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大量埋葬地論 [近現代考古学]

東京・新宿の高麗博物館にて、「特別展示 海南島で日本は何をしたか -戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍『慰安婦』-」が開かれている(2006年5月17日から7月16日まで:新宿区大久保1-12-1第2韓国広場ビル7階)

「特別企画展を開催するに当たって
昨年の8月、高麗博物館では「朝鮮人戦時労働動員(強制連行)を考える」と題した企画展を開催しました。今回はその海外版として、日本占領下の海南島における朝鮮人強制労働・虐殺を中心とした企画展を開催します。「海南島」の特色は、朝鮮半島各地の刑務所に収監されていた受刑者が動員されたことと多くの人たちが虐殺されたことです。今リゾート地として脚光を浴びている海南島で起きた朝鮮人強制労働・虐殺の悲劇に蓋をすることなく、掘り起こすことによって、和解と新しい関係構築の道を探り、同時に、日本の歩むべき道をさがしたいと思います。この企画展は、「海南島」について長い間現地調査を続けてこられた「紀州鉱山の真実を明らかにする会」からの快い資料提供により可能となりました。」(案内チラシより)

5月20日(土)午後2時~4時、佐藤正人さんが「紀州鉱山への朝鮮人強制連行と海南島での朝鮮人虐殺」と題して、調査の報告をなされた。私も求められて簡単なコメントを述べた。

 遥か昔の事柄を専ら調べていたある意味「浮世離れ」していた旧来の考古学から、近現代そして同時代の考古学、すなわち「近い過去」を対象とする考古学へと考古学イメージそのものが変容しつつある、ということ。
 そうした近現代考古学は、研究主体と研究対象が重なり合うという点で、従来の「先史的考古学」と決定的に性格が異なるということ。
 近現代考古学は、「浮世離れ」どころか現実の政治状況・国際関係の相克の真っ只中に位置するということ。
 そこでは、研究主体(調査者)の歴史認識が鋭く問われざるを得ないということ。
 「海南島の大量埋葬地」については、中国人・朝鮮人・インド人といった民族差別と共に、受刑者・囚人・未決囚といった「囚人差別」も複合していたということ。
 それは、現在のグアンタナモ(Guantanamo)やアブグレイブ(Abu Ghraib)に繋がっていること、などなど。

 「周知の通り、我々は明治初年に於ける北海道集治監の歴史を持ってゐる。更に遡れば、徳川時代の佐渡に於ける水替人足や常陸に於ける寄場人足の歴史がある。今日の外役作業は、これらの歴史を遥かに越えた雄大なる構想の下に行はれねばならぬことはいふまでもない。從つて、その完遂の為には、先人が拂つた勞苦の幾倍かの困難に打ち勝たねばならぬことは當然である。我々は、深くこの歴史を顧み、そこから深甚の教訓と激励を興へられつつ、金剛不壊の決意を以て、行刑に於ける世紀の轉換を推進せんとする次第である。」(治刑編輯部1943「第二次南方派遣報國隊」『治刑』第21巻 第6号:p.35)

考えれば考えるほど、「海南島の大量埋葬地」の特性が明らかになってくる。

「遺骨を「発掘」することは、犠牲者から聞きとりすること。犠牲者の生涯を尋ね、尋ねる自らの生涯を問い返すこと。」(佐藤正人氏2006年5月20日配布資料より)


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