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16 同時代過去の考古学 [近現代考古学]

Chapter 16 The archaeology of the contemporary past.(L.Olivier(trans. by V.Grieshaber):175-188.

L.オリビエール氏は、フランス・サン=ジェルマン=アンレイ国立古代博物館所属である。

冒頭、C.ランツマンの『ショアー』におけるシモン・スレブニクの言葉が引用されている。
「見分けがたくなってしまったが、でもここだ。
ここで、人間を焼いていたのだ。
大勢の人間が、ここで焼かれた。
そう、たしかにここだ・・・
それを物語ること(raconter)は、できない。
だれもここで起こったことを想像すること(se representer)は、できない。
そんなことは、不可能だ。
だれもそのことを、理解できない。
わたし自身、いまでも・・・」

ポーランド中西部ヘルムノ、40万人の男女・老人・子供を虐殺した絶滅収容所で、ガス室における殺人と死体処理を担当したユダヤ人労働班に所属していた13才の少年。美しい歌声ゆえに例外的に末期まで生き残り、解放直前における「最後の処刑」においても、うなじに打ち込まれた銃弾がわずかに急所を外れたために奇跡的に生き延びた生還者の証言。

私たちは、同時代過去の考古学を直視することが出来るだろうか?
そしてもし出来るというなら、どのようなコンテクストにおいて可能なのだろうか?
考古学という学問の特性とは、何なのか?
そして、考古学という営みとは、どのようなものなのか?
その根幹をなす素材と情報には、どのようなものが含まれるか?
こうした問いかけは、考古学がこれまで構築してきた因習的な行為や状況に対して疑問を突き付け、これまでの権威が前提としてきた事柄を覆す(p.175)

こうした疑問に少しでも答えるために、筆者はアルゼンチンやクロアチアの大規模墓地(mass grave)、アウシュビッツ(Auschwitz)における修復作業、フランスはオラドゥール=スュル=グラヌ(Oradour-sur-Glane)の保存作業について述べる。

連合軍のノルマンディー上陸から4日後、1944年6月10日、フランス南西部、パリとボルドーの中間、リムーザン地方リモージュ(limoges)郊外に位置するオラドゥール=スュル=グラヌという小さな村に、ドイツ・ナチス親衛隊ダスライヒ師団(Das Reich SS Division)所属の一部隊が襲撃、村人642名(内女性245名、子供207名)を虐殺した。

オラドゥールは、1946年に国家歴史記念物に指定され、破壊・虐殺の現状をそのまま保存し、近くに新たな町(new Oradour)が建設された。
「オラドゥールは、この国で何が起こったかということの象徴である。記憶を修復し保存することは、現在に生きる我々として、共に留まらなければならないことなのだ。こうした<遺跡>は、我々全員に対して共通の何かしらを有している。こうしたことは、フランスの何処においても二度と再び起こしてはならない。」ド=ゴール(De Gaulle:p.182)

1944年の時点の破壊の現状をそのまま保存するといっても、様々な困難がある。人が住んでいても、経年劣化に応じて、補修・修繕が必要である。人が住んでいない廃墟を廃棄時点で、すなわち「あの日のままに」保存しようとするなら、その困難は数倍にもなる。

オラドゥール・プロジェクトは、ある意味で近い過去(recent past)の新たなポンペイのイメージを作り出す試みともされる(p.185)。
近い過去といえども、その表象には様々な装飾や付加価値がまとわり付いていく。

「デズルトー医師の車」(Dr Desourteaux's car)というのがある。1944年6月10日、デズルトー医師はSSによって町の広場で停車を命じられる。彼はそこから連れ去られ、村の男たちと共に殺された。
町の広場に、赤錆びたワーゲンタイプの車が放置されている。この残骸(carcass)は、デズルトー医師という個人名と結び付けられ、悲劇の象徴的な光景となっている。
しかし、実際はこの車は、デズルトー医師のものではない、という。実際の彼の車は、彼の兄弟が事件の後に家に持って帰ってしまったという。そして「デズルトー医師の車」として展示されているのは、酒屋の車だったという(p.185)。

過去を集合的に組み立てるという作業(The collective fabrication of the past)。
同時代過去が展開する場面においては、従来の伝統的な考古学が常としてきた主体と客体の分離が疑問に付される。すなわち、現在に依拠する観察視点(the point of observation)と過去を構成する観察領野(the field of observation)の融合(p.180)。

現地には実際の博物館があるようだが、デジタル上にも立派な博物館がある(現在、アンネ=フランク特別展を開催中)。
海南島との対比に、目が眩む。


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