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松木2021『はじめての考古学』 [全方位書評]

松木 武彦 2021『はじめての考古学』ちくまプリマ―新書 389

「1914年に始まった第一次世界大戦でドイツは敗北を喫し、その講和として1919年に結ばれたヴェルサイユ条約によって、巨額の賠償金を課せられた上に、東方のエルサス・ロートリンゲン地方はフランスへ、西方の西プロイセン地方はポーランドに割譲させられるなど、多くの領土も失うことになってしまいました。」(48-49.)

何度読んでも、私の中の世界地理感覚と整合しないのはなぜだろう? 
2020年度駒澤大学文学部「日本考古学概説」の受講生や筑摩書房の担当者は、疑問に感じなかったのだろうか?

「そして最後に、石ヤリの根元になる部分に打撃を加えて、思った形の石ヤリを母岩から切り離しています(図14)。」(64.)

「切り離す」という動詞にも違和感を感じるが、それはともかくとしてストリンガー、アンドリュース(馬場、道方訳)2008『ビジュアル版 人類進化大全』よりとして「図14 ホモ・ネアンデルターレンシスの石ヤリ作り」という右手でルヴァロワ石核を保持して左手に持った敲石で打撃を加えている挿図が示されているのだが、少しでも打製石器の製作を行なった人は誰もが納得されるだろうが、図で示されたような打撃角で何十回と打撃を加えても「思った形の」剥片を剥離することはできないだろう。
ホモ・ネアンデルターレンシスも「ヘルツの円錐原理」は熟知していたはずである。

「たとえば、東北を中心とした地域のナイフ形石器は、縦長の石刃(長軸に沿って刃と稜をもつ細長い剥片)の両端を打ち欠いて尖らせた「杉久保型」です。これに対して、近畿中央部を含めた瀬戸内沿岸の「国府型」は、横長の石刃を用いるのが特徴で、石の目が杉久保型などは長軸に直交するのに対して、国府型は平行しています。」(76.)

これも一読、意味を読み取るのに時間を要した。
ここで述べられている「石の目」というのは、一般的に用いられている「石の目」(「節理や地層の走向などのために岩石の裂けやすい方向」『コトバンク』より)という意味ではなく、どうやら剥離面のリングが描かれている方向を意味しているようだ。

「文献の記録とここまで細部の一致をみれば、牽牛子塚古墳を斉明大王陵とみるのには何の支障もないように思えます。ところが宮内庁は、この事実をもってしても、治定を変更する意図がないことを言明しています。もっとも、治定を変更しないという宮内庁の方針のおかげで、こちらとしては本当の大王墓(天皇陵)を堂々と調査・公開できるのですから、考えようによっては、これほどありがたいことはありません。」(207-208.)

日本国の公的機関が科学的な論拠を否定している訳である。ある意味でアメリカのトランプ政権がQアノンを信じて地球温暖化を否定しているようなものである。それをいくら当事者に利益?が生じているとは言え、「考えようによっては、これほどありがたいことはありません」と有難がっていていいのだろうか?

「日本でも、アイヌ民族がのこしたとされる北海道の遺跡に、この問題があります。さらに視点を拡げると、皇室の先祖として宮内庁が管理する「陵墓古墳」の問題も「遺跡は誰のものか」というこの問題の根本につながってくるでしょう。」(231.)

アイヌ民族の墓は軟質部が残存している極めて新しい墓ですら、日本人の由来を明らかにするという名目で警察などの公権力黙認のもとで発掘がなされた一方で、古代近畿地方の大型古墳は発掘はおろか立ち入りさえ厳しく制限されている。

「考古学は社会や政治にどう向き合っていくべきなのか」(231.)

「日本考古学協会は、春秋に総会を開催し、登呂遺跡調査特別委員会をはじめとする特別委員会を設置して活動する一方、『日本考古学年報』を刊行して「科学的発掘または研究調査の共同遂行、研究の援助及び成果発表を目的として」発展していった。1961(昭和36)年からは春に総会、秋は大会を開催するなど、特別委員会の活動ともども会員の調査研究の実を高揚する役割を果たしていくのである。」(坂詰 秀一2021『転換期の日本考古学』:45.)

「過去の歴史的事実を研究することは可能であるが、様々な現代政治的な問題が絡むこと」(日本考古学協会2010年6月理事会議事録)
「当委員会の目的と外れる事案であり、諸外国の例からも一学会が扱うべき事案ではなく国政レベルでの事案である」(日本考古学協会2010年9月理事会議事録)
「国政レベルでの事案であることから、総会の審議事項には取り上げないことになった」(日本考古学協会2013年4月理事会議事録)

「会員の調査研究の実を高揚する役割を果たしていく」べき学会が、「国政レベルでの事案であること」を理由に「社会や政治に」向き合うことをひたすら拒んでいるのが、「21世紀もそろそろ四分の一になろうかという今日」(7.)の「日本考古学」である。


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