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ある新たなミドルレンジ研究 [考古記録]

「現在から過去へという面と、静態から動態へという面で、検出された考古学的記録(archaeological record)のパターンを、当時の人間行動という脈絡に変換していく方法論が必要になるとされ、そのための方法論体系をミドルレンジセオリーと名づけた。」(阿子島 香1999「ミドルレンジセオリー」『用語解説 現代考古学の方法と理論Ⅰ』:179.)
「ミドルレンジセオリーは、考古学的記録と文化システムの動態との間の関係をめぐる理論なので、それゆえに、その両者をともに観察できる現場において、論を組み立てていくという立場をとる。そのような条件を満たす3分野が存在し、それらは、民族考古学、実験考古学、そして歴史考古学であるという。」(同:180.)

私もこうした理解に基づき、実験痕跡研究を位置づけた(五十嵐2001「実験痕跡研究の枠組み」)。ところが最近、新たな「ミドルレンジ研究」に関する定義が提出されていることを知った。

「ミドルレンジ研究によるものさしの準備とは、ある行動がどんな結果をもたらし、その結果はどのような痕跡として遺るか、その因果関係のカタログを作ることである。ある人間の行動を「動態」と呼び、その行動の結果遺された痕跡を「静態」と呼ぶ。この両者の関係を矢印で繋いだものが「現在の動態と現在の静態の関係カタログ」である。これに対し、先史時代の範疇で私たちが目にすることができるものは、活動の痕跡たる遺構・遺物のみであり、それは過去の「静態」である。過去の「静態」に、因果関係の判明している現在の「静態」と「動態」の関係カタログを仲介させ、過去の「動態」を説明する。これがミドルレンジ研究を用いた推論の過程の一端である。その結果「ミドルレンジ研究αの枠組みでは、考古資料A(静態)は、Bという行動(動態)の結果遺ったものと解釈できる」と説明されている。」(水沢教子2010「先史時代研究における胎土分析」『信濃』第62巻 第4号:254.)

ここまでは教科書的な説明である。
問題は、以下の「ミドルレンジ研究の分野別事例」という箇所である。
「ミドルレンジ研究におけるカタログの具体的な分野は、民族考古学、実験考古学、歴史考古学、自然科学的関連分野研究などである(第2図)。」(同)
提唱者であるビンフォードが提示した3分野に「自然科学的関連分野研究など」が、新たな「ミドルレンジ研究」の一分野として追加されている。
「ミドルレンジ研究の事例」と題された挿図(第2図)には、「民族考古学の一例」として「ビンフォードによるヌナミウト・エスキモーの行動と装備の関係」(阿子島1983)、「実験考古学の一例」として「石器の平面分布」(阿子島1985)が例示されている。

問題は、「自然科学的関連分野研究の一例」として挙げられている「石器の産地推定」(町田2000他)である。図左には「動態」として「ある露頭から石材を採取する」、図右には「静態」として「石材の特徴 ・肉眼的特徴 ・鉱物組成 ・元素比」が示され、両者は矢印で結ばれている(255.)

「ある露頭から石材を採取する」というのは、「石材の特徴」の原因なのだろうか。
「石材の特徴」というのは、「ある露頭から石材を採取する」という行動の結果なのだろうか。
両者は、因果関係で結ばれていると言えるのだろうか。

「ある露頭から石材を採取する」という行動の結果は、「石材の特徴」ではなく、例えば露頭に残された採掘の痕跡(採掘坑など)なのではないか。
肉眼的特徴・鉱物組成・元素比といった「石材の特徴」は、「ある露頭から石材を採取する」結果ではなく、地質が形成された造岩運動の結果なのではないか。

「つまりこれは結果的に、「Aという露頭で石材を採取する」という動態と、「その結果得られた石材α」という静態の両方が観察できるカタログの完成を意味する。特に重要なことは「その結果得られた石材α」には①肉眼的特徴、②偏光顕微鏡での特徴、③化学組成、という属性が付与され、その属性は考古学とは別個の地質学分野の体系を基礎にしていることになる。そして一連の分析によって緑色岩(変輝緑岩・変質粗粒玄武岩・変質玄武岩・変質含石英玄武岩)は榎田遺跡から最短で500㍍の裏山で採取できることが示された。つまり、このような広域流通を支えた榎田遺跡こそ、全国でまれにみる弥生時代の「原産地直下型」生産遺跡であることが明らかになったのである。この研究事例は、ミドルレンジ研究が循環論を避けるために考古学とは異なる枠組みから作られ、研究者自らが丹念なフィールドワークを行う、という条件にまさに合致し、その論理展開と説明は極めて明示的である。」(256.)

これは単にある遺跡から出土したある石器の石材産地がこれこれである、ということなのではないだろうか。ミドルレンジ研究がどのような「循環論」になるのか文意がよく理解できないが、「研究者自らが丹念なフィールドワークを行う」かどうかは、「静態と動態の因果関係のカタログ作り」というミドルレンジ研究の枠組みとは全く別次元の問題である。
もし石器石材の産地分析がミドルレンジ研究に該当するのだとしたら、その他の自然科学分析、例えば花粉分析から動物骨同定、テフラ分析、樹種同定に至るまで様々な自然科学分析がミドルレンジ研究ということになるのではないか。これは一大事である。
このことを当のビンフォードが知ったら、どのような反応を示すだろうか。

心配なのは、本論が博士学位論文の一部として東北大学に提出され受理されたらしいことである。そしてその主査は日本におけるミドルレンジ研究の主導者である阿子島氏と思われることである。これは、影響力甚大である。

本題である胎土分析についても、幾つかあるが一つだけ。
本ブログでも言及した大屋2005「土器類の産地推定についての基礎的検討」【2006-3-28】に関する言及がないのが門外漢ながら解せない。そこでは、「在地-搬入二分論」についての重要な提言がなされている。2005年以降に胎土分析研究について述べる際には、決して欠かすことのできない業績と確信しているのだが。


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