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中尾2020「日本考古学の理論的・哲学的基礎」 [論文時評]

中尾 央 2020「日本考古学の理論的・哲学的基礎 -発掘報告書と型式(学)を中心に-」『旧石器研究』第16号:1-9.

「…其処彼処で、発掘報告書ベースの研究は価値がない、と断ずる評価を耳・目にする機会があった。」(2.)
「…発掘報告書の価値を批判するのはまだしも、そう簡単に断罪するだけで良いのか、という点である。」(同)
「…自らが作成した情報は信頼できないものである、などと開き直るだけでは、自らの首を自らで締めることにもつながりかねない」(同)
「…発掘報告書というのは研究の基礎にできないほどあやふやで、価値がないものなのだろうか?」(同)

こうした言葉が、繰り返されている。しかし、こうした記述の元になった発言や論文が、具体的に明示されることはない。伝聞や噂レベルならともかく、明確な文献・典拠が示せない相手を対立項目の一方に仕立てて、如何なものかと問われても、「内部の人間」としては困惑するしかない。

「確かに、新規な発掘・調査を重視すべきか、あるいは信頼できない発掘報告書の改訂を進めるべきなのか、というのは難しい問題である。」(3.)

筆者は、不備ある発掘報告書の改訂を進めるべきという立場であるが、私は日本の旧石器考古学あるいは「日本考古学」には、それ以上の深刻な問題があると考えている。

「1960年代の終わりころから、遺跡を調査する方法に大きな変化がみられるようになってきた。神奈川県月見野遺跡群や東京都野川遺跡の発掘がその転機となったが、これをさかいにして岩宿以後の研究史は「月見野・野川以前と以後」に二分されるとさえいわれているほどである。」(安蒜 政雄1978「先土器時代の研究」『日本考古学を学ぶ(1)』)

日本の旧石器研究史を二分するとさえ言われているほどの「月見野遺跡」も「野川遺跡」も簡略な概報が刊行されただけで、正式な本報告書は未刊行であり、一般の人たちはおろか専門研究者すら、その全貌を伺い知ることが出来ない。いわゆる報告書未刊行問題である。
これは刊行された報告書の改訂を進めるか、進めないかといったレベル以前の問題である。

それには、色々と複雑な事情が作用していることも「内部の人間」としては良く分かる。

例えば、野川に並ぶ西ノ台B地点にしても、部分的な報告が専門誌(小田 静夫・C.T.キーリー1974「立川ローム層最古の文化 -西之台Ⅹ上層文化について-」『貝塚』第13号)に掲載され、ある論文の「参考・引用文献」には、「小田静夫 1979c 「西之台B」『国際基督教大学考古学研究センター Site Study No.1』(印刷中)」とまで記されていた(小田 静夫1979「関東地方の細石器文化」『駿台史学』第47号:80.)。
西之台Bについては、一般的には1980年に刊行された冊子が知られている(『小金井市 西之台遺跡B地点』東京都埋蔵文化財調査報告 第7集、東京都教育委員会)。しかしこれは1979年の論考中で予告されていた書ではなく、その例言では、「内容に関しては、現在本報告書を国際基督教大学考古学研究センターで準備中であるので、本書はその要約的性格をもつものにとどめてある」と記されている。印刷中あるいは準備中とされた本報告書は、現在に至るまで陽の目を見ていない。

最近刊行された市史の「西之台遺跡」という項目では、「残念ながら、報告が概要の記載にとどまっているため、石器群の内容、遺跡の構成の詳細を知ることはできない」とされている(小金井市史編さん委員会2019『小金井市史 -資料編 考古・中世-』:98.)。同書では、1975年に民間ビルの建設に先立ち「西之台A地点」の第2次発掘調査がなされてⅣ層より礫集中部を伴なう複数の石器群が検出されたが、およそ半世紀が経過しても本報告は「未報告」である(同:91.)。今回、初めて石器実測図の一部が公開された。

このような本報告未刊行状態の発掘調査が日本中でどれほど存在するのか、その全体像は誰も把握できない。これは、「理論的・哲学的基礎」以前のエシカルな問題であろう。

本論後半の「型式(学)の認識論(方法論)」で頻出する用語は、「鑑識眼」である。

「…鑑識眼がなくては型式分類ができないというのは、どこかのテレビ番組で行われている鑑定士の作業とどう異なるのであろうか。」(6.)
「まず、鑑識眼による鑑定が学術的方法として望ましいものかどうかを検討しておこう。」(同)
「このように、鑑識眼で型式分類をしていたとしても、分類条件を明確にしておかねば、今後困ることになるだけである。」(同)
「最終判断を行う際には、参照すべき基準を参照し、鑑識眼が正しいかどうかを確認するのが誠実な手段だろう。」(7.)

旧石器の石器型式分類において鑑識眼が問題となることは、殆どないだろう。鑑識眼と聞いて、私が想起するのは、以下のような文章である。

「個体別資料分析は、1つの母岩に由来する石器・剥片類を他と分離することである。これには、肉眼による色調・地肌の粗密・夾雑物等による判断が主であることから一定の限界がある。個体差に乏しい黒曜石・安山岩・頁岩などでは、その信頼性はかなり低いものとなることは否定できない。だが、接合による検討を重ねることによって、この点は幾分減殺できるし、また、熟練した眼には、個体差の乏しい場合でもかなりの精度で分離が期待できる。」(矢島 國雄・鈴木 次郎1976「相模野台地における先土器時代研究の現状」『神奈川考古』第1号:23-24.)

「個体別資料分析」と呼ばれていた母岩識別を行う際の「誠実な手段」あるいは「参照すべき基準」とは、何だろうか。それは、任意の「個体差に乏しい黒曜石・安山岩・頁岩など」を用いたブラインド・テストで正解率を提示していくことだろう。しかし「その信頼性はかなり低いものとなることは否定できない」とされてから現在に至るまでの44年間、そうした試みがなされたことも、なされようとしたこともなかった。
こうした事柄を指摘する意見が査読時になされなかったということも、旧石器考古学のある種の現状を示しているのだろう。

最後に、私が考古誌(発掘報告書)について記した見解を示しておこう。
「考古資料の記録化は、主要な情報入手手段である発掘調査という行為を通じて、3次元空間に存在するものを2次元平面に変換する過程といえる。まず遺跡とされた空間に存在する3次元情報を2次元情報へ変換する過程<変換1>であり、発掘調査にはじまり室内整理を経て考古誌の作成をもってひとまず終了する。こうした作業はすべて次の変換過程、すなわち考古誌を読む者が考古誌上に記録された2次元情報から本来存在したであろう3次元情報へ変換する過程<変換2>を前提としている。言い換えれば、<変換1>は文化記述の書き方にかかわる問題、<変換2>は文化記述の読み方にかかわる問題である。(中略)<変換1>の結果であり<変換2>の基点でもある考古誌は、文字通り考古学という学問営為の結節点である。」(五十嵐2004「考古記録」『現代考古学事典』:123-124.)

16年前に公にした文章であるが、現在でもその内容を修正する必要を感じない。

こうしたブログのような場が、筆者の期待するような「関係者が平等に参加できる場所」(7.)なのか心許ないが、「建設的な議論がなされることを期待」するのは筆者と同じである。

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コメント 4

中尾

拝読いただきどうもありがとうございます.数点お返事差し上げます.

>しかし、こうした記述の元になった発言や論文が、具体的に明示されることはない。
学会でのコメント(揶揄でしょうか,よくわかりませんが)などではよくいただきます.査読コメントでもいただいたものがあります(出して良いかわかりませんが).明示できる出典がさほどありませんでしたので,その点は私の責任です.が,実際そのような経験が多数ありましたので,書かざるをえないかと思って書きました.この辺りは読まれた方々のご判断に全てお任せいたします.

>論考の末尾で「本稿の性質上、実名は出せないが」といった言い訳が記されている
これは上記の話と関係はありません.コメントいただいた方々への謝辞であり,上記のような経験をご教示いただいたわけではありません.末尾に「ただし、言うまでもなく、本稿の内容の 責任はすべて筆者に帰される。」と書いております通り,コメントいただいた方々へ何かしらの責任を追わせるように見える表現はおやめいただけませんか.

>筆者は、不備ある発掘報告書の改訂を進めるべきという立場であるが、
このまま放置しておくくらいなら改訂も考慮してもよいのでは,という程度です.

>これは、「理論的・哲学的基礎」以前のエシカルな問題であろう。
そういった根深い問題を放置しているのは倫理的に大きな問題ですね.ご解決を期待しております.
by 中尾 (2020-07-04 23:29) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

コメント頂き有難うござます。「明示できる出典がさほどありませんでした」という流れと「本稿の性質上、実名は出せないが」という一文を単純に結び付けて考えてしまいました。中尾2020に対してコメントされた方々へ「何かしらの責任を負わせる」意図は全くありませんので、もしそのように受け取られたとしたら、私の文章の拙さのせいであり、お詫びの上撤回いたします。
私は刊行された報告書の「改訂を考慮してもよい」が、その前に未刊行報告書を刊行すべきではないかという立場です。
一言付け加えると、「自らが作成した情報は信頼できない」とか「発掘報告書は研究の基礎にできない」といったたぐいの発言は、日々考古誌(発掘報告書)の作成に従事している人びとにとっては看過できない重大な発言であり、匿名で議論するのではなく、実名で議論すべきレベルの話しではないかと考える次第です。
今後とも、よろしくお願いいたします。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2020-07-06 06:01) 

清野

「正式な本報告書は未刊行」とか「資料は未公開」いう話は数十年前の話かと思いきや、今でも残されているとは驚きです。私が学部生の頃、「野川・月見野」は学史として紹介され、多くの本などで引用されていましたが未刊行とは。今考えると、未公開資料という類の資料は誰が公開をストップしていたのやら…。
by 清野 (2021-02-13 00:09) 

五十嵐彰

正式な報告書が未刊行にも関わらず当該研究史を「以前と以後」に区分する神経が理解できずに、はや数十年が経過しました。未刊行については、学会としてもそれなりの指揮権が発動できるはずなのですが、ここにも大小さまざまな「森的体質」がはびこっているようです。
by 五十嵐彰 (2021-02-13 18:51) 

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