のガラスケースの中に置かれている工芸品に至るまで、<もの>の表面的な外見からは知ることのできない「傷」を見る力を加味した総合的で深みのある文化財評価システムが必要とされています。
<もの>を見るとは、どういうことなのか。
<もの>を、どのように評価するのか。
こうしたことの捉え直しが、<もの>の見えない傷を癒すことにつながります。
私たちが<もの>を見る際により深みのある眼差しを備える一歩となります。」(12-13.)

文化財返還運動は、目に見えない傷を修復する運動である。
返還運動に関わる人たちは、文化財に加えられた目に見えない傷を修復する「文化財修復士」である。
文化財返還運動は、私たちの文化財評価システムを更に深みのあるバージョンにアップさせる。
外見的で皮相的な単なる見た目の評価から、歴史的な経緯を踏まえた倫理的で総体的な評価へ。

*掲載誌をご希望の方は、以下にお申込みください。
中国文化財返還運動を進める会(東京都港区西新橋1-21-5 一瀬法律事務所)
03-3501-5558 info@ichinoselaw.com
(一部の印刷物のメイル・アドレス表記に誤りがありました。ichinoselow → ichinoselaw)
郵便振替 00120-7-636180
冊子¥500+送料¥180=¥680(送料は4冊まで¥180)


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