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「黒曜石考古学」(続き) [石器研究]

慶應義塾湘南藤沢キャンパス内遺跡第5文化層出土資料2034点の内、黒曜石資料は2015点、蛍光X線分析法による原産地推定は、分析資料188点の内、箱根畑宿産174点・信州系11点・伊豆柏峠産3点となった。

「本石器群においては箱根畑宿産が主体を占め、伊豆柏峠産黒曜石は距離的に近い箱根畑宿産黒曜石とは異なり、遠距離に位置する信州系黒曜石とほぼ同じ様な状況で遺跡内に遺存していたことが明らかにされた。今後は、鍛冶屋産を含めた箱根系黒曜石と上多賀産を含めた伊豆系黒曜石といったより詳細な原産地同定とそれに応じた考古学的分析の進展により、箱根畑宿と伊豆柏峠の両原産地が関東地方を中心にした先史社会に果たしていた役割をより明らかにしていくことができる。(中略) 伊豆柏峠は信州系と同様に、非日常的な採取領域であったことが伺える。このことから先史社会における石器石材は、消費地遺跡と原産地との地理的な空間距離によってのみ規定されるものではなく、石材を必要とした集団が原産地へアプローチするのに際してどれだけ容易であったかという社会的な距離も作用していたことが推測される。」(五十嵐1993a「B2L層出土石器群(第Ⅴ文化層)を巡る諸問題」『慶應義塾湘南藤沢キャンパス内遺跡 第1巻 総論』:698.)

焦点は、伊豆柏峠産黒曜石の動向である。
こうした問題提起から16年後の今日、さて、その行方は。

天城エリア(1):柏峠(AGKT)
箱根エリア(5):芦ノ湯(HNAY)、畑宿(HNHJ)、黒岩橋(HNKI)、鍛冶屋(HNKJ)、上多賀(HNKT)
諏訪エリア(1):星ヶ台(SWHD)
蓼科エリア(3):冷山(TSTY)、双子山(TSHG)、擂鉢山(TSSB)
和田エリア(7):芙蓉ライト(WDHY)、鷹山(WDTY)、小深沢(WDKB)、土屋橋西(WDTN)、土屋橋北(WDTK)、土屋橋南(WDTM)、古峠(WDHT)
和田エリア(3):ブドウ沢(WOBS)、牧ヶ沢(WOMS)、高松沢(WOTM)
神津島エリア(4):恩馳島(KZOB)、沢尻湾、長浜、砂糠崎(KZSN)
高原山エリア(2):甘湯沢(THAY)、七尋沢(THNH) 

「原産地」とは何か。
「原産地」と「判別群」は一致する場合もあれば、しない場合もあるだろう。
判別に用いる元素比の変異幅(まとまり)と地理的な産出空間の分布域は、大まかに対応しているとしても、両者が厳密に対応している保証はない。箱根エリアの芦ノ湯・畑宿・黒岩橋のように狭い地域に異なる判別群が接近するような場合もあれば、神津島エリアのように恩馳群として同じ判別群とされるにも関わらず原産地としては恩馳島・沼尻湾・長浜のように異なる原産地とされる場合もあるようである。

「原産地」あるいは「判別群」の上位カテゴリーである「エリア」とは何か。
何故「信州」のみが「信州系」とされるのか。「信州系」の下位カテゴリーである諏訪・蓼科・和田(WD)・和田(WO)と他のエリア(天城・箱根など)は、同一レベルのカテゴリーなのだろうか。

判別群は、黒曜石の生成過程の違いに起因する化学組成が基礎にある。だから過去の産出年代、産出状況、岩体などの違いを表わし、それらは黒曜石が利用された当時の産出状況(産状)と関連し、また現在の産状とも関連するだろう。 

一方で考古学的に有意な(意味ある)原産地区分とは、単に鉱物地理学的に区分したものではなく、黒曜石の利用のされ方を反映したものを目指さなくてはならない。すなわち考古学的データから「社会構造とその変化」を明らかにするために。
だから細分されたある種の「非考古学的(鉱物学的)カテゴリー」である「判別群」を、次には考古学的痕跡状況と照らし合わせて、意味ある「考古学的原産地群」に組み換えていくという次の段階が求められる。そのとき、当初の「判別群」あるいは「エリア」といった枠組みは見直され、新たな枠組みに変容せざるを得ない。しかしそれは結局は、「信州系・箱根・天城・神津島・その他」という円グラフで示される五大別分類に留まるのだろうか。

なお関東・中部地方における黒曜石原産地について霧ケ峰・北八ヶ岳・箱根・天城・高原山・神津島の6「地区」(area)に分け、さらに15の「系」(series)に区分し28の「原産地」(district)に細分する研究もある(杉原・長井・柴田2008「伊豆諸島産黒曜石の記載岩石学的・岩石科学的検討」『駿台史学』第133号)。

なぜこうした齟齬が生じるのか門外漢にはよく解らないが、何とか対話の糸口を見出して、第三者にも分かり易い、できれば共通したカテゴリーが構築されるのを期待したい。
そして16年前に示した見通しについては、残念ながら『黒曜石考古学』(池谷2009)でも「黒耀石考古学」(安蒜2003「黒曜石と考古学」『駿台史学』第117号)でもはっきりとした答えを見出すことは出来ず、未だに当時の課題は積み残されたままのようである。 


タグ:原産地
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モバゲー 攻略

初めて読ませていただきました。非常に興味深かったです。また来ます。
by モバゲー 攻略 (2010-03-18 11:49) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

ご来訪、感謝です。
1年前の記事ですが、1年経過して状況は改善されたでしょうか?
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2010-03-18 19:15) 

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