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神軍(かみいくさ) [考古記録]

「「續日本後紀」卷八、仁明天皇承和六年(西暦839)の條に、次の如き記述がある。これが我に於ける、最も早い信憑すべき石器時代遺物に関する記述である。

乙丑出羽國言、去八月廿九日、管田川郡司解稱、此郡西濱達府之程五十餘里、本自無石、而從今月三日霖雨無止、雷電闘聲、經十餘日乃見晴天、時向海畔自然隕石其數不少、或似鏃或似鋒、或白或黒或青或赤、凡厥状體鋭皆向西、莖則向東、詢于故老所未曾見、國司商量、此濱沙地、而徑寸之石自古無有、仍上言者 其所進上兵象之石數十枚、收之外記局、勅曰、陸奧出羽并大宰府等、若有機變隨宜行之、且以上言 克制權變令禦不虞、又轉禍爲福、佛神是先宜修法奉幣

即ちこの年、出羽國田川郡西濱の地に、雷雨の後鏃に似たる石を降らす、故老に尋ねても知らざる異変であつた。依て之を朝に献じたが、朝廷に於ても亦國司の狼狽を伝へて、國境不慮の変あらん事を惶れて土地の神佛に幣を奉つたと云ふのである。」(中谷 治宇二郎1935『日本先史学序史』:43-44.)


皆さんも経験がないだろうか?
年に一度あるかないかという猛烈な台風が過ぎ去った夏の朝、前夜来の叩きつけるような雨に地中の石が洗い出されているのを目にしたことが。そして運のいい人は、日の光に輝く石器を見つけた時の胸のときめきを。
今から1171年前の東北地方西側の海岸段丘上においても、こうした経験をした人びとがいたわけである。

興味深いのは、これらの人びとがたどった思考経路である。
すなわち「雷を伴う長雨や豪雨」という事象の後に、「今まで何も無かった場所に鏃に似た奇妙な石を見つけた」という因果関係の解釈である。当時の人びとにとって、雷鳴・稲光を伴う雷は単なる放電現象などではなく、実際に存在する天上における鬼神の争いであると考えられていた。そしてその後に、そうした闘いに伴う武器に似た石を地上に見つけたのである。当然、天から激しい雨や稲妻と共に「降ってきた」と考えるであろう。

不思議と言えば、矢柄や弓筈を含む「矢」それ自体ではなく、先端部分の「鏃」部分だけがなぜ落ちてきたのかということを考えなかった点である。勿論、たとえ考えたとしても答えは出なかったであろうが。

それに対して、現代の私たちは、雷とその後に見出される「鏃に似た石」を直接結び付けたりはしない。あくまでも石鏃の上を覆っていた土壌が、強い雨に洗い出されることによって、雨後に発見したと考えるのである。
上から降ってくるのか、それとも本来土中にあるものが露出するのか、両者は天動説と地動説ほどの違いがある。しかし両者それぞれ、それぞれなりの「理が通った」という意味で合理的思考に基づく解釈である点は、天文学の歴史が示す様相と同様である。

そして21世紀に生きる私たちは、9世紀あるいはそれ以来18世紀に至るまでの人びとの考えを決して無知とか非科学的といって笑うことはできない。
なぜなら現在の私たちも、本来地中には存在しなかった<もの>、ある人物(人びとから「神」と呼ばれていた)が差し込んだ<もの>を、あたかも地中に存在していたかのごとくに考え、数十年に渡り研究対象とし計測し実測図を描き研究発表をし石材や形態・組成の変遷を論じ編年を構築し教科書に記載し生徒たちに教えていたのだから。

近世以前の人びとは、もとから地中にある<もの>を天から降ってきた「神矢」と考えた。
そして私たちは、「神」によって差し込まれた<もの>をもとから地中にあると考えた。
在り方は逆だが、全体の構図は同じである。
この世に「神」を作り上げる私たちの思考経路を点検しなければならない。


タグ:学史 捏造
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きのこ採り

学問としての要件が捏造を防ぐはずですが、肩書きや大きな声の前ではどんなことになりますやら。
by きのこ採り (2010-05-08 03:04) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

石鏃は天から降ると考えている(信じ込んでいる)人に、どのように対したらいいのでしょうか。
おかしいと思ったことを表明する。相手に立論の根拠を明らかにするように求める。自らの考えを裏付ける証拠を整える。すなわち観察と推測を繰り返すこと。
しかしそれも、冷静で柔らかなこころを持った人と人との間にしか成立しないのかも知れません。誰がどのように考え行動したかは、すべて後世に明らかになるでしょう。その時のために、しっかりと記録に残し、心に留めて置かなければなりません。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2010-05-08 07:59) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

昨日、ある人を通じて、ある人から複写文献(森 浩一1982「九世紀の石鏃発見記事とその背景」『考古学と古代史』同志社大学考古学シリーズ1:1-12.)を御恵与いただきました。
この場を借りて、御好意に御礼申し上げます。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2010-06-03 19:00) 

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