SSブログ

松田2013「パブリック・アーケオロジーの観点から見た考古学、文化財、文化遺産」 [論文時評]

松田 陽 2013 「パブリック・アーケオロジーの観点から見た考古学、文化財、文化遺産」『考古学研究』60-2:19-33.

昨年刊行された入門書の著者のお一人が、研究集会で報告されたものである。
第2考古学とも大きく方向性を共有するもので、過日のセミナーでも話題となった。 

「(前略)1970年代以降になると日本の考古学界全体としてそのような議論(考古学の立場から社会政治的な問題に積極的に関わっていくような発言・議論:引用者挿入)は次第に減りはじめ、それと反比例するかのように、考古学を現代の政治問題から切り離して論じる傾向が強まっていく。今日では、考古学と社会との政治的な関係についての論考はかなり少なくなってしまった。」(21.)

こうしたことは、筆者もよくご存じの「世界考古学」の動向とは真逆であり、「日本考古学」が「世界考古学」と断絶している最も大きな論点である。
端的に言えば、「社会的責任の遂行に努力する」と謳う「考古学研究者の全国的組織」が、文化財返還問題を棚上げする理由として「過去の歴史的事実を研究することは可能であるが、様々な現代政治的問題が絡むこと」といった驚くべき認識を表明した点にそのことが表れている。

「例えば、アイヌ考古学においては、これまでのアイヌ史がアイヌ文化の「歴史性」を無視し、そこに無意識のうちに「原始性」を見出していたことを反省・批判し、主体的かつ複雑に変化してきたアイヌの物質文化の理解が新たに模索されている(加藤2010、佐藤2010)。興味深いのは、この模索においてパブリック・アーケオロジーの考え方が導入されていることで、そこでは今日のアイヌの人々自身が受け入れられるようなアイヌ史のあり方が彼らとの対話を通して探求されている。この試みの裏側には、アイヌの物質文化が今日持ちうる意味の多様性、そしてアイヌ史を語ることが現代社会と政治的に密接に関連していることへの明確な意識がうかがえる。」(21.)

「五十嵐会員からは、文化財返還問題は外交及び国際的な問題だけではなく、国内問題で、アイヌ民族の人たちに対する返還問題でもあると考えていると反論があった。田中理事からは、この要望は理事会で決定したものではなく検討事項になっていると説明し、その点を含めて時間をかける必要があると説明した。」(「日本考古学協会第79回(2013年度)総会(抄録)」

「以上の例(陵墓公開運動および考古学とジャーナリズムの関係についての論考群:引用者挿入)に代表される近年の議論・取り組みは、考古学の社会的性格をより幅広い観点から考察する、あるいは批判精神をもって分析していく多義的・批判的アプローチと共鳴するものであり、今後の発展が期待される。日本の考古学の教育・広報活動が世界的に見てもかなり充実していることはすでに述べたが、これに多義的・批判的アプローチが誘発するメタレベルでの考古学と社会の関係の分析を加えていけば、日本はパブリック・アーケオロジーの理論と実践の両面において世界でも有数の先進国になりえる。」(22.)

例えば東京国立博物館では「小学校・中学校・高等学校の児童・生徒のみなさんが、日本と東洋の伝統文化に触れ、歴史を学び、美術を鑑賞するための手助けとなるプログラム」として「スクールプログラム」なる催しを行っている。単に絵巻の取り扱いやお皿作りをするだけでなく、小学校・中学校・高等学校の児童・生徒のみなさんが実際に東京国立博物館に収蔵されている資料、特に東洋館における中国大陸・朝鮮半島由来の資料が、どのような経緯でもたらされたのかを実際に尋ね調べることで、日本の近代史理解が「より新鮮に、より深いものになる」であろう。そして日本のパブリック・アーケオロジーの理論と実践も世界で有数の先進国となるだろう。

筆者は、考古学と文化財、文化遺産との相互関係を論じて、以下のように結論する。
「パブリック・アーケオロジーの観点から見た時のこれからの考古学の課題は、人々の心情に訴える力の大きい文化遺産とどのように付き合っていくかの見極めであるように思える。」(30.)

「文化遺産は現在において過去を称揚・顕彰しようとするもの」(30.)だけではないだろう。
ある観点からは「現在において過去を称揚・顕彰しようと」した<もの>(例えば、戦利品として広場に建てたオベリスク、博物館の庭に建てた朝鮮半島の石塔、国立博物館に展示されている朝鮮王の兜など)が、ある観点からは「いまに継続する植民地時代の負の遺産をともに検討・反省し、未来への方向性を論じる」(若林邦彦ほか2013「第8回世界考古学会議(WAC-8)京都開催について」『日本考古学』第35号)<もの>にもなる。
そうした様々な<もの>の見方を学ぶということが、パブリック・アーケオロジーの「多義的・批判的アプローチ」ではないのか?

第2考古学の観点から見た時のこれからの「日本考古学」の課題は、文化財返還問題とどのように付き合っていくかの見極めであるように思える。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0