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「論文展望」 [拙文自評]

以下は、『季刊 考古学』第117号(2011年10月25日)に掲載された「論文展望 遺構時間と遺物時間の相互関係」のために用意した当初の、すなわちオリジナルの文章である。ところが、何と論文の内容に至る以前の問題提起の部分を書き連ねただけで、要求されている分量(800字)を遥かに超え出てしまった(およそ1400字)。ここからおよそ半分にしなければならないわけである。肉を削ぎ、骨を断つしか手はない。結果は・・・
もとよりある論考を、およそ800字で紹介するということ自体が、どだい無理な注文のように思われて仕方ない。もちろんそうした技芸を難なくこなす達人もおられることとは思うのだが。
そもそも自らの論文を自らが紹介するという趣向そのものに、かねてより首をかしげていたのだが、今回その役回りを自らが演ずるようになるとは・・・
論文要旨ならば論文そのものの冒頭に付されているわけだから、それをなぞるような文章を改めて掲載する意図は測りがたい。ならば、論文の内容を縮約するのではなく、問題提起だけであったとしてもそれはそれで受容されるのではないか。そもそも「展望」という用語には、そうした意味も込められているのではないか、と無理にでも自らを納得させたのだが。

ある遺構が作られて使われた時間を知るには、どうしたらいいだろうか。

ある遺構から出土した遺物が示す時間を、その遺構が使われていた時間と考えていいのだろうか。

離れて位置するいくつかの遺構を同じ時期あるいは異なる時期とするのは、いったいどのような根拠に基づいているのだろうか。

私たちは発掘調査をした結果、得られた遺構や遺物をまず時代ごと、時期ごとに区分する。それはあまりにも当たり前の事柄であり、そこにどのような手続きがあるのか、その手続きにどれほどの確からしさがあるのかについて、深く考えることもなく、言わばルーティン・ワーク(日常業務)として行っているのではないだろうか。

しかし考えてみれば、全ての<もの>や<場所>に作られた時間や使われた時期が記されているわけではなく、また廃棄された時間が明らかなわけでもない。

それでは、発掘調査の成果を記す「報告書」という名前の考古誌において、整然と「第○期」と区分されている在り方はいったいどのような原理を適用して導かれているのだろうか。

私がかねてより不思議というか疑問に思っていたのは、遺構の覆土というのはその遺構が廃絶した後に堆積した土壌であり、そこから出土する遺物が示す時間は遺構が作り使われた時間を示さないということ、そして遺物、特に土器が示す代表的な時間、すなわち土器型式というのは遺物の作り使われた時間を示すのであり廃絶した時間は示さないということ、この二つの当たり前の事柄を結び付けて、遺構の覆土から出土した土器型式が示す時間でもって当該遺構が作られ使われた時間とすることが果たして妥当なのかということであった。

こうした事柄を考えるにあたっては、まず遺物である<もの>と遺構である<場>にはそれぞれ作られた「製作時間」と捨てられた「廃棄時間」という2つの時間があるということ、そして<もの>である「遺物時間」と<場>である「遺構時間」はそれぞれ別個のものであることを確認することがスタートとなる。そして私たちは遺構覆土から出土する一括土器型式から当該遺構の時期区分をなしていたわけだが、それは「遺構廃棄時間」として区分された「遺物製作時間」から「遺構製作時間」を導き出していたと言い換えることになる。ある程度の時間スケール、例えば縄紋時代中期前半とか8世紀第3四半期といったレベルならば問題は顕在化しなかったのだが、それよりも細分化が進行している現状では様々な場面で多くの齟齬が生じつつあるのではないか。そしてその仕組みを明らかにするためには、<場>と<もの>の存在状況からそうした存在状況をもたらした人間行為の様相を明らかにする考古資料特有の読解原理を明らかにする必要があるのではないか。

本稿はこうした問題意識から生じた一つの問題提起である。問題解決に至るためには、多くの基本的な事柄について確認していく作業が必要となる。

半世紀前のある先人によって述べられていたように、ただ掘るのではなく、掘りながら考え、考えながら掘ることが今ほど求められている時はないように思われる
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