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山本2016「縄文時代中期終末から後期初頭の柄鏡形敷石住居址のライフサイクル」 [論文時評]

山本 典幸 2016 「縄文時代中期終末から後期初頭の柄鏡形敷石住居址のライフサイクル」『古代』第138号、早稲田大学考古学会:207-228.

ちょうどこうした問題を考えていたので、色々と興味深いことの多かった論考である。

「本稿は、縄文時代中期終末から後期初頭の柄鏡形敷石住居址を対象に、敷石の接合例や遺存状態、遺物の出土状態などから、敷石の一部が時間を逆行して再利用(lateral cycling)ないしリサイクル(recycling)された事例と、敷石に用いた礫石を分割した後に異なる柄鏡形敷石住居址の床面に分有した事例を提示する。」(207.)

冒頭の一文であるが、シファーなどの原文に「時間を逆行して」といった類の文章があっただろうか?
(こうした些細な文言にこだわってしまうというのが、最近の悪い癖である。)
もちろんタイムマシンを用いない限り「時間は逆行」できないし、あくまでも「製作・使用といった物質資料の「流れ」(フロー)を繰り返す」といった意味だとは思うのだが、そういう意味で「時間を逆行しない」すなわち「時間を順行する」ような再利用などは有り得ない訳で、あえてこうしたフレーズを挿入する意図がいまひとつ読みきれないのである。

そしてシファーの形成過程研究の紹介から武蔵台東と多摩ニュータウンNo.72の事例提示となるのだが、ここではある意味で本論では枝葉とも言うべき事柄、すなわち緑川東の敷石遺構SV1について述べられた「註8」における筆者の見解について考えてみたい。

「緑川東遺跡の「敷石遺構SV1」と「大型石棒」は、遺構の構造を柄鏡形ないし円形の敷石住居址と比較させるだけでなく、なぜ4本のほぼ未使用と推測された石棒が、礫石を敷設した施設内の礫石を欠いた空間から、まるで置かれていたかのような状態で見つかったのかという素朴かつ根源的な問題に応答することと、その事象を中期終末から後期初頭における生態的・社会的・宗教的な変化に連関させることは可能なのかといったテーマを遠望する意味で避けて通れないコンテクストといえよう。」(225.)

ここでは提出された二つのテーマのうち、前者の「素朴かつ根源的な問題」について考えよう。
まず根本的な疑問から。
「まるで置かれていたかのような状態」とは、「まるで置かれていないかのような表現」である。
「まるで…」という語は、「違いがわからないほど、あるものやある状態に類似しているさま」を意味している(例えば「この惨状はまるで地獄だ」「まるで夢のようだ」のように)。だから筆者の意図するところは、続く語句とは似ているが本質は異なるということになる。ということは、筆者は4本の石棒は「置かれているようだが、実は置かれていない」と理解していると理解せざるを得ない。
あの4本の大形石棒は、「置かれていない」のだろうか?
あの状態を「置かれていない」とするなら、いったいどのような状態を「置かれている」とすればいいのだろうか?
そして4本の石棒が「ほぼ未使用と推測された」とは、いったい誰がどのような「使用状態」を想定して、どのような根拠で「推測」したのだろうか?

結局、筆者は4本の石棒について「放置物」「事実上の廃物」(de facto refuse)と見なしているのだが、「置かれていない」という状態理解が「放置物」という結論を導いている。

そして緑川東の考古誌でSV1の柱穴土層断面図に「根腐れした柱の土壌化を思わせる柱痕らしき土層ラインが図示されている」ことを根拠にして以下の解釈を導く。
「…床に礫石を敷設し、上屋を架けた竪穴内の無敷石空間に横倒しになった4本の石棒は、その場所に保管されたままであったとも考えられる。保管に際して覆い物が存在したか否かはわからない。その後、建った状態の柱は、次第に空気に触れる床面との境で腐朽・崩壊していく。」(226.)

どうやら「4本の石棒の並置」については、考古誌の提示する「フェイズ②:SV1廃絶」時ではなく、「フェイズ①:SV1構築~機能」時を想定されているようなので、この点については私と同じ立場である。
ただ私は原報告における挿図と記述の間の齟齬以前に、縄文時代の柱穴の土層断面から柱が「根腐れした」のかそれとも「抜き取られた」のか判断できるという主張自体に懐疑的なのだが。
そして「4本の石棒の並置」の意味については、筆者の「横倒しになった」という「放置物」理解と「並置された状態こそこの大形石棒の一つの利用のされ方なのではないか」という私の立場とでは、大きな隔たりがあることも確認された。
「置かれていない」「保管物」という主張が、最後まで腑に落ちない訳である。

緑川東のSV1を主題とするという準備中の「別稿」(224.)に期待したい。
抜き刷りの御恵与、有難うございました。


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