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藤森1971『心の灯』 [全方位書評]

藤森 栄一 1971  『心の灯 -考古学への情熱-』 ちくま少年図書館10 歴史の本、筑摩書房

「これから始まるんだ。
つかれたら休んで
いそぐ必要はない。
ほんとうに。
病みほうけたからだで
食うものもなくても
それでも、
私の心の灯は、
消えてはいないから。」(230.)

今から30年以上も前に、私の心に灯をともし、この業界に足を踏み入れるにあたって大きな役割を果たした一書である。

今になって読み返してみれば、一言でいえば「ハチャメチャ」、しかしいったい何に惹かれたのだろうか。
それは、一言でいえば著者の内から湧き上がる止めようもない熱い思い、「パッション」としか言いようのないものであったのに違いない。

「そういう生活をつづけていた昭和三六年の春、私はある決意をいだいて、日本考古学協会の総会がひらかれた、東京渋谷の国学院大学へ出かけていった。もう、考古学とも別れをつげようと思っていたのである。
日本の考古学界は、昔とすこしも変わっていなかった。学界は、最近になってふたたびさかんにとりあげられるようになった編年学に懸命であった。しかもそれは、私が考古学から遠のいた昭和二四、五年ごろとくらべて、ひとつも進歩していなかった。
こんな考古学界には、もうなんの未練もない。
「君たちは古代の死にかす、土器や石器をいつまでもそうしていじっていたまえ」
私はとちゅうで総会の席をはずして、大学の裏門から出ようとした。そして一刻もはやく美しい信州の自然のなかに帰ろうと思った。
その時、私は不思議なものを見た。大学の新入生をクラブに勧誘するためのビラがたくさんはられた掲示板である。
そのなかにある国大考古学研究会のビラ。私は背中から水をあびせられたように驚いてたちすくんだ。」(225.)

それからちょうど半世紀、2011年の日本考古学協会の総会も「東京渋谷の国学院大学」で行われた。
しかしもちろん「かもしかみち」の序文を掲げた考古学研究会のビラを目にすることはなかった。
そして「日本の考古学界は、昔とすこしも変わっていなかった。」

「むろん、自叙伝を読んでいただくほど、私は豪傑でも、偉人でもありません。それどころか、学校はできない、学歴もない、財産も地位もない、それでいて執念ばかり強く、妄執は人一倍というぐあいで、本来なら、まるで他人につまはじきされて終わるべき、まったくの雑草でしかなかったのですが、ここまで来てみますと、すくなくともわたしひとりは、ああよかった、おれという人間は幸福だったと、すこしは誇らしく思っています。
それは、たった一つの理由、少年のときともした心の灯、それはだれだって、きっと一度はともすのですが、世間の荒い風に吹き消されてそのままにあきらめてしまう人が多いなかで、わたしは懸命に油をそそぎ、疲れればじっと休み、じっとじっと、その心の灯を守りつづけてきたからです。」(231-2.)


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硝子

記事を拝読して、感傷的ですが少し涙腺が緩みました。
著者とは比べるべくもない、異端者の根なし草で、総会などに出席しても疎外感、爪弾きにされているような屈辱感しか得られない人間でありながら。何故に?
こんな思いをしてまで、私は何を必死になって調べたり究めようとしているのだろう。無駄じゃないのか?と自問自答することも屡。何万円もする古書を買っても、お前には猫に小判。金の無駄だよ。と脳内のもう一人の自分が揶揄する。
好きだから。「分からないことを解きたい衝動」を抑えられないから。おそらくバカだからなんだと思いつつ。
世間に認められたい、とにかく肩書きが欲しい、というような人が、バックのおかげで1本の論文も書いていない状態でもいっぱしの研究者然とした振る舞いができるような、色々な理不尽がまかり通る世界でも。
それでも、こんなに奥深く面白い学問は他にない。

理系の研究者の友人が言った言葉、これはベートーヴェンが残した言葉に似ているのですが。
「自分は百年先の人達のために研究している」。
不遜な考えかもしれませんが、世の中のすべての研究者を自認する人々は、この考えを持つべきではないかと思っています。

ちらしの裏に書くべき戯言を長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。
by 硝子 (2011-10-24 23:33) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

研究者というのは、すべからく表現者だと考えていますが、だとすると全ての論文というものは、本来「これが言いたい」という自らの思いが原動力となっているはずなのですが、そうした思いが読み取れるものが、いかほど少ないか。
「奥深さ」を伝えることが出来る文章を紡ぎたいものです。
そして人の書く文章には、そうした力があると信じる者です。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-10-25 07:37) 

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