SSブログ

平口2008「石器母岩別分析と動物遺体個体別分析」 [論文時評]

平口 哲夫 2008 「石器母岩別分析と動物遺体個体別分析 -岩戸Ⅰと真脇イルカ-」
『芹沢長介先生追悼 考古・民族・歴史学論叢』:111-117.

「本稿では、石器母岩別分析と動物遺体個体別分析という両方の経験を踏まえながら、個体別分析についての着想を述べることにしたい。」(112.)

論題的には私の関心(例えば【05-10-05】【05-10-13】あるいは【06-06-02】【06-06-05】など)にピッタリなのだが、さてその示す方向性は。

「まず、本題に入る前に土器個体別分析と石器母岩分析とを比較してみたい。というのは、土器研究者が最初に取り組む作業は、遺跡から発掘された土器片の中から同一個体に属すると思われるものを選び出し、接合するものを元の形に復元していくのが常道だろうが、そういう復元作業の手伝いを、筆者は旧石器を専攻する前から行なっており、土器個体別分析と石器個体別分析とを比較してみることにも意義を感じるからである。」(112.)

ということで、石器母岩別分析と土器個体別分析とが比較されている。しかしそこで述べられていることは、「別々の層から出土したものとして記録された土器片同士が接合するということも珍しくない」ので、それが「層位的発掘の不正確さによるのか、それとも元々別の層に包含されていたものが接合したのか、慎重に検討する必要がある」こと、あるいは「土器個体別分析と同様、石器母岩別分析も層位的発掘の検証に応用することができる」といったことのみである。

まず石器母岩別分析あるいは土器個体別分析と称される種類の分析方法と接合資料に基づく分析方法の違いが、明瞭に識別されていないようである。

「全ての資料を母岩別に識別する「個体別資料分析」には、不確実性が常に存在する。確実で客観的な接合資料を中心とした拡張概念としての母岩資料という分析方法の有効性が検討されなければならない。」(五十嵐1998d「考古資料の接合」:120.)
「担当者によって結果が変動する可能性のほとんどない接合資料にもとづく解釈と、担当者の識別基準や対象資料の性格によって結果が異なる可能性の高い非接合資料を含む母岩識別による解釈との質的相違を明確に認識しなければならない。」(五十嵐2000c「接合」:172.)

こうした点を踏まえた上で、石器接合と土器接合の違い、あるいは石器母岩別分析と土器個体別分析との違いが論じられなければならないだろう。

「同じ考古資料の接合でも、主産物のみの接合を通じて主に廃棄システムを復元する土器接合と、主産物どうしあるいは主産物と副産物との接合を通じて廃棄から使用・製作システムまでを復元する石器接合とでは、おのずからその有する意味合いが異なる。」(五十嵐2002a「型式と層位の相克」:16.)

ということで、本題である石器母岩別分析と動物遺体個体別分析の比較検討に入り、タフォノミー・接合と連結・ペアマッチング・椎骨連結資料間の個体別分析・空間分析といった説明がなされた上で「以上のように動物遺体の個体別分析は、石器の母岩別分析とは大いに異なる展開を見せている。」(116.)と結論付けられるのだが、どのような理由によりそうなのか、そしてそれがなぜ結論となり得るのかが、今一つ理解できなかった。

「ペアマッチング」とは、左右の骨資料(例えばイルカの上腕骨)のサイズを照合させて左右ペアをなす例を見出す作業をいうのだが、こうした作業が可能なのは同一個体で左右同サイズであることが前提となっている動物遺体(あるいは「貝合わせ」など)といった極めて限定された状況でなされる方法である。すなわち左右対称の構造物が複数のパーツで構成されているという動物骨特有の方法なのだ。人為物(人工遺物)で「ペアマッチング」が可能なのは、下駄といった履物類あるいは耳飾といった類にさらに限定される。しかしこれらは「個体別」といったカテゴリーとは全く異なる「道具の組み合わせ」でしかない。

動物骨においても「頭蓋骨と上腕骨」といったペアをなさない「異なる部位間の個体別分析」は、「困難が伴う」(115.)とされているように、土器でも石器でも接合を介さない同一母岩・同一個体分析は「困難が伴う」のである。
また同じ土器資料でも個体間のバラエティに富む先史時代の土器資料ならまだしも、どれも区別が付けがたい陶磁器や徳利などが大量に出土する近世の土器資料では同一個体分析などは完全にお手上げであることをしっかりと認識しておかなければならないだろう。

こうした事柄は、「何をもって一個体とするのか」という個体数算定問題に当然のことながら関わってくる(五十嵐2002c「石器資料の基礎的認識と最小個体数(MNI)」)。

それぞれ時代別あるいは素材別に分断されている考古学的手法(分析方法)が、対象資料のどのような特性に基づいて運用されて、どのような利点と弱点があるのか、どの程度まで他の資料(異なる素材や異なる時代)に適用可能なのかを検討し見極めることによって、それぞれの素材の特質といったものが浮かび上がってこよう。


nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 4

遠郷の空

過日は、ご教示ありがとうございました。同時性や空間認識、製作技術、などを知りうる重要な個体識別とその分析に、期待と興味を抱いております。特に、経験則を重視しながらも、接合しない個体資料の議論限界問題は、なかなか触れられないものです。このたびに説明は、明快であり、ニヤリとしてしまいました。ありがとうございます。関連原稿をコピーさせていただき、学習会に使用させていただきたくお願い申し上げます。
by 遠郷の空 (2009-05-24 06:14) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

私は、接合しそうな似たような資料を集める、といった接合作業の前段階に必然的になされる作業を指して「母岩別分析」とか「個体別分析」とは呼びません。それは単に「似ている資料を集めた」だけでしかありません。
そして「母岩別分析」とか「個体別分析」として何かが述べられている文章を読むときは、いつもこうした「困難が伴い不確実なことが確実な」研究をあえて採用するからには、本当にそれだけのメリットがあるのかどうか、それも「困難ではあるが確実であることが確実な」接合研究を上回る成果がそこに提示されているのかどうかという視点で、検討しています。すると多くの「母岩別分析」や「個体別分析」と称する研究は、そうした検討に耐えられるものが少ないことが判明します。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-05-24 10:00) 

遠郷の空

ありがとうございました。勉強したいので、検討に耐えられる分析報告た対象資料を、ご教示ください。
by 遠郷の空 (2009-05-25 06:23) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

もし本当に「勉強したい」と考えておられるならば、「遠郷の空」さん御自身が実際に「母岩別分析」「個体別分析」と称している報告・研究の中でどのようなものが接合分析とどのように異なり、どのような根拠に基づき、どのような成果が提示されているのかを確認されることが一番だと思います。
それでもというならば、「砂川遺跡」について少し検討した事例がございますので、ご参考にして頂ければ幸甚です。
五十嵐2000c「接合」『用語解説 現代考古学の方法と理論Ⅱ』同成社.
五十嵐2002b「旧石器資料関係論」『東京都埋蔵文化財センター 研究論集』第19号.
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-05-25 12:20) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0