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田中2015『考古学で現代を見る』 [全方位書評]

田中 琢 2015 『考古学で現代を見る』岩波現代文庫/ 社会283、岩波書店

「昨年末、大英博物館にはぎ取って移されているアテネのパルテノン神殿の彫像の、ギリシア政府による返還要求を報じた新聞記事を読みました。それまでにも、ベルリン国立博物館にある「ネフェルティティの胸像」やルーヴル博物館の「ミロのヴィーナス」などなど、それら文化財はどこにあるべきか、議論の結論が出ることはありませんでした。かつて先進国に奪われたとされる文化財の返還問題です。朝鮮半島起源の在日文化財の帰属が日韓両国のあいだの大きな問題となっています。」(vii.)

「議論の結論が出ることはありませんでした」と記されているが、「どこにあるべきか」について「考古学で現代を見る」筆者の意見は見当たらない。

1966年から2007年までの42年間にわたって書き綴られてきた35篇の文章を一書にまとめたものである。
その内訳は、66年(1)、72年(1)、79年(1)、80年(3)、82年(1)、83年(1)、86年(1)、88年(2)、89年(4)、91年(2)、93年(2)、94年(2)、95年(3)、96年(3)、97年(1)、98年(2)、99年(3)、01年(1)、07年(1)。
「いまはただその音律のあるところをご理解いただくことを願っています」(viii.)と婉曲的に表現されているが、私にはその「音律」なるものが良く「理解」できなかった。

「日清戦争のときに九鬼は「戦時清国宝物蒐集方法」を提案しています。戦争のときは、美術品などが入手しやすい絶好の機会であると述べています。これを機会に清国から美術品を略奪しようというのです。この提案が実行されたかどうか、わかりません。しかし、文化財略奪は、そのころの人たちにすれば、問題にはならないことだったのでしょう。明治の元勲たちが崇拝したナポレオン、かれはエジプト遠征のとき遺跡を大々的に調査し、エジプト古代文字の解読の最大の手がかりになったロゼッタ・ストーンも持ち帰っています。明治の人たちが追いつこうとした欧米列強はまさにこの種の、いまふうにいえば、文化財侵略をやっていたのです。九鬼が生きた時代、それは問題視されるものではなかったのです。」(84.)

戦時清国宝物蒐集方法」は、5年前の本ブログで、その全文を紹介した。
「この提案が実行されたかどうか」については、日本国内の博物館や美術館に収蔵されている中国大陸由来資料の履歴を調査すれば、容易にわかるだろう。
「文化財略奪をやっていた」のは、「明治の人たち」だけではなく、1912年以降の人たちも行なっていたが、そのことについては言及されていない。
「そのころの人たちにすれば、問題にならないこと」が、すなわち「現在の私たちにとって、問題にならないこと」にならないことも、「考古学で現代を見る」際には当然であると考えるのだが。

書籍腰帯に大きく記された宣伝文句「ロマンもあれば”毒”もある」というフレーズの「毒」とは何を意味しているのだろうか?
文化財略奪の結果である略奪文化財、例えば上野にある「小倉コレクション」が未だに返還されることなく現在も収蔵され続けているということは、「そのころの人たち」だけではなく「現在の私たち」にとっても文化財略奪は「問題にならないこと」を意味してしまうことに留意しなくてはならない。

「父の世代が隠し続け、時には暴力によって捻じ曲げてきた侵略戦争の事実について、知ろうとすることは鬱陶しい。その鬱陶しさは、事実の残虐性から来るものではなく、否認しようとした父の世代の構えから生じている。だが、この鬱陶しさを清明にしない限り、感情の豊かさは戻ってこない。
そして感情の豊かさがない限り、傷ついた人々の話を聞き取る能力は生まれてこない。「従軍慰安婦」問題についても、強制連行による虐待死についても、「聞く」ことの意味を理解できない人々によって、補償するか否か、補償額をいくらにするかのみが議論される。被害者の感情に聞き入ることができているのかどうか、問うていない。
問い、共感できる力があれば、傷ついた人は聞かれることによって、自分の無力な体験を整理し尊厳を取り戻していくことができる。それができないで補償金が話題になれば、被害者はさらに侮辱されたと思う。渡辺義治さんは父親の戦争を知り、父の強張りが自分の感情の流れとどのように関係しているか気付き、その分析を通して被害者の話を聞く力を豊かにしようとしてきた。強さへの拘泥は、こうして次第にやわらいでいくのであろう。」(野田 正彰1998『戦争と罪責』岩波書店:339.)

「日本考古学」の強張りは、いつやわらぐことができるだろうか。


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