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太田2010「考古資料の分類単位と過去の社会組織」 [論文時評]

太田 宏明 2010 「考古資料の分類単位と過去の社会組織 -横穴式石室の分類・整理を通じたモデルの提唱-」『考古学雑誌』第94巻 第2号:1-29.

「考古資料のまとまりから、過去の社会組織あるいは人間活動の存在を認識するためには、そのようなまとまりの性質、まとまりが形成された過程、まとまりの時間的累積現象の特徴を把握する必要がある。これらについては、まとまりを構成する個物相互にみられる関係、伝播過程、分布類型を分析することで目標を達成しうると考える。」(17.)

「モデルとは、実際に認められる現象のある部分を捨象し、また捨象することによって単純化して提示するものである。」(19.)

どうも後段の日本語がしっくりこないが、最初の「捨象」は「抽象」ということなのだろう。
それは兎も角、「考古資料における分類単位」という「まとまり」に関して7つの事象と7つの単位が「モデル」として示されている。極めて興味深い。

ただすべて記号によって表現されているので、本文を読んでいてもいちいち「第1図」にもどって、意味を確認しなければ文意が読み取れず、煩瑣である。

「単位オで発生する事象Dによって、本来、別個の系統に属する文様・製作技術が一つの個物に共存する事象が引き起こされる場合がある。」(18.)

これだけでは、読んでいても、すぐさま意味が把握できない。

例えば、
事象A→(漸移事象)、事象B→(変革事象)、事象C→(分岐事象)、事象D→(影響事象)、事象E→(統合事象)、事象F→(拡大事象)、事象G→(終焉事象)
単位ア→(作業単位)、単位イ→(漸移単位)、単位ウ→(系譜単位)、単位エ→(類似単位)、単位オ→(同時代単位)、単位カ→(系統単位)、単位キ→(文化単位)
と言い換えることで、上記の文章も

「同時代単位で発生する影響事象によって、本来、別個の系統に属する文様・製作技術が一つの個物に共存する事象が引き起こされる場合がある。」
とするならば、少しは理解が容易になるような気がするのだが。
もちろん、筆者はこうした言い換えによる負の側面を考慮して、敢えて記号化したのだろうとは思うのだが、そのメリット・デメリットの評価は、分かれるところだろう。

また個々の事象・単位の設定の是非についても、各論あるだろうが(例えば、終焉事象があって、なぜ発生事象はないのかなど)、本論については、特にこうした一般的なモデルが提示されたということをもって、評価の対象としたい。

いくつか感想を述べれば、本モデル(太田モデルと仮称)が提唱される直接の契機、素材は、本論でも述べられている日本の横穴式石室なのであるが、そのことをもってどこまで適用可能なのかという問題である。これは、前回記事中でも述べた考古資料に対する方法・切り口の適用範囲の有効性と限界にも関わる論点である。

例えば、上記引用文章では、「大塚1996」が参照文献として挙げられており、縄紋土器におけるキメラ土器が想定されているようだが、異系統の文様属性が同一個体の土器に共存する事象と筑前型石室、筑後・北肥後型石室、肥後中部型石室と基本構造が異なる石室が腰石の設置、開かれた棺の使用といった共通点で九州系石室と括られる事象と無批判に結びつけることができるのだろうか?
そこには、縄紋時代と古墳時代という時代的懸隔はもとより、何よりも埋葬施設の一部である部材構造と調理道具である容器という遺構と遺物の隔たりが介在しているのではないか。

ともあれ、ここに考古資料を説明する際に用いられてきた型式・形式・様式・文化という従来モデルに代わって、7単位で構成される新たな枠組みが提示されたわけである。
今後は、私たちが馴染みのある考古資料をそれぞれに適用させることで、太田モデルの有効性を確認し、リファインしていくことが求められている。


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太田宏明

ご批評くださいまして、ありがとうございます。横穴式石室を素材に組み立てられたモデルが、はたしてどこまで適用可能なのかについて疑念を持たれた事は、しごくもっともな事と思います。この論文で把握した事象には、①多くの人工物で時代と用途の差を超えて共通にみることのできる事象、②多くの人工物でみられるが、石室では特に目だって認められる事象、③石室独自の事象の3つが含まれていると考えています。ご指摘されているように、五十嵐さんが、ご専攻されている石器を始め、多種類の考古資料にそれぞれに適用させることで、モデルを再構築していただければ、私としては本懐です。
多くの人々が懸念しているように、現在は研究の細分化が進んだため、時代や研究対象の垣根を越えた議論が大変稀となっていると思います。五十嵐さんのような他分野の研究をされている方に読んでいただきたく思い、この論文を書きました。これまで遺物研究の中で発展してきた型式学に遺構研究の視点から、なにか提言できることがあればと思っています。今後ともよろしくお願いします。

by 太田宏明 (2011-02-06 22:31) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

太田さま、コメントありがとうございます。太田モデルは、考古資料総体を対象とした第2考古学的観点からも、重要な一歩を記した研究成果と捉えています。
型式論については、「「概論」として最も特徴的(「鋭感的(empfindlich)」な資料を取り上げて説明する場合はともかく、考古資料全体を見渡して「総論」として論じる場合には、資料論的観点からそれぞれの資料が有する特性に起因する差異についても言及する必要がありはしないか」(五十嵐2002「型式と層位の相剋」『旧石器時代研究の新しい展開を目指して』:22.)とかつて拙い不満を述べたことがありました。
あるいは本ブログでも、適用対象に応じた型式概念の規定性について「強い型式と弱い型式」といった考え方を示したことがありました(「型式度」【2009-1-7】)。
あらゆる事物に適用可能な一般的な型式的な性格にはどのようなものがあるのか、遺構型式と遺物型式の差異とはどのようなものなのか、型式概念の適用範囲、例えば先史時代における土器型式と近代鉄道車両の型式概念を本当に同一視していいのか、といった私たちがなすべき検討課題が山積しているように思われます。
型式概念に関係する研究者、すなわちあらゆる考古学研究者にとって、太田モデルの批判的検討は避けて通れない作業として提示されているものと考えます。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-02-07 21:20) 

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