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「戦時清国宝物蒐集方法」 [近現代考古学]

「第一 本邦文化ノ根底ハ支那朝鮮ニ密接ノ関係ヲ有シ我固有ノ性質ヲ明ニスルニ於テモ是等ト対照スルノ必要アリ故ニ大陸隣邦ノ遺存品ヲ蒐集スルハ学術上最大ノ要務ニ属セリ

第ニ 本邦ハ実ニ東亜ノ宝庫ト称スヘキモノニシテ支那朝鮮歴代ノ古物ニシテ本国ニ亡ヒ我ニ存スルモノ夥多ナリ今一層之ヲ充実スルニアラハ東洋ノ宝物ハ其粋ヲ本邦ニ鐘集完成スルニ至ルヘシ以テ国力ニ誇ルヘク以テ東洋学術ノ本拠タルヘク以テ国産ヲ雄進スヘシ是レ実ニ国光ヲ発揚スル所以ニシテ平時ハ勿論一切ノ好機会ヲ利用シテ其実行ヲ計ラサルヘカラス

第三 戦時蒐集ノ便ハ平時ニ於テ到底得ヘカラサル名品ヲ得ルニ在リ

第四 戦時蒐集ノ便ハ平時ニ比シテ極メテ低廉ノ価格ヲ以テ名品ヲ得ルニ在リ

第五 戦時蒐集ノ便ハ平時ニ比シテ重量ナル物品ヲ運搬スルノ方法アルニ在リ

第六 戦時蒐集の要ハ名品ノ滅亡ヲ防クニ在リ戦争ノ宝物ヲ破壊堙滅セシムルハ何レノ国ニ於テモ然リト雖モ古来支那ヨリ甚タシキハナシ名器ノ保存ハ世界ノ為メニモ必要ナレハ戦時蒐集ハ此点ニ於テモ最モ有益ナリ

第七 戦時蒐集ハ平時ニ於テ行フヘカラサル探検ノ便利アリ

第八 戦時ニ於テ名品ヲ蒐集スルハ戦勝ノ名誉ニ伴テ千歳ノ紀念ヲ存シ大ニ国威ヲ発揮スルニ足ル

第九 買収ノ取扱ヲ慎重ニスルニ於テハ戦時ノ蒐集ハ毫モ国際公法ノ通義ニ戻ル所ナシ」

ここまで自らの欲望をあからさまに示した文章も珍しい。
侵略考古学の原点に相応しい文章と言えよう。

作成日時は、1894年。
作者は、九鬼隆一(1850-1931)。
作成時は、宮中顧問官兼帝国博物館初代総長を務める。
2年後には、功績により男爵を授けられて華族に列せられる。

勿論、こうした考えは、この時になって急に成立したわけではなく、それ以前からの構想が時を得て表面化したわけである。またこうしたガイドライン(指針)は、これ以降消滅したわけではなく、20世紀前半にかけてさらに露骨に実現されていったことは歴史の示す通りである。
問題は、現在の私たちがこうした考えをどのように評するのかという点にある。

「図書を略奪され、文化を破壊されたという記憶は個人が持つのみではない。それは傷つけられた学問・科学そのもののなかに、学問の不均等発展として刻み付けられ、そのような形で他ならぬ学問や科学自身が記憶し続けるのである。
日本軍が中国の大学を焼き、図書を奪ったという事実が中国の文化にえぐりつけた傷痕も未来にわたってながくながく消えることはないだろう。焼いたものは金で返し、奪ったものは現物で返せば、それでもう罪は消えた、というようなものではないことは明らかである。戦争の残痕はそれほどまでに深いものであり、国は一時期の施政者の方針によって軽々に兵を外国へだすようなことを計ってはならない。
侵略国が負うべき文化的精神的破壊の罪について、統制を司った者や軍議に参画したり、御前会議に席を列ねた者たちは考えたことがあったであろうか。自国民の精神的苦悩については、どうだろうか。
戦争の悲惨は侵略国にとっても被侵略国にとっても回復不能であるところに、その真の悲惨さの故がある。
しかし、それでもなおわれわれは、中国やアジア諸国の文化と学問を破壊したことに対して、償おうとしなければならないのである。」(松本 剛1993『略奪した文化 -戦争と図書-』岩波書店:269-70.)


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アヨアン・イゴカー

確かに博物館、美術館などにあるものを戦争の被害から守ることは非常に重要です。しかしその戦争が仕掛けられたものである場合、侵略国の学者にとって実に都合のいい理屈になっています。こういう理由を付けられて、安い値段で、国の宝物が奪われた訳ですね。

by アヨアン・イゴカー (2010-02-28 22:36) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

コメントありがとうございます。
要は、「坂の上の雲」とやらと同時代に要職にいた指導者が、国家戦略として言わば「盗人の論理」を公言しかつ勧めていたということです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2010-03-01 22:01) 

六甲川人

まず、たびたび、簡単な質問ばかり先生に質問して、大変申し訳ありません。
本文にご引用された「戦時清国宝物蒐集方法」の内容は出典はどこになりますしょうか。
お忙しい所、よろしくお願い申し上げます。

六甲川人より
by 六甲川人 (2019-05-07 17:50) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

お尋ねの件、私は以下の文献により知りました。
他にもあるかと思います。
中塚 明1968『日清戦争の研究』青木書店:240頁
松本 剛1993『掠奪した文化』岩波書店:40頁

by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2019-05-09 09:02) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

原典は、「斉藤実関係文書」(国会図書館憲政資料室所蔵)のようです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2019-05-09 09:07) 

六甲川人

ご教授していただき、誠にありがとうございます。

本日、早速国会図書館憲政資料室を訪ねました。

斉藤実関係文書の膨大さにびっくりしました。入館時間が遅いので、まだ「戦時清国宝物蒐集方法」にはたどりついてませんでしたが、意外に酒寄先生の「「唐碑亭」すなわち「鴻臚井の碑」をめぐって」に引用された「戦後写真(旅順口)16枚」に出会いました。

また、次回訪ねる際に見つけるように頑張ります。

以上、ご教授のお礼を心から申し上げます。

六甲川人より


by 六甲川人 (2019-05-11 18:31) 

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