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Dunnell 1992 The Notion Site [論文時評]

Robert C. Dunnell 1992 The Notion Site. In: Space, Time, and Archaeological Landscapes, edited by Jacqueline Rossignol and LuAnn Wandsnider. Plenum Press, New York, pp.21-41.

1987年にアリゾナ・フェニックスで開催されたアメリカ考古学協会第53回大会における「時空間の境界を越えて -遺跡概念の有効性-」(Beyond Boundaries in Time and Space: The Utility of the Site Concept.)と題されたセッションをまとめた論集中の論文である。最近、野口 淳2008「打製石器技術系に見る時空間の連鎖 -製作・使用・工程・行動の配置と展開-」『考古学ジャーナル』第575号:註6にて言及された。

「考古学概念としての遺跡という考え方には、欠陥(defective)があり、考古学にとっては有害(deleterious)とさえいいうることを論じる。その用法は、観察単位としても分析単位としても根拠がない。」(21-22.)

「もし遺跡が単に「その場」(location of)という意味で用いられているなら、考古学用語から「遺跡」という言葉を消し去る理由は確かにない。こうした概念は疑いもなく言葉の英語的意味に由来するのだが、考古学においてはそれ以上の意味を有するようになっている。現代的な用法において、それは考古学的意味における空間的な集合体(spatial aggregates)を示す非分析的概念である。遺跡は集合体(aggregates)であり、その場(location)はまさに遺跡の本質である。実質上あらゆる考古学的調査そして文化資源管理(CRM=埋蔵文化財行政)は、あるレベルにおいてこうした遺跡概念によって組み立てられている。」(36.)

「それにも関わらず考古記録の形成に関する現代的理解は、観察レベルでも分析単位としてもこうした遺跡の存在を支持していない。遺跡を構成する遺物集中は、廃棄の無数の断続的事象の産物であり、その独立性ないし相関性は考古学的に意味ある共存単位(units of association)を認識するために経験的に決定されなければならない。遺物集中をどのように定義しうるかという点に関わらず、そうした遺物集中を遺跡と呼んでも確かに実害はない。しかしそうした現代的な遺物集中が埋文行政とも考古調査とも関連しないようなときに、それらがどのような終わりを告げるか理解するのは困難である。
考古記録について無遺跡(siteless)あるいは非遺跡(nonsite)とする見方は、形成過程(formation processes)という現代的な理解とも両立可能である(compatible)。なぜなら考古記録に関するこうした理解は理論的に解釈されてきたので、そのインパクトは全ての考古学者が考古記録の理解へ至る道筋に影響するよりも、土地景観の利用に焦点を当てた研究に限定するように作用したからである。考古記録は更新されることがない資源(nonrenewable resource)ゆえに、遺跡概念は人類の過去に関する私たちの理解の基礎をなすより、むしろ人類の過去の理解を永久に損なわせるような歪んだ記録破壊にも急速に結びつく。
最終的な分析において示したように、「考古学的概念としての」遺跡(site,as an archaeological concept)は、学問上何の役割も果たしていない。その使用は本質によって何ら保証されていないし、かえって決定的な理論的・方法論的欠陥を覆い隠す。そして回復・管理プログラム(recovery and management program)において、深刻で取り返しのつかない体系的な誤り(redeemable systematic error)を与える。(遺跡概念の)放棄がもたらす技術的な問題にも関わらず、考古学的遺跡概念は捨て去るべきである(the concept of archaeological site should be discarded)。」(36-37.)

欧米語圏で、<遺跡>(site)という用語が表立って使われない理由、例えば日本のように「遺跡学会」といった名称の組織が存在しない理由の一端が伺われるだろう。
なにせ最終的な結論が should be discarded なのだから。

以上のダネル1992を題材に共同討議(第2考古学会議 第3回準備会)を行ないます。
関心のある方は、是非ご参加下さい。

日時:2009年4月29日(水) 1時から5時まで
場所:日野市勤労青年会館 会議室(日野市多摩平1-10-1)
    JR中央線 豊田駅北口 徒歩1分


タグ:<遺跡>
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コメント 4

遠郷の空

私は、埋蔵文化財保護の側から「遺跡」を眺めています。考古学的時間で共時性が認識される活動痕跡単独の遺跡は少なく、それら活動の複数回あるいはそれ以上の累積として遺跡(=活動の痕跡)として認識されると考えています。また、それら活動の痕跡は、複雑で多様であると考えます。それらの活動の痕跡は、近世以降の攪乱を受けていないのであれば、その現象の大小と問わず、遺跡と認識し、周知化する必要があると考えます。しかし、それら大小の現象面を埋蔵文化財保護措置として、同一に扱い対応できれば問題ないのでしょうが、現行においては措置過程でふるいに掛けられ、優先的、段階的、措置がとられているのが現状です。
考古学における遺跡と埋蔵文化財(私の県では基本的に中世までは遺跡とされています)における遺跡が、同じ土俵で議論するのは難しいと考えます。しかしながら、考古学における「遺跡の概念」を整理し、人類活動の時間を超えた累積化現象の地点、その境界区分をどうするのか、興味が尽きません。ぜひ、ご指導ください。
by 遠郷の空 (2009-04-17 05:59) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

私たちは「遺跡か遺跡でないか」という区別と「掘る場所か掘らない場所か」という区別を混同している(明確に識別できていない)のではないでしょうか。
あるいは遺跡という概念と単なる調査区(発掘エリア)を安易に結び付けているといったことはないでしょうか。
私たちは何故「集落論を語る」とは言うのに、「遺跡論を語る」とは言わないのでしょうか。
<遺跡>と「包蔵地」が決してイコールではないということを明らかにしていくことは、「区切れないものを区切っている」という自覚に結びつき、半世紀にわたり正面から問われることなくくすぶり続けた「日本考古学」と「埋蔵文化財」の相互関係を問うことになると思います。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-04-17 12:30) 

遠郷の空

 お返事ありがとうございました。私は、考古学として「遺跡=包蔵地」と理解しています。その活動の痕跡の大きさや残されt化の違いはありますが、それら遺物や遺構などと認識される活動の痕跡は、「遺跡=包蔵地」です。しかしながら、埋蔵文化財行政において、考古学で認識できるすべての「遺跡=包蔵地」を「遺跡」として認識して、周知化している行政は少ないと思います。私は、可能な限り周知化しています。ただ、保護措置、すなわち税金投入して行う活動にたいしては、悲しいのですが、優先、選択、方法の違いなどが生じます。それは切ないのですが、仕方ないと理解しています。
 ただ、このような判断が、匙加減で行われている実態があります。やる気のない行政マンは、周知遺跡がなければ、開発認可を出します。「開発地に遺跡がない」と判断する恐ろしさと責任の重さをしっているのだろうかと思います。まずは、「遺跡=包蔵地」を確認する周到さと、その考古学として認識される「遺跡=包蔵地」を、埋蔵文化財保護としても、手厚く保護する政策が望まれます。
 五十嵐さんは、埋蔵文化財として認識する遺跡範囲を「包蔵地」と呼び、考古学として認識する活動の痕跡をすべて「遺跡」と呼び分けているのですか。そのように理解しました。
 考古学と埋蔵文化財との垣根を取り外したい(時間的・空間的な範囲)と考えますが、「区切れないものを区切っている」という発言も重いものがあります。雛の住民としては、勉強になります。ご指導ください。
by 遠郷の空 (2009-04-19 07:22) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

「考古学における遺跡と埋蔵文化財における遺跡が、同じ土俵で議論するのは難しい」という言葉と「考古学と埋蔵文化財との垣根を取り外したい(時間的・空間的な範囲)」という言葉が、どのようにしたら両立可能なのか、私にはよく理解できません。こちらこそ、ご指導ください。

私の論旨は、明快です。
前提1:「包蔵地」でない<遺跡>は、沢山あるだろう。
前提2:しかし<遺跡>でない「包蔵地」は存在しないだろう。
∴ 「包蔵地」と<遺跡>は、決してイコールではないし、イコールにはなりえない。
なぜなら、全ての場所を掘るわけにはいかないし、全ての場所を掘らないわけにもいかないからである。

「遠郷の空」さんもご都合がつけば、是非第3回準備会にご参加いただき、直接意見交換できればと願っています。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-04-21 21:35) 

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