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北大文学部人骨事件糾弾27年目の集い [研究集会]

北大文学部人骨事件糾弾27年目の集い

日時:2021年 7月31日(土)16:00~19:00
場所:北海道高等学校教職員センター講堂(札幌市中央区大通西12丁目4)
主催:「北方領土の日」反対!「アイヌ新法」実現!全国実行委員会(ピリカ全国実)
協力:北大文学部人骨問題の真相を究明する会

基調報告:ピリカ全国実札幌圏(白川 ただし)
講演:遺骨・副葬品の返還問題と考古学の責任(五十嵐 彰)
報告:ピリカ全国実、木村 二三夫
討論:秋の闘いに向けた取り組み

2時から豊平区の大乗寺で仮安置されている2体の遺骨のイチャルパが行われた。
4時からは大通り公園に面した会場で集いが行われた。
最初に「北大文学部人骨事件27カ年糾弾の集い基調報告」として、「北大文学部考古学の系譜」「6体の遺骨と北大の考古学者たち」といった報告がなされた。
アイヌ遺骨問題は、1980年に北海道大学に対して海馬沢 博さんが話し合いを求めたのに対して、それを大学側が素気無く拒絶し追い返したことに端を発しているのではないか。
あの時に大学当局がもっと丁寧に真摯に対応していれば、現在に至る40年の歩みは全く違った展開を示していただろう。
北海道大学文学部が同じようなことを繰り返さないように切に祈るのみである。

2日目のエクスカーションは、3台の車に分乗して白老の「民族共生象徴空間(ウポポイ)」と登別の「知里幸恵 銀のしずく記念館」を訪ねた。

民族共生象徴空間(ウポポイ)は、その主要施設として国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園・慰霊施設が挙げられている。そして民族共生象徴空間(ウポポイ)ウェブの園内マップには、博物館のほかに体験学習館や体験交流ホール、工房、伝統的コタンなどの諸施設がウトロ湖の周辺に配置された空撮写真が施設情報として掲載されている。
しかしこの園内マップのどこを見ても「慰霊施設」が見当たらない。
それもそのはず、慰霊施設は博物館などの諸施設が配置されている国立民族共生公園から1.2kmも離れた別の場所に設置されているからである。
車でウポポイに来た人はともかく、電車で来た人で夏の炎天下あるいは冬の積雪時に1.2kmの坂道を登って訪れる人は殆どいないのではないか。
白老町が運行しているJR白老駅からウポポイまでの「交流促進バス(ぐるぽん)」も、慰霊施設はルートに入っていないようだ。

そもそもなぜ広い敷地の中に慰霊施設を設置しなかったのだろうか。
これでは慰霊施設のページに記されているように「ここを訪れる多くの方に、このような歴史(発掘・収集時にアイヌの人々の意に関わらず収集された)を理解していただくことが、未来の共生社会の礎となるものと考えます」といった表向きの考えはまさに建前であり、実は「理解していただきたくないのではないか」という邪推すら招きかねない。これでは、「未来の共生社会の礎」には到底至らないだろう。

「ーアイヌ民族の中には過去の同化政策や差別など「負の歴史」の発信が十分ではないという意見もあります。(聞き手・斎藤祐樹)
「そうした声がある一方、負の歴史ばかりを出さないでほしいというアイヌの人たちもいます。生々しい差別の歴史を出したとき、社会にどんな影響をもたらすのかを慎重に見極める必要があります」」(2021年7月10日『北海道新聞』「佐々木(史郎)館長に聞く」)

この応答の前提は「生々しい差別の歴史」があったということである。そしてそれを出すとか出さないとか、あるいはどれほど出すのかという「さじ加減」はすべて自らが握っているという認識である。
しかしそれでいいのだろうか?
「社会に悪い影響をもたらす」と考えれば出さないとか、「社会に良い影響をもたらす」と考えれば出すとか、その「悪い」とか「良い」といった価値判断を、どこの誰が、どのように下すのだろうか?
こうした意識がするっと出てしまうことに、「未来の共生社会」の多難さが思いやられる。

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