SSブログ

考古時間論(総括5) [痕跡研究]

ここからは、考古時間論に関する簡単な応用問題である。

包まれるもの[t1]は、常に包むもの[T1]の前に生成されなければならない[t1→T1]。
これが、terminus post quem <TPQ>である。
それが、重複したらどうなるか。

ある層が、あるもの[t1]を、包んで堆積している[T1]。
その上に、あるもの[t2]を包んでいるある層が堆積している[T2]。

たったこれだけの最も単純な事例であるが、それでも、それぞれ4つの時間[T1,T2,t1,t2]の相互関係、それぞれの時間的前後関係について、判断しなければならない。
それでは、それぞれは、いったいどのように判断されるか。

下に堆積した層の時間[T1]は、上に堆積した層の時間[T2]「以前」である、というのが、「地層累重法則」である。あるいは切られている遺構[T1]は、切っている遺構[T2]「以前」である、というのが、「切り合い関係」である。
これは、共に terminus ante quem すなわち<TAQ>である。
であるから、[T1→T2]は、<TAQ>により定まる。
そして、[t1→T1]および[t2→T2]も、<TPQ>により確かである。
両者から、[t1→T2]も導かれる。

すると、確定しない諸関係とは、[t1-t2]および[T1-t2]ということになる。
[t1-t2]および[T1-t2]関係は、本来確定しえないのである。
しかし私たちは、地質学的な累重法則である[T1→T2]関係に幻惑されて、あるいは考古学の場合でも多くの事例が[t1-t2]関係が[T1→T2]関係に応じているという経験則に依拠するが故に、[t1-t2]関係が実は確定しえないという原則を忘却している、というのが、私なりに翻案した「鈴木・林テーゼ」の真の意味である。

ちなみに大井1979で述べられていた「一面と上層中の遺物」関係こそが、今ひとつの確定しえない時間関係[T1-t2]そのものであることも、申し添えておこう(【2006-8-1】参照)。

以上が、プラス痕跡の単純重複の「包む-包まれる関係」である。
それでは、マイナス痕跡の単純重複は、どうなるか。

ある層[T1]が、ある遺物[t1]を包含して堆積している。
その地層を掘りこんで穴ぼこが作られる[T2]。
その後、その穴ぼこがある遺物[t3]を包含して堆積する[T3]。

<TPQ>から導出できる前後関係は、[t1→T1]、[t3→T3]である。
<TAQ>から導出できる前後関係は、[T1→T2→T3]である。
両者から必然的に、[t1→T2]および[t1→T3]が導かれる。
すると確定しえない関係は、[t1-t3]、[T1-t3]、[T2-t3]の3組となる。

原理的には、掘り込み(穴ぼこ)の中に含まれる遺物を中心として、掘り込まれた土層中の遺物、掘り込まれた面(生活面)、掘り込み面(穴ぼこ)との前後関係は確定し得ない、ということになる。

更に、堆積した穴ぼこ[T3]に重複して新たな穴ぼこが掘り込まれて[T4]、遺物[t5]が埋没する[T5]という一般的な「切り合い関係」(マイナス痕跡の重複事例)を想定されたい。果たして、時間的前後関係未確定組み合わせは、何通りになるか?

マイナス遺構は、プラス遺構に比べて面形成というプロセスが介在するために、包む-包まれる関係における不確定関係もプラス遺構の同等事例と比較して、より多く発生することになる。ここに、考古時間論の悩ましさ、言い換えれば本質が潜んでいる。


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

nice! 1

コメント 2

incrocio

難しいですね。一読しただけでは理解できませんが、興味を引ます。
by incrocio (2006-08-16 09:59) 

五十嵐彰

incrocioさん、ようこそ。いよいよ最終コーナーにたどり着きました。
by 五十嵐彰 (2006-08-17 08:30) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0