寒中見舞2019 [雑]
寒中お見舞い申し上げます。
結果が良ければ、それで良い。内容は問わない。
そんな風潮が蔓延しているような気がします。
そんなことを考えさせられたのは、ロシアで開催されたサッカー・ワールドカップ日本代表第3戦の対ポーランド戦での出来事でした。
そんな風潮が蔓延しているような気がします。
そんなことを考えさせられたのは、ロシアで開催されたサッカー・ワールドカップ日本代表第3戦の対ポーランド戦での出来事でした。
0-1で負けているにも関わらず、得失点差や警告数の多少の違いによって、このまま何も起こらなければ次のステージに進めると分かって、日本の監督はただ時間を費やすためだけに、選手たちに自陣でのボール回しを指示したのでした。
私は監督の指示に逆らって戦う姿勢を示す選手が誰一人としていなかったことを、心より残念に思います。
スポーツという営みは、互いに相手をリスペクトしつつ、全力を尽くして戦うのが基本です。
野球の敬遠でも、最後には勝負する場面が訪れます。
柔道では、戦意を示さないと審判から警告があたえられます。
それなのに、サッカーでこのようなことがまかり通るとは…
野球の敬遠でも、最後には勝負する場面が訪れます。
柔道では、戦意を示さないと審判から警告があたえられます。
それなのに、サッカーでこのようなことがまかり通るとは…
「勝てば官軍」といったような、結果が良ければいいのだといった考え方、「結果主義」とでも言いましょうか、こうした思考が躊躇いもなく、日本社会の様々な場面で表明されることに改めて気が付きました。
「勝ち組」などという品のない言葉が流行したこともありました。
私たちは、こうした時世であるからこそ、結果よりもそこに至る内容を重視する必要があるのではないでしょうか。
「勝ち組」などという品のない言葉が流行したこともありました。
私たちは、こうした時世であるからこそ、結果よりもそこに至る内容を重視する必要があるのではないでしょうか。
「家を建てる者たちの捨てた石。
それが礎の石になった。
これは主のなさったことだ。
私たちの目には、不思議なことである。」(詩編118:23・24. ⇒マタイ21:42.)
それが礎の石になった。
これは主のなさったことだ。
私たちの目には、不思議なことである。」(詩編118:23・24. ⇒マタイ21:42.)
新しき年も宜しくお願いいたします。
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