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海南島近現代史研究会創立集会 [研究集会]

日時:2007年8月5日(日)午後1:30~5:00
場所:大阪産業大学 梅田サテライト・レクチャーA教室(大阪駅前第三ビル19階)
主催:紀州鉱山の真実を明らかにする会・海南島近現代史研究会準備会

残念ながら参加することは叶わなかったが、以下のような賛同のメッセージを送らせて頂いた。
「海南島近現代史研究会」の設立母体である「紀州鉱山の真実を明らかにする会」8月3日付けブログにも掲載されているが、ここに改めて再掲する。

「傷跡・土地痕跡」
人の体には、様々な傷跡がある。その人がたどって来た歩みの過程において、避け難く記されてきたものである。私の体にも、様々な傷がある。その傷を見る度に、傷を負った時の忘れがたい思い出・痛みが甦る。右の手首の火傷の跡は、右の足首にある7針縫った傷跡は、などなど。
人が暮らす土地にも、それぞれ土地の痕跡が残されている。昔の痕跡は、今まで<遺跡>と呼ばれてきた。今や<遺跡>は、大昔の事とは限らない。人間が残したあらゆる痕跡が<遺跡>なのである。そうした痕跡が残されるに至った経緯についても、様々な原因と経過がある。ある痕跡は、その土地に住む人々にとって誇るべきものであり、他の痕跡は忌むべき物であるという場合もある。その土地に住む人々が協力して、その土地で暮らしていくために必要不可欠なものとして作り上げた痕跡もあれば、頼んでもいないのに圧倒的な力を背景に有無を言わさず無理矢理作らされた痕跡もある。
私たちは、そうした傷跡を身に帯びて生きている。
私たちは、そうした土地痕跡の上で暮らしている。
地中に残されたあるいは一部が地上に現われている様々な痕跡が、どのような経緯で、誰によって、何時、何のために、どのようにして残されたのか。今は地中に埋没して見えない痕跡を、発掘という作業を通じてこうした疑問を明らかにするのが、考古学という学問の役割である。
発掘作業は、一人ではできない。多くの人の協力を得て、煩雑な準備作業を経て、ようやく地中に埋もれた痕跡に陽の光が当てられる。予想していたものが出てくるとは限らない。掘らなければ判らないことの方が、圧倒的に多い。掘って判ることよりも、掘っても判らないことの方が多いことがしばしばである。
何を明らかにしたいのか。何のために明らかにするのか。誰のために明らかにするのか。
海南島には、日本人によって残された様々な痕跡が、未だに人知れず地中に眠っている。それぞれが胸の痛くなるような経緯を持っている。それらを一つでも多く少しでも詳しく明らかにすることが必要である。
土地の痕跡が呼び起こす痛みは、その土地に住む人々と外から来た人々では、全く異なるだろう。体や土地に一度記された傷跡や痕跡を、完全に元に戻すことは出来ない。私たちに出来ることは傷跡を通じて、傷跡が記された事柄を正面から見据えることである。

海南島近現代史研究会のこれからに期待する所以である。


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コメント 2

小谷

海南島近現代史研究会の設立から1ヶ月が過ぎました。
メッセージありがとうございました。
HPを立ち上げましたので、よろしくお願い致します。
http://www.hainanshi.org/
by 小谷 (2007-09-07 20:31) 

五十嵐彰

ウェブサイトの立ち上げご苦労様です。様々な人たちが出会う場になるといいですね。
1939年から1945年までの海南島における「日本考古学」について、そしてそのほか忘れられている数多くの「日本考古学」についても、考えていきたいと思います。
by 五十嵐彰 (2007-09-07 22:00) 

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