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森本2010『文化財の社会史』 [全方位書評]

森本 和男 2010 『文化財の社会史 -近現代史と伝統文化の変遷-』彩流社

次回準備会(詳細は本記事末尾に記載)の課題図書である。

「しかし昭和時代になって、共産主義・マルクス主義に対抗して天皇制国家の正当性を強調するために、国体明徴が喧伝されて神勅が肇国の重要な要素とされた。しかも何かにつけ「肇国の精神」が称揚され、すべての社会原理が肇国にあるかのように規定されたので、国体の根本とされた国家の起点が、神武即位の紀元よりもさらにさかのぼって、神代に視線が向けられるようになった。神武天皇の存在自体が神話であったが、神代は、より一層幻想につつまれていた。近代国家の原理が神話のなかに求められたので、肇国の精神は、空疎で意味不明な観念論におちいりやすかった。」(484.)

「数十年にわたって続いた東北地方を中心とする旧石器遺跡捏造事件は、日本考古学史上最大の恥部として、関係者たちは厳しく糾弾され、社会的制裁を受けた。また捏造に対するさまざまな再発防止策も検討された。しかし同じ遺跡の偽造でも、戦前に政府の行なった神武天皇聖跡や肇国遺跡の調査保存は、戦後になって特別に問題視されることなく、関係者の責任も問われなかった。また国家の暴走を制止するメカニズムも討議されなかった。個人の行なう文化財捏造は仮借なく非難されるのだが、国家による歴史の偽造は不問に付されたのである。」(788.)

国家的規模の<遺跡>捏造責任がうやむやとなったために、その種は深く胚胎したまま半世紀後の旧石器遺跡捏造事件として再発することとなった。今回の旧石器遺跡捏造事件が明らかにした構造的諸問題(発見主義・先史中心主義など)についても正面から取り組もうとする姿勢が欠如しているために、再び三度繰り返されるのではないかと危惧される。

それは国家的規模の<遺跡>捏造事件後にも考古学を始めとする諸学問をして、「国家による歴史の偽造」の象徴である「2月11日」の導入を阻止できなかったことに示されており、このことは学問と政治を二分する「政-学分離思考」が「日本考古学」に根強く残るためであり、今に至るまで全国的学会組織の執行部が「現代政治的諸問題」を理由に取り組むべき課題を恣意的に弁別する姿勢を宣言していることからも明らかである。

「敗戦当初、アメリカ占領軍は文化財に関する国際法廷の設置を想定していた。もしもその法廷が実現していたならば、そこでは、文化財略奪の戦争犯罪が、被侵略国をはじめ国際社会から厳しく追及されただろう。略奪行為を実際に行なった日本軍部、さらには略奪行為を知っていながら放置した天皇の責任も、糾問の対象になっただろう。けれども結局文化財返還があいまいとなり、略奪の直接被害者をふくめ、戦争犯罪に対する納得しうる決着・合意が達成されずに、いまだに文化財返還問題は東アジアでくすぶり続けているのである。」(656.)

いわゆる「東京裁判史観」に異議を申し立てるのは、女性国際戦犯法廷(VAWW-NET)のみならず、略奪文化財についても同様である。

「発掘資料を分析して提示される過去の世界には、何らかの価値観・歴史観が反映される。出土地周辺の人たちや地元社会から遊離して、外部の者が価値観・歴史観を表明することに、はたして正当性はあるのだろうか。地域の文化的価値や歴史観は、外部から規定されるのではなく、地域の主体性によって形成されるものである。文化価値形成の重要な要素となる発掘資料は、当然地元におかれるべきだろう。
この課題は、現在世界的に課題となっている欧米諸国の所有する文化財を初源の国へ返還する問題、あるいは先住民族の文化財返還保護とも密接に関係している。ともあれ戦後日本では、植民地出土の文化財返還について充分な討議が展開されなかった。文化財の社会性が等閑視され、議論が欠けたことにより、地元の人たちを中心とする文化的価値・歴史観の形成、地域社会の主体性を重視する発想が希薄となった。」(690-1.)

原則は、至極簡単である。
「あるべき<もの>は、あるべき<場>へ。」
文化財でも、遺骨でも、そして日本で唯一の膨大な考古記録コレクションについても。

「「記録保存」されたとする報告書や出土品を、しかるべき施設で保管、蓄蔵、収集、公開、永久保存して、文化財の存在を広く社会や、永く後世に伝えるべきなのだが、現行の行政制度ではそのように規定されていない。公的資金によって発掘が実施され、実際には多数の文化財が存在していても、その情報が社会や後世に確実に伝わる制度となっていないので、文化財が少なく感じられるのである。」(781.)
「文化財情報の社会的伝達が進まないから、電子化・情報化が遅れている。逆に業務の電子化・情報化が遅れているから、文化財情報も社会に伝わらないのだろう。調査員が迅速かつ広汎に文化財情報を伝えたいと努力しても、情報伝達を抑制する何らかの作用が働いている。根本的課題として、公的資金で得られた成果は広く一般社会へ還元すべきという基本原則が、文化行政で確立していないからだろう。」(787.)

基本原則の確立を阻害するような「何らかの作用」。
立ち向かうべき相手の姿は、徐々に明らかにされつつある。

第2考古学会議 第9回準備会(予告)

日時:2010年8月7日(土) 午後2時~5時
場所:日野市勤労青年会館(JR中央線豊田駅北口徒歩2分)1階会議室
内容:森本和男2010『文化財の社会史』合評会
    著者を囲んで、質疑応答・意見交換を行います。特に第四部(海外における文化財)および第五部(転生する「伝統文化」)の箇所を中心に、「東アジア略奪文化財ネットワーク」の今後についても話し合う予定です。皆さんの積極的な参加をお待ちしています。


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