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佐藤(啓)2009「物質と時間」 [論文時評]

佐藤啓介 2009 「物質と時間 -痕跡としての物質性-」『美術フォーラム21』第20号(特集:物質性/マテリアリティの可能性) :122-126.

「第6回準備会報告」【009-11-12】末尾にて告知した論文、鈴木公雄、黒尾和久両氏に続き3度目のダブルである。

「以下では、この「物質が時とともに変化する」という性質を、「物質がもつ時間性」として理解した上で、この世界を痕跡と物質として捉えることで立ち現れてくるイメージを提示してみたい。それが、作品、とりわけ造形作品を構成する物質性を考える上でも、一つの示唆となることを期待したい。そして、こうした考察を推し進める上での視点として採用したいのが、「考古学」という分野 ―正しくは、その分野に働く構想力― である。というのも、物質の経年変化に鋭敏な学問の一つが、考古学だからである。」(122.)

それにしても、考古学という学問が存在する理由、目的、役割とは何だろうか?

代表的には例えば、以下のような言明。
「どうして過去を思考の対象にするのか。それは、私たちの生きている現代社会が営々と繰り返されてきた過去の延長にあるから、そして現代の積み重ねの彼方にしか未来はない、というあたりまえの事実にもとづく。だから現代を肯定するにしても、否定するにしても、よりよく知りたいと思えば、いまにいたる道筋を探求するのが一つの方法になる。ここに、ものごとを因果論的に考える歴史学(考古学)が成立する根拠がある。つまり、<結果としての現代の原因を過去に探るのが歴史学>で、考古学もそうなのは言うまでもないことだ。」(広瀬和雄2007「考古学とはなにか」『考古学の基礎知識』:18.)

最も広く人口に膾炙している「温故知新」説である。これ自体は、何の問題もない。正に「第1考古学」的には、その通りである。
しかし問題は、考古学が存在する目的、意義は、果たしてそれだけなのだろうか、それだけでいいのだろうかという点にある。 

「要するに、時間のなかで物質にのこされる痕跡は決して一つではない。考古学的構想力をとおして物質そのものを痕跡として捉えると、そこにのこされた重なりあう無数の痕跡が見えてくる。さらにいえば、そもそも世界全体が、痕跡が積もり重なった状態だとさえいえる。」(124.)

キーワードは、論題にも掲げられてある通り、物質、時間、痕跡である。この3者の相互関係を問うのが、「考古学的構想力」であるとの明確な表明である。
果たして、考古学という学問は今まで世界をどのように見ていたのか?
そしてここで提示された考古学特有とされる構想力をもって世界を見れば、どのように見えるのか?

「こうして、一つの物質に痕跡が時間的に重層連鎖するだけでなく、一つの痕跡をはさんで物質がポジ‐ネガ関係で空間的に並列連鎖しあう二次元的な関係が見えてくる。そして、考古学的構想力にとって、物質、そして世界がすべからく痕跡であるとするならば、世界とはそうした時間と空間の関係からなる痕跡と物質の連鎖なのである。」(124.)

形成過程、パリンプセストといった「時間的重層連鎖」と痕跡を媒介としたもの同士の「空間的並列連鎖」という2種類の連鎖ネットワーク。

「ここで最後に、世界全体を痕跡としてみる考古学的構想力をもう一度働かせてみよう。すると世界は、多重な痕跡と物質の時間的・空間的な連鎖、しかも、その連鎖自体のうちに、痕跡を持続させ残存させ拡大(し)ようとする運動を秘めたものとして現れてくる。」(125.)

単なる「ものに表わされた時間的変化」ではなく、「現代の原因を過去に探る」だけでもなく、痕跡を通じて過去に存在しかつ現在に存在しない物質の時間性と空間性を構想する。

うーん、「アフェクト」するなぁ~。

「人を触発し、人から触発され、相互に刺激を与え合いながら、今度はその刺激でもって自己をも触発してゆく。肯定的な刺激を与え合うことで、自分たちでも予想しなかった力を発揮することだって珍しくない。逆に否定的な刺激によって誘引し合い、ただ堕ちてゆくだけの集団もあるだろう。今は善し悪しが問題ではない。ある特別な絆で結ばれた集団には、相互触発と自己触発とが渾然一体となり、彼ら一人一人では想像すらし難い水準に到達する力が具わっているものだ。奇跡的なプレーは、メンバーが互いを信頼しさえすれば生まれるという単純なものではなく、メンバー間の相互触発と個々のメンバーの自己触発とが共振し、その共振の中から途方もない此性に到達し得て、初めて生まれるものなのである。」(澤野雅樹2009『ドゥルーズを活用する』49.)

美術雑誌という舞台で、哲学者がレヴィナスとハイデガーを踏まえて、考古学が有する新たな可能性について論じる。ここにこれからの考古学という学問の歩むであろう一つの道筋が、鮮やかに指し示されている。


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