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第9回 石器使用痕研究会 検討会 [石器研究]

たまたま部活もない4月1日土曜日の午後、ぽっかり時間が取れたので、以前から案内を頂いていた「石器使用痕の分析方法に関する共同研究」(石器使用痕研究会:於・都大)に突然オブザーバー参加させていただいた。

全国から石器の使用痕跡研究に関心のある研究者8名が集っておられた。石器と一口に言っても、当面の検討課題は、剥片石器の刃部と目される部位における痕跡、すなわち「刃こぼれ」の様相に関する基礎データの採取を探っているようだった。石器石材は、黒曜岩・頁岩・サヌカイトの3種類、被加工物は、乾燥した木、乾燥した皮、生のイネ科草本、水づけの角、乾燥した貝殻、土などである。それらを幾つかの操作法、切断(cutting,sawing)、掻き取り(scraping)などによる実験を行い、実験試料の刃部に生じた痕跡(破損、摩滅、光沢、線状痕、微小剥離痕)について観察する。その際の記述の共有化が課題となっている。

それが、口で言うほど一筋縄ではいかない。例えば、細かい傷である「線状痕」の記載についても、どこに(位置)、どの程度(密集度・長さ)、どのように(方向)存在しているかを、どのように記述するのか。あるいは、細かい剥離痕跡「微小剥離痕」についても、有無・位置・密集度・大きさ・平面形・断面形・分布パターンなどを石器1点につき観察シート1枚に記載していくのだが、目の前に見えているものを分布パターンAにするのか、Bにするのか悩ましい場面が頻出する。実体顕微鏡で見た場合と金属顕微鏡で見た場合でも多少の差異は生じるし、同じ実体顕微鏡でも20倍と100倍では大分印象が異なるようだ。連続的に変化する光沢・ポリッシュなどになるとなおさら。

 う~ん、どこかで見た風景だぞ。
そう、何年か前に、石器の製作実験グループで行っていた研究と同じだ(鈴木・五十嵐・大沼ほか2002「石器製作におけるハンマー素材の推定 -実験的研究と考古資料への適用-」『第四紀研究』第41巻 第6号:471-484.)。

石器の使用痕跡(刃こぼれ)の状態、縁辺の損壊とは、すなわち微細な破壊現象なのだから、石器の製作痕跡と根本的には類同な事象なのである。そして、実験試料と考古資料を比較検討していくという研究の構図もまた。

対象物(被加工物)を鹿角・木・骨・皮などとしているが、これは要は硬度、硬いものから軟らかいものへの変異のある特定点を表出している。
また石器(加工具)の石質を黒曜岩・頁岩・サヌカイトなどとしているが、これも要は硬度、そして脆弱性などを指標とした場合のある特定点である。
こうした二つの変数を持つ対象を接触させた場合に、どのような破損形態・パターンが生じるかを確かめるのが、とりあえずの目的としたら、まず様々なノイズを発生させるバイアスをできるだけ排除して、シンプルなパターンに絞り込んだ上で、統制された条件で実験をしなければならないだろう、というのが、かつての製作実験研究で私が得た教訓であった。

だから、理想的には、硬度をコントロールして複製した人工的な物質同士を、様々な物性同士で幾つもの組み合わせでもって接触させて、その縁辺の破壊パターンをデータ化する。その際に、他の条件(操作方法、頻度、刃角、加圧力など)は出来るだけ統制して実験することが重要となる。そうして得られた基礎的なパターンを基に、他の条件を変えながら、その変異を確認していく、という方法が取られなければならないのではないか。

しかし、これまた言うは易く、行うは難しである。条件を統制した資料の作成から、統制された条件下での実験など、個人研究や数名の共同研究の手に余るスケールである。それなりの設備を整えた実験研究施設が緻密な計画のもと数年がかりで実施されるビッグ・プロジェクトとなる可能性がある。
何とか理系の物性研究領域などとリンクしないと、負荷ばかりが増大して、得られる果実が見えてこないという危惧を覚えた。
この辺りが、考古学の実験研究(実験痕跡研究)に常につきまとうジレンマである。

さらに考えなければならないのは、全体の研究枠組みの中でどのような解が知りたいのか、求められているのか、そのためにはどのようなデータをどこまで求められているのかという点を常に意識していなければならない、ということである。動かし方までを知りたいのか、使用頻度を知りたいのか、使った部位を知りたいのか、それとも加工対象が知りたいのか、それとも単に使ったのか使わなかったのかが判ればいいのか、それによって求められるデータの種類、精度が大きく変わってくるだろう。

求めている結果に応じたデータ整備、データ階層構図の提示が必要な気がしてならない。


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YUZOU

はじめまして。
教えて頂きたいのですが、旧石器時代前~中期の時代の地層中から、またしても見つかったと言う“石器”があるのですが、石器表面が、最近削られた物であるか、地層年代の当時に削られ物であるかを判定、又は剥離年代を測定か推定する方法は、ありますでしょうか。
by YUZOU (2006-11-22 19:26) 

五十嵐彰

ようこそ、YUZOUさん。
石器が剥離された面(剥離面)から、剥離された年代が判るかどうかというご質問、現時点ではなかなか困難、というのが率直なところだと思います。かつては、黒曜岩などについて表面の風化の度合いを計測する「水和層年代法」というのがありましたが、平塚市の王子ノ台資料によって万能ではないことが示されました。「熱ルミネッセンス法」というのもありましたが、捏造石器によって同じく信頼性に欠けることが明らかになりました。そのほか、剥離面と剥離面の境界(稜線)の磨耗度を調べる研究が続けられていますが、石材(石質)による多様性があり、一般化されていないようです。お答えになっているでしょうか?
by 五十嵐彰 (2006-11-22 21:36) 

YUZOU

伊皿木蟻化さん、お忙しい処、ありがとうございます。
そうですか。なかなか難しいんですね.....。
使用痕跡から、真贋を見分けようという試みは、「石器使用痕研究会」さん、他で、取り組まれてますものでしょうか?

 また、下記のブログの最下段の「埋納石器」写真ですが、発見直後にも関わらず、乾燥していて、ドロも付いていないのですが、真贋の判断の基準に、よごれ具合というのは、参考になるものでしょうか。
http://blog.goo.ne.jp/localnews06/e/c1bcf6c58e034f35cc840938811ecdfd
うちの方で出たのです。学生が見つけたそうです。
by YUZOU (2006-11-23 00:01) 

五十嵐彰

「使用痕研究」は、石器に見出された使用痕跡から何に対してどのように使用したのかを研究しています。ですから、異なる時代の本物の石器を埋められては、手も足もでないのです。実際に、何に対して、どのように使用されたかを捏造石器で分析して、それなりの結果を出していたのですから。
「発見直後」の意味が幾つかあると思います。石器が発見されて、きれいな写真(出土状況写真)を撮るために、湿らせたスポンジなどで石器の表面の泥などを拭い去る行為が常套化していた(している?)と思われます。
by 五十嵐彰 (2006-11-23 08:28) 

YUZOU (上の訂正です。)

 たいへん、ありがとうございます。捏造側は、「使用痕跡」について熟知していたのですね。
 そうなると、「神の手」単独犯では、ありませんね。偽造、ねつ造グループの容疑者集団は、専門的な所に、的が絞られて来ますね(^^)。
 発掘当初の情況、本当に大切ですね。今後、前期旧石器はドロの付着しにくい、頁岩や石英製の「発見」が増えそうですね・・・^^;

 最後に、「第2考古学」の>「考古学独自の思考方法を考える研究である。」の意味がさっぱり分かりません。分かり易く、教えていただけませんでしょうか。
by YUZOU (上の訂正です。) (2006-11-23 22:23) 

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