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李2006「国際社会における略奪文化財返還に関する諸アプローチおよび問題点」 [論文時評]

李 英哲 2006 「国際社会における略奪文化財返還に関する諸アプローチおよび問題点 -在日朝鮮文化財返還のために-」『朝鮮大学校学報』第7号:88-144.

「植民地支配および戦争など武力紛争時における文化財の破壊と略奪、または不法取引による文化財の搬出入を防止し、略奪財を原所有国に返還する問題は、第2次世界大戦後今日に至るまで人類社会が直面し続けている最重要課題の一つである。国際社会においては、この問題が文化財保有国と返還請求国の鋭い対立として争われるなか、問題解決のための様々な努力が重ねられてきた。国連総会による決議、1954年ハーグ条約および1970年ユネスコ条約によってもたらされた法規範と基本精神、ICOM(国際博物館会議)、ユネスコ政府間委員会などの活動を通じて示された国際法的な諸プログラムによって、略奪文化財は原保有国へ返還すべきという原則は国際慣習法としてもはや定着したといえる。」(88.)

「文化財返還」【08-02-21】あるいは「帰るべき場所」【08-10-22】として繰り返し記したのだが、「日本考古学界」はもとより日本社会において、本案件がどれほど「人類社会が直面し続けている最重要課題の一つである」と認識されているだろうか。

例えば、「文化国際主義」(cultural internationalism)に依拠した普遍性といった主張。
「国際的な学術、知的好奇心に貢献し国際文化発展のためには西欧博物館は所蔵文化財を維持すべきだとする。これは「大英博物館は英国の博物館でもなく、大英帝国の博物館でもない。国際博物館であり国際機関であり唯一の世界遺産」であるとする元大英博物館館長ウィルソンの主張に端的に表れる。(中略)先進国に保管される方が、アクセスの利便上より多くの人々による閲覧が可能であるため、必ずしも返還されるべきとは言えないという主張につながる。しかしそのような大型の博物館が欧米に集中する必要はない。まずこの不均衡な現状への認識が肝要であり、またそもそも「普遍的な文化」の概念がヨーロッパ中心であるべきではない。」(95・96.)

日本においても、「日本に持ってきたから今まで保存されてきたのだ」といった詭弁は、共同研究者の以下のような論述を読むと吹き飛ぶだろう。

「古蹟調査に携わった東京帝大の関係者は発掘遺物を保管するだけでなく、勝手に処分するようなこともした。たとえば1913年度調査で「満州」集安県の太王陵から出土した「有銘塼破片及び花瓦破片総計百余個」が東京帝大の関野・谷井より考古学会に寄贈され、そのうちの「塼片五個瓦片十個」を一月例会の出席者に抽籤で頒布した。さらに希望者が多いので残りの分は会の幹部の決議により「金円納付の篤志者へ頒布」したという。」(康 成銀・鄭 泰憲2006「日本に散在する朝鮮考古遺物」『朝鮮大学校学報』第7号:56.)

さも有りなん。
当時の朝鮮古蹟調査で重視された論点は、①「日鮮同祖論」=日本と朝鮮の民族の起源が同じであるという主張、②「任那日本府」=日本が古代朝鮮の南部を支配したという主張、③「満鮮史」=朝鮮史は中国文明の影響に左右されたという主張、④「停滞論」=朝鮮文明が退行かつ停滞しているという主張であり、これらは全て「日韓併合」という当時の政治状況を正当化するために用意されたことは明らかである。

「私たちは各々、朝鮮近代史、植民地期経済史、近現代日本文学を専攻としているが、考古学的専門知識を必要とする今回の研究テーマに敢えて挑んだのには、いまだ考古学界でこのテーマに関する本格的な研究がほとんどなかったためである。このことは考古学研究における植民地主義の心性が今なお濃厚に残存していることを示しているといえよう。」(「歴史共同研究の趣旨説明」:38.)

日本の考古学界においても全ての関係者の協力により「植民地支配の歴史的責任を問う原則的立場に立った問題意識」を確立し、「朝鮮文化財の略奪行為の不法性、反倫理性を問い直すという視点から」本格的な研究を日本人研究者が組織的に行なうことで「日本考古学」における「植民地主義の心性」を払拭し、双方が「歴史の克服と和解、真の平和と友好関係の構築へと貢献するもの」(90.)とならなければならない。
問われているのは、それぞれの立場における道義性と歴史認識なのだから。


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sakamo

こんばんは。この論文で、「在日朝鮮文化財」として、具体的に例示されているものがあれば、参考までに教えていただけませんか。
どこで展示・保管されているものかもわかれば、それもお願いします。
by sakamo (2009-04-17 20:42) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

例えば東京大学文学部考古学研究室には、楽浪土城出土遺物(土器・青銅器・ガラス製品・土製品・瓦類・貨幣など)、石厳里第205号墳出土遺物(青銅鏡、木製櫛、青銅耳掻き、木製品、銀製指輪、漆耳杯、漆盤、木棺、土器など)。東京大学総合研究博物館には、古瓦1230、塼146、土器730、陶磁器57、陶磁器片6箱、拓本・模写など巻物630箱、写真乾板・フィルム290箱など。
所蔵機関については、例えば東京国立博物館小倉コレクション、大阪市立東洋陶磁美術館安宅コレクション、大和文華館、民芸館、京都大学図書館河合文庫、天理大学図書館、静嘉堂文庫、高麗美術館、京都国立博物館、奈良国立博物館、寧楽美術館、出光博物館、松岡美術館、根津美術館、東京大学教養学部美術博物館、MOA美術館、五島美術館、東京芸術大学大学美術館など。
以上は、康・鄭2006より。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-04-20 12:30) 

sakamo

ありがとうございます。やっぱり東大が中心ですか…。もう20年も前になりますが、総合研究博物館で鳥居龍蔵が撮影した台湾先住民の写真乾板をPCにとりこむバイトをしたことを思い出しました。
人間を正面と真横から、機械的に撮影していった、無機質な超学究的営み。人間を徹底的に「研究」対象化した「成果」でした。
せめて、東大が当事国の研究者と共同で、「戦後責任」作業に着手すれば、と思わざる得ません。
でも無理だなー。所蔵資料が多すぎる! 東大内部にもそんな関心は薄いかもしれない。文部科学省なり文化庁が責任とれ、せめて予算もってこいって言いたくなる。
by sakamo (2009-04-22 21:05) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

例えば最近こんな研究集会があったようです。
「シンポジウム楽浪漆器 -「アジア造形文化の基層」を探る試み-」
日時:2008年11月22日 場所:東京芸術大学 主催:東京芸術大学・秋田公立美術工芸短期大学、日本基層文化研究会
趣旨:古代中国(前1世紀~後3世紀)で製作され、朝鮮半島の楽浪郡遺跡から発掘された「楽浪漆器」を、考古学および漆工史の視点から考察します。とくに、「日本に残る楽浪漆器の現状」、「楽浪漆器研究の歴史」、「楽浪漆器に触発された近代日本の漆芸作家」の3点に焦点をあてて討議を交わします。なおこのシンポジウムは、来年開催される「国際シンポジウム「楽浪漆器」の予備研究としておこなわれるものです。」
ウェブ上でも公開されている概要あるいは発表題目を見ても、私たちが期待するような問題意識は垣間見れません。
開催趣旨の最後には、こんな一文も。
「その試みは、アメリカとEU中心のグローバリズムへの対抗基軸として今日浮上している「東アジア共同体」の構想を、文化面からサポートこと(ママ)になると期待されます。」
嘆息・・・
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-04-23 21:29) 

sakamo

たしかに嘆息…
EUってグローバリズムの中心軸をになってるのか!?
日本はその「対抗基軸」の側だったんだ!!!
あらゆる歴史的課題をうっちゃって、いきなり「東アジア共同体」とは本当にめでたいですね。
で、その結節点が「楽浪漆器」? (よく知らないけど)。
ドイツとポーランドが、ドイツとチェコが、ハンガリーとルーマニアが、どんなに歴史的諸問題の「和解」をめざして苦闘していることか…。
それだって、「不十分」だから、欧州では不断に批判・反批判が繰り返されているのでは。
日本とその周辺諸国との関係なんて、比べれば限りなくゼロに近い状態だと思いますが…。
「東アジア共同体」なんて、どの顔が言ってるのかなー。

by sakamo (2009-04-24 00:31) 

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