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第5回 準備会 [セミナー]

文化財保護法(1950年5月30日法律第214号 最終改正2007年3月30日法律第7号)
第六章 埋蔵文化財
「第九十三条 土木工事その他埋蔵文化財の調査以外の目的で、貝づか、古墳その他埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地(以下「周知の埋蔵文化財包蔵地」という。)を発掘しようとする場合には、前条第一項の規定を準用する。」
「第九十六条 土地の所有者又は占有者が出土品の出土等により貝づか、住居跡、古墳その他遺跡と認められるものを発見したときは、第九十二条第一項の規定による調査に当たつて発見した場合を除き、その現状を変更することなく、遅滞なく、文部科学省令の定める事項を記載した書面をもつて、その旨を文化庁長官に届け出なければならない。」(下線引用者)

93条では「埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地」という同じ単語が二度も繰り返されるような冗長句が用いられているのに、96条では一転して「遺跡」なる慣用語に置き換わってしまう。
あえて置き換える理由とは何か? まさか例示されている「貝づか、古墳」が「包蔵地」に相当し、これらに「住居跡」が加わると「遺跡」になるというものでもあるまい。
96条の「遺跡」の箇所に「埋蔵文化財包蔵地」を挿入しても何の問題も生じない。
両者の使い分けの基準が理解できない所以である。

このように法律用語として制定されたはずの「包蔵地」と一般社会での慣用語である「遺跡」が言い換え可能な如く、無原則に用いられている。このことは、以下のように法律の専門家の文章によっても確認される。

「埋蔵文化財保護制度はその規模・範囲が全く(あるいは部分的にしか)わからないものを保護対象としており、保護措置としては埋蔵文化財そのものではなく、包蔵地(遺跡)に対するものが大部分をなしている。」(椎名慎太郎1977『精説 文化財保護法』:219.) 

「行政上の包蔵地は、実線で囲むことを余儀なくされている。その「実線性」が、ここで言う「包蔵地」概念の肝であろう。
「遺跡」と「周知の包蔵地」は、最初から次元が異なる概念なのだ。
(中略)
「包蔵地」は、遺跡概念から離れては存立し得ない。遺跡概念に依拠しながらも、拘束されない。自律的でありながら、依存的でもある。「包蔵地」は「遺跡」概念との関係を意図的に曖昧にしているのかもしれない。混同は(明言はされまいが)歓迎される。」(marginBlog「包蔵地の実線性」【2009-04-23】)

なぜ「包蔵地」と「遺跡」という用語は、「意図的に曖昧に」されているのか?
なぜ両者を混同したままの状態が、「歓迎される」のか?

「「遺跡」という言葉が、そのまま歴史を物語る上でのイコンになっているように思われます。遺跡をイコンと置き換えても文章が通用するし、イコン同様(あるいはそれに似て)、遺跡(や遺物)にはアウラ性もある。(中略)実際には「周知の埋蔵文化財包蔵地」を図示している地図なんだけど、その意義を端的にメッセージとして伝えるには、「遺跡」という言葉を使うのは、常套的であって、うまく「はまる」手だという事でしょう。」(同【2009-04-25】コメント)

一般市民向けに書かれた解説書やパンフレットなどならまだしも許されもしよう。しかし「文化財保護法」という日本の文化財行政の根幹を規定する基本法において「うまく「はまる」手だという事」といったことで混同が許されていいはずがない。仮にもしそうだとしても、考古学という学問上の見地からも、こうしたことがいつまでも放置されていいはずがない。

〔提言〕
1:文化財保護法第6章をはじめとする公文書に関する書き換え(「遺跡」→「包蔵地」)を提起しよう。
2:地方自治体で慣用されている「遺跡地図・遺跡台帳」を本来の「包蔵地分布図・包蔵地台帳」に改めよう。

〔まとめ〕
1:文化財保護法など「包蔵地」と「遺跡」という用語が安易に言い換え可能である「日本考古学」の現状を明確に認識すること。
2:行政・法律用語としての「包蔵地」(区切られること=実線性が要件)と学問的考古学用語としての「遺跡」(遺構・遺物などの考古資料の存在様態によって認定)という次元が異なるが故に言い換えが不可能であるという原理的な認識を広く共有すること。

こうした原理原則を体得して初めて、「なぜ同じ<遺跡>は重複するのに、異なる<遺跡>は重複することがないのか?」という<遺跡>問題に関する基本的な疑問を解く道筋が得られるだろう。


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コメント 5

tomio

伊皿木さまももしかして気付かれたかもしれませんが、保護法での「遺跡」は、いわゆる遺跡を意味しません。「文化在保護法の埋蔵文化財の章においては、「遺跡」は、むしろ通常の用法における「遺構」に近いものを指している」(『文化財保護の実務』(上)137頁)  ここら辺のずれは、保護法成立当時(1950年)の「遺構」、「遺跡」の用法までさかのぼってみなければならないような気もします。以前の議論をまったくフォローしてませんので、ごめんなさい。
by tomio (2009-09-03 09:03) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

「tomio」さん、ご教示ありがとうございます。
早速当該文献を取り寄せて検討したいと思います。それにしてもご指摘の通りだとしたら、驚くべきことです。なおさら「文保法「遺跡」用語書き換え運動」を推し進めなければなりませんね。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-09-03 20:52) 

arm

93条は工事で掘る前だから、可能性としての包蔵に関わる状態。96条は掘って現物(遺構・遺物)証拠が露呈した状態。という違いがありますね。まあ元々(定義上)、遺跡=遺構・遺物という置換が可能ですし。その前提にたつと、遺跡論は遺構論か遺物論(あるいは両者の合体)でしか、ありえなくなる(いや、文化遺産論は残るか)。
by arm (2009-09-04 00:46) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

「arm」さん、ご発表ありがとうございました。
93条が事前(「・・・しようとする場合」)で、96条が事後(「・・・を発見したとき」)というのは分かりました。問題は、これらがそれぞれ「包蔵地」と「遺跡」という用語と結びついているのかどうかという点です。もし結びついているのなら、そのことが明記されているのは何処なのでしょうか。もし明記されていないとしたら、そのことをどれだけの人が明確に認識しているのでしょうか。そしてそうした曖昧な状態を「はまる手」ということで、いつまでも曖昧にしたままでよいのでしょうか。どうしてこうした根幹的な事柄が表立って議論されないのでしょうか。
私たちが向き合わなければならない相手が、段々にはっきりとしてきたような気がします。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-09-04 19:50) 

haya

文化財保護法における「遺跡」概念を問うのであれば、埋蔵文化財関係以外の条文も読まないと。
by haya (2009-09-06 20:07) 

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