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尾田2019「武蔵野台地における後期旧石器時代初頭の編年と行動論」 [論文時評]

尾田 識好 2019 「武蔵野台地における後期旧石器時代初頭の編年と行動論 -武蔵台遺跡の分析を中心に-」『旧石器研究』第15号:107-122.

「本稿では、武蔵台遺跡療育センター地点から出土した資料を分析対象に取り上げ、遺跡形成過程を分析し、その結果を踏まえて立川ロームⅩ層の石器群が層位的・編年的に区分しうることをあらためて確認した。そして、それらの石器技術と居住形態が、武蔵野台地と周辺の資源環境や集団間関係に応じて変化した可能性を指摘した。」(119.)

「区分しうること」の根拠は2点、ファブリック解析とサイズ・ソーティングの検討である。
前者のファブリック解析では「ブロック1・2と周辺」出土の35点の分析試料を出土標高の中央値で「下位試料群」(16点)と「上位試料群」(19点)に区分して、シュミットダイアグラムなどの分析結果が示され「ファブリック解析の結果のみでは、上位と下位の試料群を分離できるかどうか、評価は難しい」(115.)とされた。

すると本論の成否は、サイズ・ソーティング、それも黒曜石製石器の重量に関する評価にかかっていることになる。以下が、その一文である。
「図5にブロック1・2・周辺から出土した黒曜石・非黒曜石石器の重量の度数分布を示す。黒曜石製石器は6g以下が多いものの、15~20gもある。非黒曜石製石器も6g以下が多く、それより重いものは漸減する傾向にある。これらの中央値は6.2gである。それより軽いものを軽量な石器、重いものを重量のある石器とすると、黒曜石製石器には軽量のものだけでなく、相対的に重いものも含む。」(113.)

本論では、「ブロック1・2と周辺」から出土した黒曜石製石器は一貫して8点とされている(表1・図5など)。しかし原報告(東京都埋蔵文化財センター調査報告 第334集『武蔵台遺跡』第1分冊 2018)では、本文(48.)も表(219.)ともに9点となっている。
どちらが正しいのだろうか?

著者に確認したところ、原報告第17図-14(8.7g)は「ブロック1・2と周辺」の出土ではないとのこと。
「ブロック1・2と周辺」として示されている原報告第17図-14を転載している本論図11-3も訂正されるとのこと。
1群全体で数百点の出土があるチャートや凝灰岩ならばともかく、本論の焦点である僅か10点の黒曜石である。それも本論の基本となった原報告の誤りである。

問題は「ブロック1・2と周辺における出土石器の重量の度数分布」と題されたヒストグラム(図5)である。グラフに示された「凡例」では、「非黒曜石(n=130)/黒曜石(n=8)/(100g以上を除く、n=3)」とされている。しかし原報告の第53表(219-244.)では、「ブロック1・2と周辺」における「100g以上」は14点ある。3点あるのは「1000g以上」である。

この点も著者に確認したところ、図5で総数として表記されている141点(130+8+3)は実は誤りで、実際は13点の礫塊石器を除いた128点とのことである。本論の要となる挿図における基本データ数の誤りである。

「サイズ・ソーティング」とは、地中に存在するあらゆる形ある<もの>に作用するジオアーキオロジカルな現象である。それならばあらゆるサイズ、あらゆる形の資料を対象とすべきではないか? しかし本論で「サイズ・ソーティングの影響」を検討する際には、大形で重量のある礫塊石器が検討対象から外されている。敲石は外すが斧形石器は含めるといった資料操作の根拠について、丁寧な説明が求められる。「恣意的な資料操作」と言われないためにも。

「…ブロック1・2・周辺では、それぞれの石材の分布に有意な差があり(クラスカル・ウォリス検定;H=14.079、df=3、p=0.0028)、黒曜石製石器がチャートや凝灰岩を用いた石器より上方に位置する。前述したとおり、黒曜石製石器には相対的に重いものが含まれているので、軽いものだけが上方に位置するわけではないと予測される。」(114.)

そして石材別の箱ヒゲ図が示されるのだが(図9)、そこで示された「ブロック1・2と周辺」の階級幅は「-2.2,2.3-6.2,6.3-16.7,16.8-」で中央値6.2を境に区分、「ブロック7」の階級幅は「-3.8,3.9-10.8,10.9-35.2,35.3-」で中央値はおそらく10.8なのだろう。すなわち「ブロック1・2と周辺」の黒曜石資料をブロック7で採用された階級区分に当てはめると、「軽い」:「重い」の比率は6:2となる。さらに1群全体に当てはめれば、どうなるだろうか?

そのほか「ブロック1・2と周辺」の対照資料群とされた「ブロック7」以外の資料も含めて、18.1gに相当する資料が垂直分布域の上半部に存在することはないのかなど、確かめるべき論点は多々積み残されている。「黒曜石製石器には相対的に重いものが含まれている」という場合の「相対的に」という言葉の意味に、私ならずとも一抹の不安を抱かざるを得ないのではないか。どのような「相対」なのかと。

僅か2点の資料で「黒曜石製石器には…相対的に重いものも含む」から「Ⅹ層の石器群は層位的に区分しうる」という結論を導くのは、無理があるのではないか。私は18.1gの石器がⅩ層出土石器群において「相対的に重い」とは思えないのだが。
本当に18.1gの石器がⅩ層出土石器群の中で「相対的に重い」ことを論証するのならば、採用すべき中央値は「ブロック1・2と周辺」の141点ではなく1群全体の1,314点を対象とすべきではないか、ということを直接著者に伝えたのは、今からちょうど1年前のことである。しかし私の意見は受け止められることなく、本論でそうした検討がなされた形跡も確認できない。無力感は、覆い難い。

私の立論の出発点は、本論も重視する「第2次調査」(都立府中病院内遺跡調査会1984)の2枚の分布図にある。すなわち「Ⅹa文化層遺構・遺物分布図」(第57図:111.)と「Ⅹb文化層遺構・遺物分布図」(第74図:126.)は、なぜ同じような分布傾向を示すのか、という点である。
本論の「ブロック1・2と周辺」出土石器群が「層位的・編年的に区分しうることを確認」する際にも、Ⅹ層上部石器群と下部石器群の分布図を示して、相互の分布傾向を確認するのは必須の作業であろう。個人的には、「第2次調査」と同様に大きな違いはないのではないかと考えているが。

「行動論」に至る以前に、解決すべき課題は多い。

最後に本論では、重要な論考が漏れているので補っておく。
尾田 識好2019-2「武蔵野台地における後期旧石器時代の開始 -府中市武蔵台遺跡を中心に-」『多摩地域史研究会会報』第133号:1-9.

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伊皿木蟻化(五十嵐彰)

この機会にもう1つ疑問点を記しておきます。「ブロック1」の中に「礫集中部」が含まれています。原報告での「礫集中部」の定義は「平面的なまとまりを持つ礫・礫片の集合」(33.)ですが、なぜか8点の石器が含まれています。この8点の石器は「ブロック1・2と周辺」の141点には含まれていないようですが、この8点を141点と区別する基準と理由が理解できません。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2019-06-11 08:15) 

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