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早乙女・設楽編2018『新訂 考古学』 [全方位書評]

早乙女 雅博・設楽 博己編 2018 『新訂 考古学』放送大学教材 1554921-1-1811(テレビ)、放送大学教育振興会

放送大学の2018年度開講科目「考古学」の印刷教材である。2009年度開講科目教材の泉 拓良・上原 真人編2009『考古学 -その方法と現状-』と読み比べると、この間の「日本考古学」の「方法と現状」認識の推移が伺えて興味深い。以下、左に2018年の新『考古学』、右に2009年の旧『考古学』の章立てを対比して示す。

2018『新訂 考古学』                2009『考古学 -その方法と現状-』
1. 考古学とは何か(早乙女 雅博)            1. 考古学とは何か(泉 拓良)
2. 野外調査の方法と実際(西秋 良宏)          2. 発掘調査の歴史と実際(泉 拓良)
3. 年代決定論① -相対年代と編年-(設楽 博己)         3. 考古学があつかう年代(上原 真人)
4. 年代決定論② -絶対年代-(藤尾 慎一郎)           4. 年代の理化学的測定法(清水 芳裕)
5. 考古資料による空間分析(設楽 博己)         5. 層位学と年代(阿子島 香)
6. 自然科学とのかかわり(佐藤 宏之)          6. 型式学と年代(岡村 秀典)
7. 狩猟採集民の生活技術(佐藤 宏之)          7. セリエーションとは何か(上原 真人)
8. 農耕民の生活技術(藤尾 慎一郎)           8. 遺物の機能をさぐる(上原 真人)
9. 集落に暮らす人々(早乙女 雅博)           9. 使用痕分析と実験考古学(阿子島 香)
10. 精神文化(設楽 博己)               10. 民具と考古学(上原 真人)
11. 日本の考古学① -旧石器・縄文・弥生時代-(設楽 博己)11. 考古学と分布(泉 拓良)
12. 日本の考古学② -古墳時代-(早乙女 雅博)       12. 産地同定と流通(清水 芳裕)
13. 世界の考古学① -朝鮮半島-(早乙女 雅博)       13. 東アジア古代の青銅器分布(岡村 秀典)
14. 世界の考古学② -西アジア-(西秋 良宏)        14. 遺跡内での遺物分布(阿子島 香)
15. 考古学と文化財の保護(早乙女 雅博・設楽 博己)  15. 考古学の多様性(泉・阿子島・溝口・岡村・上原

前回の2009年は西のセット、今回の2018年は東のセットで、そうした違いも構成内容に反映されていよう。
2009の「3.考古学があつかう年代」「5.層位学と年代」「6.型式学と年代」は2018の「3.年代決定論① -相対年代と編年-」に、「11.考古学と分布」「12.産地同定と流通」「14.遺跡内での遺物分布」は「5.考古資料による空間分布」にそれぞれ集約され、「7.セリエーションとは何か」「8.遺物の機能をさぐる」「9.使用痕分析と実験考古学」「10.民具と考古学」などは消失し、代わりに「7.狩猟採集民の生活技術」「8.農耕民の生活技術」「9.集落に暮らす人々」などが新たに登場している。何よりも今回の特徴は「11.日本の考古学①」「12.日本の考古学②」が新たに登場したことである。前回の文末すなわち結論では、以下のような事柄が述べられていたのだが…

「本講義では、「日本史としての考古学」について、章や項目を設けて日本史に関する考古学的叙述をあえておこなわなかった。基本的に「日本考古学概説」で取り扱う内容と考えたからである。また、視点を一国内の歴史に留める考古学は、現在進行している考古学の再編において、乗り越えられるものと考えているからでもある。」(泉 拓良2009「第15章 考古学の多様性 7. まとめ」:304.)

結局、2018年の『考古学』では、2009年に「乗り越えられる」と考えられた課題がいまだに「乗り越えられていない」ことが示されたわけである。
もちろんインゴルドはおろか存在論をめぐる議論など、その影すら見出すことができない。

言及すべき箇所は多岐にわたるが、ここではとりあえず現在ある事情から集中的に取り組んでいる「一括遺物」という考古学的概念をめぐる記述についてのみ考えてみよう。

まず2009『方法と現状』から。
A:「「一括遺物」はあくまでも「同時に埋められた」ものであって、同時につくられたものではない。」(岡村 秀典「第6章 型式学と年代」:117.)
B:「…モンテリウスは型式の同時性を示す「一括遺物」の重要性を説き、けっして野外調査を軽視していたわけではない。」(同:119.)

Aでは同時につくられたものではない、すなわち製作時間の同時性を意味しないとしつつ、Bでは型式の同時性、すなわち製作時間の同時性を示すという。
これは、いったいどういうことだろうか?

それでは、2018『新訂』ではどうだろうか。
A:「一括遺物 hund(ママ)は、遺構のなかで共存関係の状態で出土する複数の遺物を指す。A型式とB型式が同じ時期に作られたものとしよう。離ればなれの状態で出土したままでは、これらの同時性は分からないが、一括遺物として共存していた場合に、同時性が確認されることになり、編年の確かさが増す。」(設楽 博己「第3章 年代決定論①」:51.)
B:「複数の青銅器が同一の土坑から出土したとしても、それが同時に製作されたものとは限らない。一括遺物といっても、製作の同時性と廃棄や埋納の同時性は区別しなくてはならない。」(同:52.)

Aでは一括遺物によって型式相互の同時性すなわち製作時間の同時性が確認されるとする。
しかしBでは一括遺物では製作時間の同時性は確認されるとは限らないという。
これは、いったいどういうことだろうか?

どちらも、原理的な記述と実践的な記述(所謂「蓋然性」に関わる)の違いが、明確に認識されていないのではないか。

ちなみに設楽2018:51ページの「hund」は、「Fund」の誤記ではないか?
「hund」で検索すると… そこには様々な犬たちの画像が出てくる。

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アマチュア

考古学の専攻生は、こうした疑問を感じることなく、偉い先生が書いたものだから間違いない、と盲信しひたすら暗記するか、関心を持たず。多くの場合卒業したら考古学以外の仕事につく。批判精神を培う講義はいっさいなく、先生の話を一方的に聞くだけ… 土器の模様には物語が秘められているとか、環状列石は太陽の運行と関係があるとか、第一の道具と第二の道具など。他の大学の生徒と話して、実はうちの先生は、業界ではインチキ宗教の教祖みたいに見られていたことをはじめて知る。あの捏造事件から何を学んだか?
by アマチュア (2018-08-17 05:58) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

考古学に限らず、地理学でも政治学でも、学門とされるからには、先人、例えば恩師といった方々の成果を検討して、それを乗り越えていくプロセスが不可欠のはずですが、私の身近な人びとを思い返しても、さて、あの人にそうした論文はあっただろうか、さて、この人に批判精神は?と、思うようなことがしばしばです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2018-08-17 10:22) 

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