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過去を否認する強張った感情 [近現代考古学]

「議長から「議案17.その他」についての発言があり、大竹憲昭理事から、会員からの要望事案に関する報告があった。要望事案は二つあり、不法な取引によって輸入された文化財に対する協会の見解と協会各委員会の構成メンバーの開示要求であった。不法な取引については、2010年の第76回総会で同会員から出された同一事案で、理事会で国際交流委員会に委任された経緯がある。事案はユネスコの条約等の国政レベルにおよぶものであり、所有権が絡んでくるデリケートな問題でもあるので、理事会では継続審議と回答した。こうした経緯を踏まえ、理事会でも慎重に進めていくとの説明があった。次に、協会の各委員会構成メンバー開示の要望については、公式サイト等での開示は、一部で委員会の性格上難しい部分があり、総務会で検討した上、7月の理事会に諮って回答すると説明した。
この報告に対して、東京都の五十嵐彰会員から、理事会で総会の審議事項として取上げないとした理由が国政レベルの事案であるとの記載があるが、国政レベルの事案とは何かとの説明が求められた。
これに対して、田中理事が、国政レベルというより、厳密にいうと、国家間のレベルの問題であり、ユネスコの「文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」に則って、外交によって問題を解決する重要性を説明した。五十嵐会員からは、文化財返還問題は外交及び国際的な問題だけではなく、国内問題で、アイヌ民族の人たちに対する返還問題でもあると考えているとの反論があった。田中理事からは、この要望は理事会で決定したものではなく検討事項になっていると説明し、その点を含めて時間をかける必要があると説明した。
ここで、議長から理事会での検討事項として質疑を打ち切るとの発言があり、五十嵐会員からも異議もなく報告事項についての議事はすべてを終了した。」
(「第79回(2013年度)総会(抄録)」 『一般社団法人 日本考古学協会会報』第179号:6.)

「日本考古学協会第79回総会」と題した記事【2013-05-27】で紹介した遣り取りに関する「あちら側」の公式記録である。
「異議もなく」というより、「更に異議を述べる気力も失せ」というのが実態である。 

「この要望は理事会で決定したものではなく・・・」
文意不明である。理事会が、「この要望」を決定するはずもない。
「この要望に対する扱いは」という意味なのか?
後世に残る「公式記録」である。何らかの訂正措置が必要だろう。

「時間をかける必要がある」?
総会の席上で問題が提起されて以来3年という歳月を重ねて、さらに??
この上さらに検討する時間を必要とするのならば、2010年7月10日に開催された国際交流委員会以来3年の間に、具体的にどのような検討がなされたのか、その内実を明らかにすることが求められている。
もしそれができないのならば、今後の具体的な検討日程および最終的な結論を下す期日を示すのが一般社団法人としてなすべき当然の務めであろう。

今回の総会記録によって、一般社団法人 日本考古学協会は、文化財返還問題に限らず「国家間のレベルの問題」については、「外交によって問題を解決する」として、こうした事案については積極的に関わらない、学会としての意見を表明することを先送りするという当面の組織方針を2013年度の理事会が提示したことになる。
全ての日本考古学協会会員が、「考古学研究者の全国的組織として、社会的責任の遂行に努力する」という定款に記された文言との関係を含めて、自らの賛否を明らかにすることが求められる。
当然のことながら、「国際交流委員会」という組織の存続にも直接関わる事柄である。
そもそも様々な様相を呈する文化財返還問題を単純に「国家間のレベルの問題」とみなす理事会の認識自体に、根本的な誤りがあると言わざるを得ない。

「アイヌ遺骨 研究の犠牲 9大学が1635体保管 返還進まず 管理不備 憤る子孫 国が集約化も検討
今年6月、文部科学省が同会議(官房長官を座長にアイヌ民族団体の代表や有識者で構成する「アイヌ政策推進会議」)にした報告によると、個体として確認できた遺骨は、北大1027、札幌医科大251、東京大198、京都大94、大阪大39、東北大20、金沢医科大4、大阪市立大1、南山大1。

アイヌ民族遺骨問題
和人による北海道開拓が本格的に始まった明治以降、旧帝国大学の研究者らが、アイヌ民族の骨格研究などを目的として、道内をはじめ、樺太(サハリン)や千島列島で、土葬された墓地を掘り起こすなどして収集した。
アイヌ民族側からは、一部は無断で掘り起こされた「盗掘」との指摘がある。刀や装飾品など遺骨とともに持ち去られた副葬品についても返還を求める声がある。」
(『朝日新聞』2013年8月3日:朝刊・社会面

こうした社会的な情勢(「副葬品についても返還を求める声がある」)にも関わらず、3年という時間をかけた末に出された結論が、「継続審議」、「慎重に進めていく」、「外交によって問題を解決する」、「検討事項」、「時間をかける必要がある」、「理事会での検討事項」というものである。
根本的な疑問は、これからさらに時間をかけて何を継続的に検討・審議するのか、よく分からないということである。
まさか今回理事会が示した「外交によって問題を解決する」という自らの方針を検討・審議するのか? それならば、そのような方針を示す必要など元からないはずである。
「外交によって問題を解決する」という立場と「今後も継続的に審議・検討する」という立場は、いったいどのようにすれば整合させることができるのだろうか?
7月・9月・10月と開催される理事会での議論が、注視される由縁である。

「この国の多くの中高年層の感情は強張り、他者との開かれた交流能力を欠いている。
大企業の管理職、官僚、学者、ジャーナリスト、いわゆるエリートたちは、決して精神の豊かな人々ではない。
共感力や想像力において、あまりにも貧しい人々が多い。
同じく、この社会にひたすら適応してきた庶民一人一人。
そして彼らの子供である青年層は、さらに感情が希薄化し、人と人との交流をせいぜい身体の遣り取りとしか考えられなくなっている。
私たちは事実を知ろうとせず、知る前に「我々も戦争の被害者だ」、「侵略戦争ではなく、生存のための戦争だった」、「自虐史観は認められない」などと強弁し、過去を否認することによって、何を失ってきたのか。
否認された体験はコンプレックスを作り、抑圧された心の傷痕は感情の硬直と病める衝動の爆発をもたらす。
はたして私たちは、あの侵略戦争と違う精神に生きているのだろうか。
過去を否認することによって、何を接ぎ木してきたのだろうか。」
(野田 正彰1998『戦争と罪責』岩波書店:7.)

2012年度の物故者・退会者を合わせた会員減は81名、新たな入会者は72名である。
一時の右肩上がりは見られず、縮小局面に差し掛かったのは明らかなようだ。
むべなるかな。


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鬼の城

ーー略ーー五十嵐会員からも異議もなくーーー略ーーと、会報№179では報告されていますね。と言うことは、協会の問題先送りに賛成したと思われても致し方がないのではないかと思います。


by 鬼の城 (2013-08-15 09:34) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

「一般社団法人日本考古学協会第79回総会報告」では、本件以外にも何人かの方々が質問をされたことが記されていますが、そうした箇所においてはこうした文言はありません。あえて本件のみにこうした文言が記されたのは、読む人に「鬼の城」さんが抱いたような感想を印象付けるためであったと思われます。なぜなら当該箇所についても、こうした文言がなくても何ら問題がないからです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2013-08-15 20:11) 

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