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黄編(李・李訳)2015『韓国の失われた文化財』 [全方位書評]

黄 壽永 編(李 洋秀・李 素玲 増補・日本語訳)2015『韓国の失われた文化財 -増補 日帝期文化財被害資料-』三一書房、国外所在文化財財団企画、荒井 信一監修(原書:考古美術資料第22集『日帝期文化財被害資料』韓国美術史学会、1973)

「わが国土が日帝に占領され、あらゆる文化の遺産が彼らによって蹂躙された今世紀初半の歴史は、悪夢のようにわれわれの脳裏から離れず、その痕跡はまた容易く癒されはしない。彼らはいわゆる「古蹟調査事業」を名目としているが、その成果のようなものは、彼らが犯した古代墳墓の掠奪のようなたったひとつの事例だけを挙げても、彼らは何を持って(ママ)補償し弁明するのだろうか。…
ここで考古美術資料集の一冊として、この間収集した日帝期、わが文化財の受難を中心とした各種資料をまとめた訳は、たったこれだけでも今日に至っては新しく揃えるのに、時間と力が要るという判断の下に、もしかしてこのように粗末な資料集が、私たちの過去のつらい事実を後世の人に伝え、今後その保存と研究のために、何か小さな助けになればという祈願からだ。この本が、そのような資料のごく少数しか載せられないことは、あまりに明白だ。今後このような小さな集成が基礎となり、われわれの文化財受難の諸相を伝えるのに助けになるのなら、それに勝る喜びはないだろう。」(黄 壽永 「序文」:24-26.)

正に「小さな助けになればという」祈りと願いが、実現したのだ。

本書に至る経緯をまとめておこう。

1973年 黄 壽永 編『日帝期文化財被害資料』考古美術資料 第22集、韓国美術史学会(ILCHONGKI MUNHWAJAE PIHAE CHARYO,  Documents on the Damages of Cultural Properties during the Japanese Occupation) [B5版 307頁 縦書き ガリ版刷り]
1977年 岡本 俊郎「帝国陸軍・日本考古学の「犯科帳」翻訳に参加しませんか?」(「序文」のみを訳出、1985『見晴台のおっちゃん奮闘記』:130-133.所収)
2012年 李 洋秀・李 素玲 共訳・補編『日帝期文化財被害資料』韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議発行[B5版横 163頁 簡易製本]
2014年 일제기 문화재 피해자료(日帝期文化財被害資料)  국외소재문화재재단(Overseas Korean Cultural Heritage Foundation)[B5版 488頁 ハングル]
2015年 『韓国の失われた文化財 増補 日帝期文化財被害資料』国外所在文化財団企画、荒井信一監修、三一書房[A5版 531頁 日本語]

「日帝期」あるいは「日帝強制占領期」と称される20世紀初頭に、日本人が日本語で書いた文献を、1973年に韓国人が韓国語に訳出して編集し少部数を出版した。その直後に日本人の市民団体が翻訳作業を開始したが中断、35年の空白期間を経た後に在日の訳者を中心とした新たな市民団体が助成団体の援助を得て翻訳を自費出版、さらにそれが韓国の公的機関の企画により韓国国立中央博物館の支援を受けて韓国語版が出版、そして今回の日本語版の出版となった訳である。

元資料(オリジナル)は日本人による日本語文献である。それが韓国語へ、次に関連資料および画像資料などを増補して日本語へ、それを元に解題など現在的な解説資料を加えて韓国語版の作成、さらに再び日本語へと、100年の時を経て両国の間を行き来しつつ織りなされた「ハイブリッドな歴史的作品」である。
100年前の日本人の認識が、40年前の韓国人の認識によって集められ、在日の訳者によって関連資料が補われ、韓国の研究者によって解題という形で現在的な認識が加筆された。
<ヒト>がある種のこだわり(怨念)を持って取り扱う「文化財」という<モノ>を仲立ちとして、どのような人がどのような言葉を語り、行動をし、思いを綴ったか、切れ切れとなった言葉をつなぎ合わせるような作業の結果が本書である。

「欧米が世界を植民地にしていた時代、文化財の略奪はその象徴だったし、それに対する何の反省もありませんでした。日本政府もそれを見習って、「世界中の国々が皆、他の国を侵略しているのに、日本だけが糾弾される筋合いはない」という態度で、今も何の変化もありません。
しかし古代エジプト、ギリシア、南米インカ帝国の遺跡等が続々、元来あった場所に返還されています。「欧米が世界を侵略したのだから、日本の侵略も正当だ。認められるべき」という詭弁は、今や世界で通じないでしょう。黄壽永先生が文化財返還問題の先頭に立った時は、まだこのような世界的潮流が起きていなかったのですが、黄先生の長い期間の粘り強い努力が、今日のような土壌を作る契機になったと思います。」(李 洋秀「増補にあたり」:23.)

韓国語版と日本語版では、内容的には同一ながら、種々の違いがある。
韓国語版の方が、日本語版よりも判型が一回り大きく、挿図もカラー刷りである。
何よりも韓国語版作成にあたって韓国の公的機関が主体となって出版されたのに対して、日本語版はそうした支援が一切なかった点が大きく異なる。同一の写真を掲載するに際しても、韓国語版では公的機関の出版物であるが故にその使用料が格安であったのに対して、日本語版では商業出版故に法外な値段が請求されたという。同じ内容の出版物なのに。
本来ならば、日本の公的機関、例えば文化庁ないしは国立博物館が主体となってなされるべき出版事業であろう。何せ、オリジナルは日本人が日本語で、日本人が行なった事績について記した文章なのである。

「過去の日本考古学の犯罪は、こんにちになっても決して許されないし、僕達はその負債を負わねばならない。僕達は、この親の負債を返すべく具体的準備をすすめたいと思う。この事は、実に帝国主義本国人民として、被侵略国人民に対する当然のつぐないであり、そしてまた、最も重大な仕事の一つでもあるだろう。」(岡本 俊朗1985「略奪文物を各国人民に返還しよう!」『見晴台のおっちゃん奮闘記』:127.)


「連累」(インプリケーション)ということを考える。
「直接関与していないにもかかわらず『自分には関係ない』とは言えない。そんな過去との関係を示した概念です。」
「連累とは「事後の共犯」的な関係だという。たとえば、収奪行為には関与しなかったが、収奪されたものに由来する恩恵を「現在」得ているケースだ。…虐殺に関与しなくとも、その歴史を隠蔽したり風化させたりする動きに関与すれば責任が生じうると見る。」
テッサ・モーリス=スズキ、『朝日新聞』2015年12月25日 朝刊 35面(文化・文芸)「戦後生まれの戦争責任は」

「国政レベルの事案」だとか「一学会が取り扱うべきではない」といった発想とは、真逆の思想である。

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