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第4回 宣言記念日 [雑]

「ルイス・ビンフォードは、ニュー・アーケオロジーが生まれて間もない時期に、次のように述べている。「私たちが過去を知る上で出会う実務上の限界は、考古学的記録の本質に内在しているのではない。限界は、私たちの方法論の甘さにあり、考古学的遺物と、過去のプロセスや出来事に関する仮説との関係を決定する原理を発展させていないことにある」。確かにビンフォードの言うとおりだったが、今では、限界は彼の言う関係だけでなく、認知的な領域にもあったことが、はっきりとわかっている。」(コリン・レンフルー(溝口孝司監訳、小林朋則訳)2008『先史時代と心の進化』:304-5.)

「方法論の甘さ」は、「彼の言う関係」すなわちミドルレンジセオリーだけでなく、そしてレンフルーの言う「認知的な領域」だけでもなく、「日本考古学」の場合には「第2考古学的領域」にも、より正確に言えば「第2考古学的領域を認知できない枠組み」にあったことが、はっきりとわかっている。

第2考古学会議 第5回準備会のお知らせ
日時:2009年8月29日(土) 午後2時~5時
場所:日野市勤労青年会館 和室(JR中央線豊田駅北口徒歩1分)
内容:水山昭宏氏「周知の埋蔵文化財包蔵地をめぐる「周知」と「周知化」を考える」

「周知の埋蔵文化財包蔵地」略して「包蔵地」なる存在が、日本の埋蔵文化財行政そして「日本考古学」を根本から規定している。このことを正面から見据えない限り、どのようにして「包蔵地」が成立するのか、範囲決定の仕方、拡大や縮小の根拠(法的、考古学的)、 接する「包蔵地」の実態はどのようなのかといったこと(<遺跡化>の過程)を明らかにしない限り、「日本考古学」はいつまでたっても基盤が定まらない、不安定要因を抱えていくことになりはしないか。
曖昧に「包蔵地」を「遺跡」という言葉に置き換えている限り。
本来は「包蔵地分布図」なのに、慣習的に「遺跡地図」と詐称し続けている限り。
「包蔵地」も<遺跡>も、あるいは「旧石器的文化層」も「石器群」も、あるいは「東京考古」も「日本考古学」も、存在する実体ではなく、私たちの「まなざし」によって切り取られた存在であるということをはっきりと認識しない限り。

<遺跡>をめぐる問題すなわち「日本考古学」が内包する問題を前向きに考えようという方なら専門家でもそうでない方でも誰でも歓迎です。
一人でも多くの方々と意見を交わし、自らの認識を明確にし、錯綜した現状を少しずつ解きほぐしていきましょう。

4年目の記録(2009年8月24日現在:[対前年比])
総記事数:490[+55]
カテゴリー別記事数:遺跡問題36[+1] 痕跡研究57[+4] 論文時評64[+9] 捏造問題23[+0] 石器研究19[+3] 考古記録26[+1] 雑62[+13] 総論53[+5] 近現代考古学42[+1] 拙文自評12[+2] 考古誌批評12[+2] セミナー26[+4] 全方位書評42[+8] 研究集会15[+3] 
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コメント総数:586


タグ:<遺跡>
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秋の空

すばらしい談話会が29日にあるようですね。参加したいのですが、遠路でいけません。できましたら議論要点を、この場で披露いただき、五十嵐さんのコメントを付していただければ幸いです。
行政上の包蔵地、包蔵地の認識階級、遺跡、活動痕跡、とても興味があります。古くは横浜市史?で甲野勇先生?だったかが、集落から道、海岸までを描写されていたとかすかな記憶がありますが、それらをどう考えるかですよね。行政的措置としての保護規制(記録の強制・あるいは保存)と学問的領域における遺跡の認識(あるいは認識レベルの階級)は、あるものと考えます。しかし、その溝を限りなく埋めることができ、学問的領域認識で保護措置が可能になれば、この上ないことです。その場合の記録保存に掛かる費用負担の財源確保をどうするかですね。私は、現在の民間原因者負担の総額を考えると、全額国費で対応するべきと考えます。そして、明確に環境アセスあるいは文化アセスの領域で、歴史的環境の保護措置を成文化するべきと考えます。一番気に掛かる事は、開発範囲に対して「試掘」を行わない自治体が多い現状であり、それにバラツキがある事実です。これでは、基本的な行政バランスが崩れています。その打開がひつようと田舎から見つづけています。すいません。長文になりました。活動を応援している鄙の考古学大好き人間でした。昔の名前を忘れています。

by 秋の空 (2009-08-26 05:51) 

五十嵐彰(伊皿木蟻化)

ようこそ、「秋の空」さん。遠方からのご支援ありがとうございます。
私は他の学問のことは余りよく知りませんが、考古学という学問ほど、「行政」というシステムと密接な学問は、余りないのではないかと思っています。しかし考古学サイドから行政システムとの相互関係を問うような積極的な学問的問いかけが余りにも無さ過ぎるのではないかとも思っています。かつて「埋蔵文化財行政研究会」という組織がありましたが、私から見ると余りにも行政サイドに軸足が置かれすぎているという印象がありました。そして行政的な諸問題に関与することなく、純学問?的に考古学を研究しようとする人々にとっての拠り所が「編年研究」という名の「第1考古学」だったような気がいたします。しかしそうした人々にとっても、学問的な根幹、基礎概念は、誰もが漠然と想定していた<遺跡>なるものに置かざるを得ないのであり、その曖昧さ、行政的概念である「包蔵地」との密かな同一視こそが、考古学と埋文行政との相互関係から目を背けてきた「第1考古学」を揺るがす"Vital Point"(核心部分・急所)である、というのが<遺跡>問題の見立てです。
by 五十嵐彰(伊皿木蟻化) (2009-08-26 12:20) 

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