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東京法令出版2022「文化財のあるべき場所は…」 [全方位書評]

東京法令出版2022「【対立・協調】文化財のあるべき場所は…」『問いからはじまる歴史総合』:80-81.

2022年度から高校の必修科目として「歴史総合」が導入された。
従来の「日本史A]と「世界史A」を統合した科目で、18世紀以降の近現代を重視しているようである。
その副教材(資料集)における一項目である。

B 近代化と私たち (4) 近代化と現代的な諸課題
メイン・クエスチョン:なぜ文化財の所有権をめぐって対立が起きているのだろうか?
キーワード:帝国主義、植民地、文化財

① 博物館に寄せられる主な返還要求では、以下の6つの事例が挙げられている。
 ロゼッタ=ストーン:エジプト→大英博物館(イギリス)
 ネフェルティティの胸像:エジプト→ベルリン新博物館(ドイツ)
 パルテノン=マーブル:ギリシア→大英博物館(イギリス)
 ミロのビーナス:ギリシア→ルーブル美術館(フランス)
 モアイ像:チリ→大英博物館(イギリス)
 楽浪墳墓出土品:大韓民国*→東京大学(日本)

*「楽浪墳墓」はピョンヤン郊外に所在するので、大韓民国ではなく朝鮮民主主義人民共和国とすべきであろう。

「② 返還要求を求める声」では、サブ・クエスチョンとして「文化財の返還要求の背景にはどのような思想があるのか」として、『パルテノン・スキャンダル』(朽木 ゆり子2004)からギリシャのメルクーリ大臣のコメント(1984)が示されている。
「③ 返還要求に対する博物館の主張」では、サブ・クエスチョンとして「博物館が返還を拒否する理由は何だろうか」として、同じく『パルテノン・スキャンダル』から「普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言」(2002)が示されている。

前者の解説として「文化財は元の場所に戻して保管するべきという「文化現地主義」の考え方。当該地域のナショナリズムと結びつくことも多い」、後者の解説として「世界的に貴重な文化財は原産国で所有されるよりも普遍的に博物館や美術館で展示されてこそ意義が活かされるとする「文化国際主義」の考え方」が付されている。

本当にそうだろうか?

後者の引用文の一部を引用してみよう。
「国際美術館共同体は、考古学、美術、そして民俗学的な作品の不法な取引は厳しく取り締まられるべきだという主張を共有している。しかし、過去に取得された作品に関しては、過去の時代を反映した、異なった感受性と価値観の下に判断されるべきだと考える。」「普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言」

第1文はともかく、第2文は問題含みである。
ここでは「過去に取得された作品」の「取得された」「過去の時代」における「感受性と価値観の下に」現在の所蔵についても判断せよ、としている。
「過去に取得された作品」の「取得された」「過去の時代」における「感受性と価値観の下に」おいてすら、過去の多くの作品の取得については大いに問題ありと考えるが、それはともかく、その過去の帝国主義や植民地主義に基づく「感受性と価値観の下に」おいて現在の所蔵状況を判断しなくてはならないとする主張は、100年前の過去の「感受性と価値観」を現在の「感受性と価値観」に無理やり結び付けている極めて乱暴な論理である。
「かつてはそういう時代だったんだ、それらを入手した時はオーケーだったんだ、だからそのことによってもたらされた現在の状況もオーケーなんだ。」
植民地主義的過去のあからさまな自己正当化である。
それこそ奴隷解放から様々な人種差別や民族差別、フェミニズムからLGBTQ、ブラック・ライヴズ・マターに至るまでの近現代の歩みを総否定することになる。
こんな粗雑なロジックが容認されて良いのだろうか?
「過去の時代を反映した、異なった感受性と価値観」がもはや現在では受け入れがたいと多くの人が考えている「脱・植民地主義」の時代だからこそ、こうした問題が提起されているのである。

また後者の解説文では、「文化国際主義の考え方」として「原産国で所有されるよりも普遍的に博物館や美術館で展示されてこそ意義が活かされる」としているが、帝国主義本国の博物館や美術館は原産国の博物館や美術館よりも「普遍的である」というような主張こそが、帝国主義ないしは植民地主義として糾弾されているのではないのか。

こうした思い上がりに満ちた主張が20年経過しても臆面もなく繰り返される、それもあたかも両論併記といった中立性を装いながら示される点に同時代的な価値観そして世界的な動向との隔たりが示されている。
そもそもこうした「文化ナショナリズム」かそれとも「文化国際主義」かといった古典的な二項対立図式は、10年前に既に乗り越えられているのではないか(阿曽村2012、特に289頁以降を参照のこと)。

こうしたトピックが高校における教科の副教材(資料集)として採用されるというのも、九州大学共創学部における小論文での出題の影響であろう。
(補注:当該資料集の刊行は2022年2月1日だが、その「見本」は前年にすでに配布されていたので、当該資料集が九大入試に影響を与えた可能性が高い。)

「④ 対立を乗り越えるために」では、1970年ユネスコ条約やフランスのベナン文化財返還、アメリカ・イェール大学のペルー・マチュピチュ文化財返還、宮内庁「朝鮮王室儀軌」返還が事例として挙げられて、最後にサブ・サブクエスチョンとして以下のように記されている。
「文化財の返還要求への対応は上記のように個別に行われている。それぞれの文化財返還要求にはどのような背景があるのだろうか。返還を要求されている文化財について、現在に至るまでの経緯と返還を求められている博物館の主張・根拠などを調べてみよう。」

これは高校生に課す「クエスチョン」としては、中々に難度が高いだろう。
全国紙などのマスコミですら、具体的な事例については最近ようやく報じたばかりなのだから。

しかしアイヌやダヤクの遺骨に対する東京大学の主張・根拠、琉球遺骨に対する京都大学の主張・根拠、鴻臚井の碑に対する宮内庁の主張・根拠、小倉コレクションに対する東京国立博物館の主張・根拠、大鳥居下の石獅子に対する靖国神社の主張・根拠などを全国の高校生たちが調べ始めたら、日本社会に大きな変革を引き起こすことになるだろう。

本件については、友から示された情報を契機とする。多謝。

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