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尾田2022「旧石器研究における石質資料の導入とその意義」 [論文時評]

尾田 識好 2022「旧石器研究における石質資料の導入とその意義 -母岩資料分析の課題解決に向けて-」『研究論集』第36号:1-18. 東京都埋蔵文化財センター

「本稿では、これらの問題の根底をなす「個体別資料」(「母岩別資料」)の分類に関する問題に焦点をあてる。「曖昧」、「不確実」と指摘されることがあるその分類に対して、北海道の旧石器研究で既に実施されている石質分類の本格的な導入を提案する。石質資料を主体とした分析の有効性と限界を述べたうえで、石質資料から母岩資料を推定するための資料操作の方法と基準を検討し、その課題解決を図る。」(2.)

「「曖昧」、「不確実」と指摘されることがあるその分類」とは、「「個体別資料」(「母岩別資料」)」のことだが、「「曖昧」、「不確実」と指摘されることがある」とはどういう意味だろうか。
「「曖昧」、「不確実」と指摘されることがある」が、「「曖昧」、「不確実」と指摘されないこともある」ということなのだろうか。
すなわち誰か「「個体別資料」(「母岩別資料」)」の分類は、「「曖昧」ではない、「不確実」ではない、すなわち「明瞭」で「確実」である」と述べている研究者がいるのだろうか。
「「曖昧」、「不確実」とされることがあるその分類」と「「曖昧」、「不確実」とされるその分類」と「「曖昧」、「不確実」なその分類」とでは、それぞれ僅かな語句の違いであるが、それぞれの隔たりは当初考えていたよりも遥かに大きいことが徐々に分かってきた。

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中国から略奪した文化財の返還を求める緊急集会(報告) [研究集会]

中国から略奪した文化財の返還を求める緊急集会 -日中国交正常化50周年企画-

日時:2022年 4月 20日(水)15:00~19:00
場所:衆議院第一議員会館 地下1階 大会議室
主催:中国文化財返還運動を進める会

1.総合司会(藤田 高景)
2.主催者代表挨拶(纐纈 厚)
3.来賓挨拶(笠井 亮・新垣 邦男・高良 鉄美)
4.講演-1
 「日本の侵略と日中国交正常化50年 -中国に再び戦争をしかけてはならない-」(高野 孟)
5.独唱 日中友好の想いをこめて(田 偉)
6.講演-2
 「文化財返還運動から見通せること」(五十嵐 彰)
7.発言(吉田 邦彦・鄧 捷・凌 星光)
8.閉会挨拶(東海林 次男)

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木下1928「売りに出た首」 [論文時評]

木下 杢太郎 1928「売りに出た首」『アルト』(1949『売りに出た首』角川書店:39-40.所収)

「ところでその中(山中商会1928『支那古陶金石展観』:引用者)に天龍山の石仏の首が四十五個あるのだとよ。目録の序に「就中学界に宣伝せらるる天龍山の石仏彫刻のコレクションの如きは本展観の出品中最も誇とする處のものにして……宛然彼の天龍山石窟を茲に移したるが如き観ある云々」と書いてあるのは過言ではない。
四十五個といへば、天龍山の彫刻像の殆ど全部と云ってよい。かうも一つの手に全部揃ったことは蒐集者の非常な努力と謂ふべく、せめてそれが散らばらないで、一つの国民的の博物館(なるべくは日本の博物館に欲しいが、とてもそんなわけには行くまい。個人の金持に分配せられるよりもアメリカあたりの金のある美術館に皆買占められた方が好い)に集めとられて欲しいことだ。

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谷口2021『土偶と石棒』 [全方位書評]

谷口 康浩 2021『土偶と石棒 -儀礼と社会ドメスティケーション-』雄山閣

ここでは、書名「土偶と石棒」という両者の一方のみ、それも緑川東出土の大形石棒を巡る記述についてのみ論じる。

「東京都緑川東遺跡では、4本の完形の石棒が長径約3.3m、短径約3.1mのほぼ円形の敷石遺構の床面レベルに埋設された状態で発見された(図12、株式会社ダイサン編2014)。石棒は103~112cmの安山岩製で、一段笠形が1本、二段笠形が3本ある。左右に2本ずつ、頭部を揃えた状態で埋設されている石棒の下層と上層から出土した北白川C式土器・中津式土器から、中期末ないし後期初頭と推定されている。発掘調査報告書によると、先に作られた敷石遺構の中央部分の石材を取り出した後に、4本の石棒が並べて埋設されたと解釈されている。しかし、敷石遺構を再利用する形で石棒が埋設されたという出土状況の解釈には疑問も提起されている。五十嵐彰は、敷石遺構を構築する際に石棒を用材の一部として取り扱ったという解釈もあり得るとの見方を示すとともに、「樹立される石棒」という研究者の先入観によって出土状況の解釈が歪められていることを指摘している(五十嵐2016・2019)。
緑川東遺跡の事例については第7章であらためて取り上げるが、筆者はこれらの石棒の頭部形態や石材が一様でない点に注目しており、製作・入手の時期が異なる製品が、中期末ないしは後期初頭にここにまとめて遺棄されたものと考えている。それはちょうど至近距離に位置する向郷遺跡で、中期中葉から継続していた環状集落と集団墓の造営が終息する時期にあたり、向郷集団が保有していた石棒がまとめて遺棄された可能性がある。」(60-61.)

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鈴木2003『好古家たちの19世紀』 [全方位書評]

鈴木 廣之 2003『好古家たちの19世紀 -幕末明治における<物>のアルケオロジー-』シリーズ 近代美術のゆくえ、吉川弘文館

「ここで採る正反対の方法とは、ひとことでいえば、非連続の要素のなかに未発の可能性を探り出そうとする行き方だといえる。つまり、現在ある秩序に接ぎ木されずに断絶し、埋もれ去り捨て去られた要素や価値、あるいは挫折した試みの方に多くの注目を向けることだ。敗北した試みのなかには、その時代が直面していた課題がより鮮明に見出せるだろう。失敗した試技の方がハードルの位置と高さを検証しやすいからだ。
このようにして、埋もれたままの要素や価値を探り出し、忘れられたままの試みを掘り起こす作業を粘り強く進めれば、類別され階層化された古い物の世界が重なり合い、堆積するようすが見えてくるように思う。そして、それらの地層に試錐することは、その世界の一つひとつがもっていた課題と可能性を掘り起こし見出すことになるだろう。このような作業は、現在ある秩序に普遍的な価値を見出すのではなく、反対に、それが歴史的なものであることを明らかにし、その秩序が構造的に抱えている捩れや歪みを見とおすことになるだろう。」(22.)

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