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「ナイフ形石器・ナイフ形石器文化とは何か」 [研究集会]

石器文化研究会設立25周年記念 第5回シンポジウム
ナイフ形石器・ナイフ形石器文化とは何か -概念・実態を問い直す-

日時:2011年1月22日(土)・23日(日)
場所:明治大学駿河台校舎リバティータワー1083教室
主催:石器文化研究会

第1部:ナイフ形石器・ナイフ形石器文化とは何か
第2部:枠組みと構造 -分析の視座と展望-
第3部:ナイフ形石器・ナイフ形石器文化を問い直す1 -各地の実相から-
第4部:ナイフ形石器・ナイフ形石器文化を問い直す2 -新たな地平を目指して-

発表題・発表者などの詳細については、いくつかの石ブログにも紹介されているので、ここでは省略。

5年前に開催された第4回シンポジウムの参加記「石文研2005」【2005-10-3】について、何人かの関係者からご批判もいただき、それに対して応答したこともあった「石文研2005(続)」【2005-10-17】。
今回も大枠では、その時に感じたことと、大きな違いはない。
しかし現在はいくつか感じられた変革の可能性について、出来るだけ積極的に評価していきたいと思っている。
発表を聞きながら考えた評価する点と物足りない点を記してみよう。

「もちろん、石器の形態分析、技術分析に意味がないというわけではない。ただそれだけでは明らかにし得ない部分がある。そのことを認識してに(ママ)、一歩も二歩も引いた位置から再度「ナイフ形石器」を俯瞰すること、そしてこれまでの議論において所与の前提とされてきたことをも見直すこと、それがこのシンポジウムの原点であり、したがって、ここにあらたな枠組みや前提を作り出すのではなく、見直し・問い直しを深めるための活発な議論の扉を開くことが目指すべき到達点なのである。」(野口 淳2011「ナイフ形石器・ナイフ形石器文化とは何か -シンポジウムの焦点-」『石器文化研究』第16号:61-62.)

「引いた位置から俯瞰すること」、大賛成である。こうした姿勢こそ、「日本考古学」に色濃く残る密着主義に対するアンチテーゼであり、第2的なスタンスとも言えよう。
問題は、何を対象として、どのように「引く」のか、という点にある。そして今回は、その対象として「ナイフ形石器」と「ナイフ形石器文化」が挙げられた訳であるが、それが本当に適切だったのだろうか、その「引き方」は果たして十分であっただろうかというのが、私の感想である。

今回の研究集会は、「石器文化研究会設立25周年記念」と銘打たれている。
しかし同時に「捏造発覚10周年記念」でもあるべきではないだろうか。
とするならば、問い直すべき相手は、ナイフ形石器ではなく、日本の旧石器研究そのものであり、さらにはその中心的な主題である編年研究ではないだろうか。
なぜならば、編年研究という名前の「文化史的なアプローチ」(ギャンブル2004『入門現代考古学』:36.など)については、捏造事件によって、一般市民からすらも深刻な疑義が投げかけられているのだから。すなわち拾ってきた縄紋石器を並べることで日本の前期旧石器編年が構築されてきたのだから。
こうした痛切な代償を支払って、私たちが得たものとは何なのか。
それは、「編年研究こそが考古学の花形である」という編年重視なる心性(メンタリティ)自体を、「見直す」ことだと考える。

時期区分、画期、全国編年、地域性・・・

「日本における現代史と旧石器研究」が述べられる中で、90年以降の日本社会の特殊性が「ガラパゴス化」として述べられているが(西井 幸雄2011:64.)、私は日本の旧石器研究、ないしは「日本考古学」の「ガラパゴス化」を思わざるを得ない。

それでも行動論・技術論・動作連鎖論・ジオアーケオロジーなど「新たな視点・方法論」の試みがなされ、「21世紀の新たな研究の潮流を志向し」ていることは窺えたし、議論を巻き起こそうとする意欲を感じることもできた。受け止める参加者側が、それに対して十分に答えることができたとは思えなかったが。この点については、【2005-10-17】に引用した船曳1994で述べられていた「度胸の無さ」という指摘がいまだに有効であることが再確認された。

私個人としては、2日間にわたる発表やコメントを聞きながら、なぜ「石器文化研究会」に、あるいは第1考古学的研究に違和感、疎外感を抱き続けてきたのか(feel out of place)、その一つの私なりの解答が得られたのが、最大の収穫であった。

「石器文化研究会」をはじめとする「日本考古学」の様々な諸研究会は、その会の性格からして、名称に掲げられた研究対象(ある時代の、ある地域の、ある遺物や遺構や<遺跡>や文化)を明らかにすることが目的とされている。そのために様々な手法、研究方法、アプローチが試みられることになる。石器形態研究、石材領域研究、石器使用痕跡研究、遺跡形成過程、遺跡間連鎖、母岩識別研究などなど。すべては、あるモノを明らかにするために、様々な手法が創出、考案、借用、適用されてきたわけである。だが、そうした手法、研究方法が、ある対象(例えば旧石器研究)に対して、本当に適しているのかといった検討は充分になされていない。その適切性を吟味するには、その手法・研究方法が、他の対象に対してどの程度まで適用できるかどうか、有効性の範囲と効果の比較検討が欠かせないはずである。石器型式は土器型式と同じなのか、すなわち型式概念は一つなのか、石器素材である石材領域と土器素材である粘土領域の違いはどこにあるのか、土器使用痕跡は、なぜ石器使用痕跡ほど熱心に研究されないのか、石器と土器の動作連鎖はどこがどのように違うのか、などなど。

要は、モノから入るか、考え方(切り口)から入るかの違いのような気がする。
私は、ある意味で、調理の対象が何であろうと、魚でも肉でも野菜でも、旧石器でも縄紋土器でも横穴式石室でも武家屋敷でも何であろうと余り拘らない。むしろその相手をどのように調理するか、縦に短冊状に切るか、斜めにスライスするか、あるいは焼くのか、煮るのか、炙るのかといった調理方法に関心がある。そしてどのような相手には、どのような方法が相応しいのかといったことは、様々な相手に、様々な方法を適用して、その有効性と限界を確かめていくことによって、はじめて明らかになるに違いない。

魚以外は調理しないというこだわりを持つ料理人あるいは日本近海に生息するサバの地域的変異をことごとく調べ上げて、それぞれに適した調理法を極め、超人的な技量で切り刻む職人がいても、それはそれでスゴイと思うが、毎日そればかり出されたら、ちょっと食傷気味にもなろうというものである。

「石器文化研究会」とか「横穴式石室研究会」に感じる違和感は、「接合研究会」とか「動作連鎖研究会」とかには(そのような研究グループがあれば)恐らく感じることはないだろう。


タグ:編年 捏造
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コメント 4

やっため

始めまして。
 私の頭では理解できない部分もありますが、参考になる事が多く、読ませていただいています。
by やっため (2011-01-28 05:25) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

ようこそ、「やっため」さん。
最近、「データに明け暮れる考古学」(ギャンブル2004:39.)という言葉が、頭に引っかかって離れません。
原文は、the archaeology of dates and data(42.)。
デーツ アンド データ ・・・
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-01-30 15:20) 

anoguchi

シンポジウムにご参加いただきありがとうございました。
さて「重視」かどうかは別として、やはり「編年」は不可欠だと考えます。さまざまな考え方、アプローチの適用対象を時間-空間軸上で整理しなければケース・スタディーははじまらない、と考えるからです。
ということで、「編年」は「手段」ではあるけれどそれ自体が「目的」ではありません。ましてや「編年」を精緻化すれば自ずと歴史が見えてくる、とも思いません。けれども、考古学的手法以外による時間-空間軸の編成が困難な先史考古学においては、やはり「編年」は避けて通れないのではないでしょうか。
議論は、まだまだこれからです。
by anoguchi (2011-02-01 01:51) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

「anoguchi」さま、コメントありがとうございます。
私が上掲の記事で述べていることは、まさに「「重視」かどうかは別として」として言及を避けられた部分であるわけです。考古学という学問において、「編年」研究は必要であり、避けて通れないと考えていることは、同じ立場であることを確認しておきたいと思います。ですから、私の立場は「大別派」でも「細別派」でもなく、むしろ「編年」研究が何よりも重視されなければならない、「花形」であるとするその心性が「所与の前提とされてきた」のではないか、そのことこそがいま「見直す」べき対象なのではないか、ということを述べたのです。
そして、「編年」研究こそが「花形」であるとする「日本考古学」的心性は、「編年」研究を「データに明け暮れる考古学」と位置づける世界の考古学における心性とは、全く異なるものであり、「日本考古学」は世界の考古学研究と断絶した「ガラパゴス化」をとげているのではないかという問題提起なのです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-02-01 12:41) 

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