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Preucel & Mrozowski eds.2010 Contemporary Archaeology in Theory. [全方位書評]

ロバート・プルーセル、ステファン・ムロゾフスキー 編集 2010
現代考古学の理論 -新たなプラグマティズム- [第2版]
ウィリー&ブラックウェル社

第1版は、ウィリー社と合併する前のブラックウェル社からプルーセルとホダーの両氏を編者として、26本の論文を収録して1996年に出版された。

あちらには、マーク・レオン編1972『現代考古学』などカテゴリーごとに時代を代表する論文を精選・再録して、編者自らの解説文と共に一書を編むという「リーダー(読本)」なる伝統がある。
残念ながら、日本の考古学では、小林行雄編1971『論集 日本文化の起源(第1巻 考古学)』平凡社ぐらいしか思い浮かばないのだが、いったい何故なのだろう?

「コンテンポラリー」というぐらいだから、そこにはその時代の最先端の研究動向が明瞭に反映されている。読者にとってみれば、それを読めば何が現在問題となっており、どのような方向が目指されているのか、研究の最先端と問題意識が容易に判断できるという大変有り難い書籍である。だからこそ教科書(テキスト)としての需要もまた高い出版物なのであろう。そしてだからこそ、どのような基準で選ぶべき論文を選んだか、どのような視点で配列しまとめるか、編者としての力量もまた同時に問われるわけである。

もちろん、本書にしても「あちら」のすべてを代表しているわけではない。しかし「あちら」のある部分について、それも主流と目されている「ある部分」を確実に代表していることは言い得るだろう。

こうした書籍の内容が「日本考古学」において共有されること、さらには日本版のリーダーが編まれて海外に発信されることが望まれている。ただそうした要求に耐えうるだけの内容と能力が、今の「日本考古学」に備わっているかどうかについては、判断を保留せざるを得ない。

今回はとりあえず、収録された32本の論文について、区分項目、論題、筆者(所属)、出典を紹介することで、現代の世界考古学で今、何が問われているのかを窺う一助としよう。

第Ⅰ部:「新たなプラグマティズム」ロバート・プルーセル(ペンシルバニア大)、ステファン・ムロゾフスキー(マサチューセッツ大)

第Ⅱ部:景観、時間、自然
1.「景観の時間性」ティム・インゴールド(アバディン大)『世界考古学』25-2(1993)
2.「オーストラリアの古代聖景観の同定 -物理的から社会的へ-」ポール・タソン(グリフィス大)『景観の諸考古学 -現代的見方-』(1999)
3.「刑罰と抵抗の景観 -オーストラリア・タスマニアの女性受刑者居住地-」エリナ・カセーラ(マンチェスター大)『移住と流浪の競合する景観』(2001)
4.「アマゾニア -教化された景観の歴史的生態-」クラーク・エリクソン(ペンシルバニア大)『南アメリカ考古学ハンドブック』(2008)

第Ⅲ部:行為体、意味、実践
5.「考古学の実践と歴史 -現出するパラダイム-」ティモシー・ポークタット(イリノイ大)『人類学理論』1(2001)
6.「技術の連結・連鎖 -技術と専門家を開示する過程-」マーシャ・アンドブレ(メーン大)『テクノロジーの社会的動態 -実践・政治・世界観-』(1999)
7.「古代南西部地方の構造と実践」ケニス・ササマン(フロリダ大)『北アメリカ考古学』(2005)
8.「複数の社会的環境における日常行為と物質文化 -カリフォルニア・フォートロスにおける文化変化と持続に関する考古学的研究-」ケント・ライトフット(カリフォルニア大)、アントワネット・マルティネス(カリフォルニア州立大)、アン・シフ(元カリフォルニア大)『古代アメリカ』63-2(1998)

第Ⅳ部:性、具象、個人性
9.「良き科学、悪しき科学、あるいは一般的な科学? -科学のフェミニスト批判-」アリソン・ワイリー(ワシントン大)『人類進化における女性』(1997)
10.「個人性 -アフリカの人類学的視点-」ジョン・コマロフ(シカゴ大)、ジーン・コマロフ(同)『社会的アイデンティティ』7-2(2001)
11.「女らしい少女と男らしい少年 -古代メソポタミアにおける成人性の生産-」ローズマリー・ジョイス(カリフォルニア大)『世界考古学』31(2000)
12.「内国化される帝国主義 -性的政治と帝国の考古学-」バーバラ・ボス(スタンフォード大)『アメリカ人類学者』110-2(2008)

第Ⅴ部:人種、階級、民族性
13.「韓国先史時代の民族性の政治」サラ・ネルソン(デンバー大)『ナショナリズム、政治、考古学的実践』(1995)
14.「歴史的カテゴリーとアイデンティティの実践 -歴史考古学における民族性の解釋-」シアン・ジョーンズ(マンチェスター大)『歴史考古学 -縁からの帰還-』(1999)
15.「人種差別を克服して -人種主義とアメリカ考古学に関するある意見-」ロジャー・エコホーク(歴史家)、ラリー・ツィンマーマン(インディアナ大・パデュー大)『季刊 アメリカ先住民』30-3・4(2006)
16.「全てを所有する階級 -階級形成と対立の克服-」ルーアン・ウルスト(西ミシガン大)『歴史考古学』(2006)

第Ⅵ部:物質性、記憶、歴史的沈黙
17.「お金はモノではない -インドネシア社会の物質性、欲望、現代性-」ウェブ・キーン(ミシガン大)『モノの帝国 -価値と物質文化の社会制度-』(2001)
18.「忘却と記憶 -チャコにおける蓄積的実践と社会的記憶-」バーバラ・ミルズ(アリゾナ大)『記憶作業 -物質実践の諸考古学-』(2008)
19.「アメリカ歴史考古学における公的記憶と権力の模索」ポール・シャケル(メリーランド大)『アメリカ人類学者』103-3(2001)
20.「歴史考古学を通してのアフリカの過去再表象」ピーター・シュミット(フロリダ大)、ジョナサン・ワルツ(同)『古代アメリカ』72-1(2007)

第Ⅶ部:植民地主義、帝国、ナショナリズム
21.「スペインにおける考古学とナショナリズム」マルガリタ・ディアス・アンドルー(ダーラム大)『ナショナリズム、政治、考古学的実践』(1995)
22.「帝国の反響 -ヴィジャヤナガラと歴史的記憶、歴史的記憶としてのヴィジャヤナガラ-」カーラ・シノーポリ(ミシガン大)『記憶の諸考古学』(2003)
23.「呼び覚まされるメソポタミア -想像的地理学と世界過去-」ザイナブ・バラニ(コロンビア大)『戦火の考古学 -東地中海・近東のナショナリズム、政治、遺産-』(1998)
24.「直面する植民地主義 -モヒカンとシャティコークの人々と我々-」ラッセル・ハンズマン(マシャンタケット・ペコ博)、トラディー・リッチモンド(同)『代替的諸歴史の構築 -非西洋的仕組みによる考古学と歴史の実践-』(1995)

第Ⅷ部:遺産、世襲、社会的正義
25.「考古学と遺産のグローバリゼーション」アルジュン・アパデュライ(ニューヨーク大)との議論『社会考古学ジャーナル』1(2002)
26.「暴力の<遺跡> -考古学的現在におけるテロリズム、ツーリズム、遺産-」リン・メスケル(スタンフォード大)『埋め込まれた倫理』(2005)
27.「公的契約下の生文化的調査の倫理的認識論」マイケル・ブレーキ―(ウィリアム・メリー大)『多様な叙述を評価する -国家主義、植民地主義、帝国主義考古学の彼方に-』(2008)
28.「接触の文化、矛盾の文化? -北アイルランドにおけるアイデンティティの構築、植民者言説、考古学的実践倫理-」オードリ・ホーニング(レチェスター大)『スタンフォード考古学ジャーナル』5(2007)

第Ⅸ部:メディア、博物館、大衆
29.「戦闘の無意味さ -NMAI(国立アメリカ先住民博物館)における生き残りのための状況創出-」ソニヤ・アタレ(インディアナ大)『季刊 アメリカ先住民』30-3・4(2006)
30.「生活必需品としての過去 -現代広告における考古学的なイメージ-」ローレン・タラレ(ミシガン大)『パブリック考古学』3(2004)
31.「感情と演出としての過去 -多様な過去構築における葛藤の<遺跡>チャタル・ヒュイク-」イアン・ホダー(スタンフォード大)『戦火の考古学 -東地中海・近東のナショナリズム、政治、遺産-』(1998)
32.「過去に関する著作権? -考古学における知的財産権問題-」ジョージ・ニコラス(サイモン・フレーザー大)、ケリー・バニスター(ビクトリア大)『現在の人類学』45-3(2004)

これが、2010年現代の世界考古学が取り組んでいる理論的側面の現状である。
それにしても考古学の専門誌にアパデュライのインタビュー記事が掲載されるとは。

印象的なのは、編者による巻頭総括論文にて「3つのR -返還・和解・補償-」(The Three R's: Repatriation, Reconciliation, and Restitution)と題された箇所である。
あるいは第Ⅷ部「遺産、世襲、社会的正義」(Heritage, Patrimony, and Social Justice)の導入部で編者によって紹介されている「グローバル正義のための考古学者たち」(Archaeologists for Global Justice: AGI www.shef.ac.uk/archaeology/global-justice.html)である。
2005年に開催された理論考古学集団(Theoretical Archaeological Group: TAG)の研究集会を契機に結成されたという。

それにしても、何度も繰り返すようで恐縮だが、日本における文化財返還問題の提起に対する公式見解、すなわち「当委員会の目的と外れる事案であり、諸外国の例からも一学会が扱うべき事案ではなく国政レベルでの事案であることから、当委員会は検討する任ではないこと」(日本考古学協会2010「9月理事会議事録 報告第67号 国際交流委員会報告」『日本考古学協会 会報』第171号:19.)とする認識については、具体的にどのような「諸外国の例」が想定されているのか想像することも頗る困難なのだが、少なくとも本書で述べられている「諸外国の例」と比較しても、そのあまりの隔たり、落差に眩暈がする思いである。

残念ながら、これが現在の「日本考古学」である。
2011年は、「日本考古学」を地球的正義(グローバル・ジャスティス)に少しでも連結(リンク)させることが一つの課題となる。


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ハシモト

考古学というと発掘調査で得られたモノについて語るというイメージがありますが、随分違いますね。
by ハシモト (2011-01-07 00:45) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

ここに21世紀世界考古学の理論的側面として、8つの柱(1:ランドスケープ 2:エージェンシー 3:ジェンダー 4:エスニシティ 5:マテリアリティ 6:コロニアリズム 7:ヘリテージ 8:メディア)が示されたわけですが、この10年間、積み重ねられてきた「日本考古学」と称される営為のうち、どれだけがこうした枠組み内に適合するのか、暗澹たる思いです。
もちろん、ここに示された枠組みだけが評価の基準ではないでしょうが、それでもやはり「世界基準」(ワールド・スタンダード)というのは、どの業界にもあるのではないでしょうか。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-01-07 20:10) 

ハシモト

こうして紹介されることでも道は開かれていきますね。
by ハシモト (2011-01-09 21:15) 

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